デビュー戦
猫人の俺が安全に貧民街に近づくには、背の高い人種に変装するしかないらしい。
世間から差別的な待遇を受けている猫人が、娼婦を買う立場になる事は滅多に無いので、貧民街にいる猫人イコール人生を踏み外した者と思われるそうだ。
「とりあえず、シューレと同じぐらいの背丈になるようにしろ」
「それって、背丈だけで構わないんですか?」
「ん? どういう意味だ?」
「背丈が大きくなれば、当然肩幅とか、腕の長さとかも変わってきますよね」
「そうだけど、それは上から大きめのコートを羽織っちまえば大丈夫だろう」
「でも、調整出来るならば、その方が良いですよね?」
「まぁな。背丈は大きいが、腕が短いとか、異常に細いとかは目立っちまうのは確かだな」
「ちょっと工夫してみます」
どうせ変装をするのであれば、今回の貧民街への潜入以外でも使えるレベルにして置こうと考えたのだ。
普通の猫人が俺の考えている変装を実現するには、竹馬を作り、義手を作り、肩幅を増やすアメフトのプロテクターのような物が必要になるだろう。
だが俺は空属性の魔法が使えるから、そうした物は全て魔法で作ってしまおうと考えた。
つまり、空属性魔法による外骨格作戦だ。
前世のオタク高校生だった頃、女の子が外骨格を装着して戦うアニメを見た。
肩から先はマニュピレーター、足は太もも部分まで履いて膝下を駆動する感じだ。
とりあえず今回は、上半身は動かなくても大丈夫そうなので、まずは足を作って歩く事からチャレンジする。
身体のサイズは、残されていたケビンさんの服を使えるような大きさにした。
どうせなら、ちゃんと靴まで履いて歩けるようにしよう。
空属性魔法の便利なところは、作成したものに感覚を付与できる点だ。
集音マイクや探知用のビットなどは、振動を捉えたり触覚を付与してある。
同様に、今回作った竹馬というよりも、ほぼ義足と呼べるものにも触覚を付与した。
これで、靴を履いた時の感覚とか、体重の掛かり具合を把握出来るようになる。
だが感覚があるからといって、最初から歩ける訳ではない。
靴を履く感覚は前世以来なので違和感ありまくりだし、体重の掛かり具合を感じてから義足を動かす方向を決めているのでタイムロスがあってギクシャクする。
空属性魔法で手摺りを作ってあるから転ばないが、歩行のリハビリをしている感じだ。
「ニャンゴ、生まれたての子鹿みたい……」
「分かってます。自分でもプルプルしてるのは分かってますよ」
「ふふっ、足が長くなってもニャンゴは可愛い……」
「俺は、格好良くなる……にゃっ!」
「ふふっ、プルプルニャンゴ可愛い……」
俺が変装の練習に熱中するのには理由がある。
このサイズの義足に慣れて、思いのままに動かせるようになれば、もっと大きなロボサイズの身体を動かせるかもしれない。
現状でもデスチョーカーを使えばオークだって倒せるけど、外骨格を身にまとっての肉弾戦とか楽しそうじゃないか。
身体の小さい俺が、殴り合いでオークを圧倒する……うん、実現するしかないよね。
結局、初日は手摺りに掴まりながら、ヨタヨタと歩いたところまでだった。
俺が義足の練習をしている間に、ライオス達はギルドに出掛けて討伐の仕事を請け負ってきた。
明日からは、カバーネでオークの討伐を行う。
明朝、街の門が開くと同時に出発、半日ほどでカバーネに着いたら、状況を確認し夜間の見回りをしながら襲ってきたら討伐、姿を見せなかったら翌朝から捜索を行い討伐する。
討伐に出掛けている間は、兄貴に関することは棚上げにしておくしかない。
気にはなるが、今すぐどうこうというほど切迫してはいないと思い、とりあえず討伐の方に集中する。
討伐に向かう馬車の中も、俺にとっては義足で歩く訓練の場所だ。
道路の凹凸を拾って、前触れなく揺れる馬車の中では立っているだけでも大変で、その分多くの経験値を蓄積できた。
昼前に依頼主の牧場へ到着し、依頼を受け負った事を知らせて状況を聞いた。
今回は、まだ被害は出ていないが、オークの姿を確認しているそうだ。
オークを目撃したのは牧場の敷地の北東で、数は一頭だけという話だ。
話を聞き終えたら、早速オークを目撃した場所へと足を運ぶ。
牧場の端は、そのまま森へ繋がっていて、オークがいたのは木立の中だったそうだ。
目撃地点に近づくと、普段は少しボンヤリしているシューレの表情が鋭くなった。
森に近づく前に、風向きを確認する。
