予定外の合流(前編)
ホフデン男爵領からの帰り道は、襲撃も無く、天候にも恵まれて、順調に進んでこれた。
まぁ、王家の紋章が入った魔導車が襲われるようでは、世も末になってしまうけどね。
スタンドフェルド大公領へと入り、ホッと一息ついていたら、予想外の事態に遭遇してしまった。
「殿下、街道が合流する三叉路を王家の紋章が入った魔導車が通って行ったのですが……」
『エデュアールか?』
「恐らく、ノイラート辺境伯爵領からの帰りなのかと……」
『構わん、追い付く必要は無いから、このまま進む』
「あちらには、知らせますか?」
『いや、必要無い。大公家には先触れを出してあるし、どうせ今夜は一緒になるだろう』
こちらからは知らせは出さずにいたが、エデュアール殿下を警護する近衛騎士がこちらの車列に気付き、馬首を巡らせて戻って来た。
どこかの貴族の車列ならば、警告をして止めるつもりだったのか、道を塞ぐように馬を止めていたが、先頭を務めているのが王国騎士だと気付いて、慌てて道の端へと馬を寄せた。
車列が来た所で、先頭の騎士と馬を並べて走らせながら声を掛けて来た。
『私は前方の車列にいらっしゃるエデュアール殿下を警護している者だ。こちらは何の車列だ?』
『ホフデン男爵領を訪れたバルドゥーイン殿下の車列だ』
『なんと、バルドゥーイン殿下がいらっしゃるのか……』
下がって来たエデュアール殿下の近衛騎士も、王国騎士も、どう対処したものか困っているようなので、バルドゥーイン殿下に許可をもらって指示を伝えた。
「あー……上から失礼します。ニャンゴ・エルメール名誉子爵です。バルドゥーイン殿下からの指示をお伝えします。そのまま進んで下さい」
高度を下げながら指示を伝えると、エデュアール殿下の近衛騎士は驚いていたが、簡単に経緯を説明すると納得して前方の車列に戻っていった。
このペースだと、夕方には旧王都に到着するはずなので、大公家の皆さんは大忙しでしょうね。
『ニャンゴ』
「なんでしょうか、殿下」
『夕方には解放してやろうかと思っていたが、夕食は付き合ってもらうぞ』
「ですよねぇ……かしこまりました。あの、ホフデン男爵家の方々は、どうされますか?」
『まだ処分が決まっていないからな、同席させるつもりだ』
「分かりました」
空属性魔法の通信機を通した会話で、バルドゥーイン殿下の表情は見えないのだが、声には何やら企んでいるような響きがある。
ホフデン男爵家の面々を乗せた馬車の中での論戦は、一部を録音してバルドゥーイン殿下にも聞いてもらっている。
その中には、エデュアール殿下の派閥で交わされたと主張するバルナルベスの話も含まれている。
エデュアール殿下は一筋縄ではいかない人物だが、バルナルベスは迂闊というか、ポンコツなので、本音を引き出すために上手く利用しようと考えているのかもしれない。
というか、それってエデュアール殿下の派閥とディオニージ殿下の派閥の争いに巻き込まれることになるんじゃないの?