オークは鼻が利くので、風上から近付くと気付かれてしまう。
「ニャンゴ、上から見られるか?」
「はい、任せて下さい」
ライオスに頼まれて、ステップを使って高い場所からオークを探す。
「ニャンゴ、相手が見える時は、相手からも見られるから気を付けて……」
「分かった」
シューレは俺にアドバイスしながら、オークの痕跡を探し始めた。
先頭にシューレ、その後ろにガド、ライオス、セルージョの順番で続く。
ガドはブロンズウルフの討伐の時よりも小型の盾を手していて、腰には鉈のような短剣を吊っている。
オーク相手ならば、このサイズの盾でも十分にしのげるし、反撃するだけの余裕もあるという事なのだろう。
シューレは地面に残された足跡や下草の折れた跡、木の幹などを丹念に探っていく。
木の幹をチェックするのは、オークが自分の縄張りを主張するために身体を擦り付ける習性があるからだ。
地面を調べていたシューレは、無言で方向を指し示す。
俺はガドの頭の上、地上5メートルほどの高さからシューレが指し示した方向を中心にして目をこらした。
さすがに下草が生い茂る森の中を歩いているので、シューレも無音という訳にはいかないが、他のメンバーに較べると立てる音は遥かに小さい。
俺の位置からでは全く分からないが、シューレには残されている痕跡が新しいものか古いものかの見分けがついているらしい。
一見すると普通の森にしか見えないのに、迷う素振りすら見せずに進んで行く。
「いた……一頭だけだ」
シューレが進んでいく前方200メートルぐらい先にオークの姿が見えたので、ガドの隣りまで降りて数と方向を知らせる。
「今回は、私とニャンゴに任せて……」
「いいだろう。ただし、セルージョにはバックアップさせるぞ」
「それでいい……ニャンゴ、私の上から一緒に来て。仕掛けられる場合には先に仕掛けてもいいよ」
「分かった」
シューレと俺が上下に分かれる形でオークに近付き、その後ろからセルージョがバックアップする。
万が一、俺達が気付かれたり仕留め損なってオークが逃走する場合には、セルージョが足止めのための矢を射る。
今度は、先に目視出来ている俺がシューレに方向を知らせる。
木の幹から木の幹へと、身体を隠しながらオークに接近していく。
オークは時折周囲を見回し、鼻をヒクヒクと動かしながら歩いて来る。
少し黒っぽい身体は、アツーカ村で仕留めた物よりも二回りぐらい大きく見えた。
シューレもオークを目視で確認したと、手振りで知らせてきた。
あとは仕掛けるタイミングだけだ。
まだオークとの距離は100メートルぐらい離れている。
先程の打ち合わせで、シューレが一気に距離を詰めて切りつけられる距離まで引き付けてから仕掛けると決めた。
オークに気付かれないように慎重に距離を詰め、シューレからの合図を待つ。
残り50メートル、シューレが小さく手を振り下ろした。
「デスチョーカー・タイプRR」
俺が空属性魔法を発動すると同時に、シューレが猛然とオークへと走り寄る。
「ブギィィィィィ……」
走り寄るシューレに驚いて身体を逸らしたオークの首筋に、デスチョーカーの槍が突き刺さる。
痛みに驚いたオークは、反射的に逆方向へと身体を動かし、別の槍が喉笛深く突き刺さった。
シューレが走り寄ったタイミングでデスチョーカーを解除すると、オークは首筋から血を噴出しながらも迎え撃つ姿勢をみせた。
オークが振り下ろしてくる丸太のような右腕を掻い潜りながら、シューレが短剣を一閃する。
シューレとすれ違う形になったオークは、そのままヨロヨロと歩みを進めたが見開かれた瞳からは急速に命の火が失われていった。
そのままオークは前のめりに倒れ、ビクビクと身体を痙攣させ始めた。
素早く駆け寄って空属性の血抜きセットを作り、滑車でオークを吊り上げると、ガドが土属性魔法で地面に穴を掘ってくれた。
ロープの端を木の幹に縛り付けて固定して、落ち葉を集めて焚火セットで火を燃やす。
「おいおい、ニャンゴ。手際が良すぎるんじゃねぇか? お前、本当にルーキーか?」
「ふふん、ニャンゴは超有能。驚くほどではない……」
「てか、何で静寂が自慢してんだよ。お前がいなくても、ニャンゴ一人で仕留められたんじゃねぇのか?」
「当然、ニャンゴは超、超有能……」
「あぁ、もういい。分かった、分かった」
新生チャリオット、俺とシューレのデビュー戦は、電光石火で黒オークを仕留める上々の成果を上げられた。