はぁ……美味しい料理は、呑気にうみゃうみゃしたいんだけどなぁ……。
当初の予定通り、夕方に大公家の屋敷に到着すると、王族を出迎えたアンブロージョ様から、何でこんな事になってるんだ……と言わんばかりの視線を向けられた。
いやいや、そんなに睨まれたって、俺の力ではどうにもなりませんからね。
「兄上、こうして王都の外でお会いするのは初めてかもしれませんね」
「そうだな、ノイラート領はどうだった? 後で、ゆっくり話を聞かせてくれ」
「喜んで、私も兄上から色々と伺いたいと思っております」
大公家の屋敷で顔を合わせた二人は、表面上は仲の良い王族兄弟のように見えるが、二人とも全然目が笑っていないし、にこやかな表情とは裏腹にピリピリしている。
「エルメール卿には使いを出そうと思っていたのだが、手間が省けたな」
「何事も無くお戻りになられたようで、何よりです」
「そちらはどうだったのだ? いや、それは後の楽しみにとっておくか」
「はい、ご夕食の時にでも、ゆっくりと……」
エデュアール殿下の言葉には色々と含みがあるようで、逃さないから覚悟しろと視線で念を押されている気がした。
俺から視線を外したエデュアール殿下は、ホフデン男爵家の三人に向き直ると、含みのある笑顔を消した。
「何やら騒動があったらしいが、辺境を訪れていたので詳しい話が分からぬ。そなた達からも話を聞かせてもらうぞ」
社交の舞台に疎い、第三夫人のロエーラと長男のアルフレートが戸惑っている間に、バルナルベスがしゃしゃり出た。
「ご無沙汰いたしております、エデュアール殿下。お騒がせして申し訳ございませんが、全ては民衆を扇動した反貴族派どもの仕業でございます。どうか、私共の訴えをお聞きくださいませ。そもそも、事の始まりは……」
「すまぬが、話は後で聞かせてもらう、まずは旅装を解かせてくれ」
「こ、これは、大変失礼いたしました……」
「あぁ、良い、良い、後でな……」
慌てて頭を下げたバルナルベスに向かって鷹揚に接しているようだが、エデュアール殿下の視線は虫けらでも見るかのように冷え切っていた。
えぇぇ……こんな面子と食事しないといけないんですか? それって嫌がらせにしか思えないんですけど……。
王族との会食なので、俺も水浴びして着替えようと思い、メイドさんの案内で移動しようと思ったのだが、革鎧の背中の部分を掴まれて、ひょいっと持ち上げられてしまった。
「エルメール卿、どうなってるんだ?」
アンブロージョ様とは顔を合わせる機会も増えて、気心が知れてきたからなのか、それとも虫の居所が悪いからなのか、どっちもなのか……いずれにしても名誉子爵の扱いじゃないよね。
「バルドゥーイン殿下からは、先触れを出してあると聞いてますけど……」
「確かに先触れが来ているが、エデュアール殿下からは来ていないぞ」
「いやいや、それは俺のせいではないと思うのですが……」
「だが、エルメール卿ならば一足先に知らせに来られたのではないのか?」
「来ようと思えば来れましたけど、殿下の警護もしていましたし……」
「大公領の中ならば、王族が襲われる心配など無いだろう……まぁいい、とりあえずザックリで構わないから話を聞かせてくれ」
俺はそのままアンブロージョ様の書斎に連行されて、ホフデン男爵領で起こった出来事を掻い摘んで説明させられた。
というか、掻い摘んで話すには、内容が盛りだくさんすぎるんだよ。
おかげで、夕食に間に合わせるために、猛ダッシュで水浴びと着替えをする羽目になってしまった。
はぁ、のんびりお湯に浸かりたかったんだけどにゃぁ……。
急いで自慢の毛並みを乾かして、空属性魔法で作ったブラシで整え、着替えを終えて食堂へと向かいました。
席順は、アンブロージョ様がホスト席、左右の斜向かいにバルドゥーイン殿下とエデュアール殿下。
バルドゥーイン殿下の隣に、ヘーゲルフ師団長、俺の順で座り、エデュアール殿下の隣にホフデン男爵家の三人が座ることになったのだが、ここで席順を巡って一悶着起こった。
バルナルベスがエデュアール殿下の隣に座ると主張したのだ。
バルドレード・ホフデン男爵亡き後、家督を継ぐ者が決まっていないので、本来ならば第三夫人、長男、次男の順に座ることになる。
席を決めるのはホストの役割だから、アンブロージョ様の申し出にケチを付けた格好だ。
「構わぬか、アンブロージョ」
「エデュアール殿下が宜しいのであれば、構いませんよ」
「すまぬな」
ホストの顔に泥を塗り、王族に頭を下げさせているのに、当のバルナルベスはどうだとばかりの得意げな表情を浮かべている。
もう処刑されるのが分かっているから好き勝手に振舞っているのか、それとも単に無知ゆえの怖いもの知らずなのかは分からないが、エデュアール殿下の機嫌が悪くなったのは確かだ。
はぁ、なんだか胃が痛いにゃぁ……。





