元後継候補
油断すると瞼が落ちて、首がガクーンと折れそうになる。
ホフデン男爵家の第一夫人と第二夫人の連合による襲撃を退けたものの、兵士達を武装解除させて、バルドゥーイン殿下の安全を完全に確保できたのは明け方になってからだった。
隙あらば眠くなる、徹夜作業に向いていない猫人にとっては、過酷すぎる労働だ。
バルドゥーイン殿下が仮眠を取るタイミングで、俺も一緒に眠らせてもらったが、探知ビットやシールドなど念のための準備を終えた時点で力尽きてしまった。
電気のスイッチを切るように意識が途切れ、寝たと思った次の瞬間にはスマホのアラームで起こされてしまった。
おかしい……体感としては数秒しか経っていないはずなのに、すっかり夜が明けている。
こんなに過酷な状況が続くのでは、やはり俺には騎士の仕事は向いていない。
というか、ふかふかのお布団と十分な睡眠時間が欲しいにゃ。
「おはようございます、バルドゥーイン殿下」
「おはよう、ニャンゴ、眠たそうだな」
「はい、あっと言う間に朝になって、寝た気がしません」
「すまんな、もう危険は去ったと思うが、今日一日は気を張っていてくれ」
「分かりました。濃い目のカルフェでも飲んで目を覚ましてきます」
本来であれば、この時間には王都を目指して出立しているところだが、帰還の予定は延期となり、その代わりに王都へ向けて早馬が仕立てられた。
ホフデン男爵家の状況を伝えるバルドゥーイン殿下の書簡が王城に届き次第、国王陛下が取り潰しの処分を下すことになるはずだ。
バルドゥーイン殿下が連れて来た財務官は、違法な税の取り立てを調べるための人員だったが、ホフデン男爵家の代官の役割を担うこととなった。
今は、そのための引継ぎ作業を家宰と共に進めている。
この引継ぎ作業が終わり次第、ホフデン男爵家の人々を連れて王都へ向かうことになる。
それまでの間、第三夫人、長男、次男の三人は、屋敷の一角で蟄居を命じられ、王国騎士の監視下に置かれている。
ホフデン男爵家が取り潰しとなった後は、領地は一時的にシュレンドル王家の直轄地となる。
そうした一連の措置を記した知らせが領内の街や村へと出され、それと同時に、これまで過重に取り立てられた税は返却されるという知らせも書き添えられた。
これで住民からの反発は、ひとまず抑え込むことが出来るだろう。
引継ぎ作業は、その日だけでは終わらず、翌日以降も続けられることとなったが、近衛騎士によるバルドゥーイン殿下の警護体制が構築されたので、その日の晩はゆっくり眠ることが出来た。
住民から搾り取った金で揃えた寝具かと思うと少々気が引けるが、ふかふかお布団に罪は無いから心ゆくまで堪能させてもらった。
ただ、何か物足りないんだよにゃぁ……踏み踏み……。
翌日、引継ぎ作業が行われている間に、バルドゥーイン殿下がホフデン男爵家の三人と面談すると聞いて同席させてもらった。
食堂の馬鹿でかいテーブルを挟んで、バルドゥーイン殿下の側に俺、向かい側に第三夫人を挟むように長男のアルフレート、次男のバルナルベスが座った。
処分の内容を心配してか、第三夫人は一夜にして五歳ぐらい老けたように見えた。
基本的に、王族の命を脅かした者は死罪だ。
昨夜の襲撃がホフデン男爵家の総意であれば、この三人は処刑される。
一方、第一夫人と第二夫人が暴走しただけで、他の者達は知らされていないなら、処刑を回避できる可能性も残されている。
「さて、少し確認させてもらうが、住民から過剰な税の取り立てが行われていた件について、どこまで知っていたのだ?」
バルドゥーイン殿下の問い掛けに、最初に応えたのは第三夫人のロエーラだった。
「私は身分の低い平民なので、ホフデン家の経営については何も知らされておりませんでした。使用人の給与について尋ねようとしても、アンジェル様から厳しく叱責されたほどで、どれほどの税収があり、どれだけ資産があるのかも分かりません」
「ふむ……そなたはどうだ、アルフレート」
「学院を卒業して三年目になりますが、家の経営について携わることを禁じられておりました。私としては、家を継ぐ者として知っておくべきだと思い、何度か父には申し出たのですが……」
そう言うと、アルフレートは首を横に振ってみせた。
学院を出て二年以上も経っているのであれば、普通は家の運営についても色々と教わっているはずだが、家督相続が絡んで情報を制限されていたようだ。
「そなたはどうだ、バルナルべス」
「私は学院を出て間もないですが、母から家の収入について金額などを知らされておりました」
バルナルベスは、どうだとばかりにアルフレートに視線を向けながら胸を張ってみせた。
いや、それって自分も過剰な税の取り立てを承知していたと自白しているようなものだが、大丈夫なのか。
「それではバルナルベス、そなたは過剰な税の取り立てを知っていたのか?」
「いいえ、知りません」
「どうしてだ、収入について知らされていたと言ったではないか」
「収入については知らされておりましたが、それは当たり前の金額であり、違法なものだとは思っておりませんでした」
まったく悪びれる様子も無く話すバルナルベスを見て、バルドゥーイン殿下も少し驚いているようだ。
住民から搾り取るのは当然で、それの何が悪いのだと開き直っているようにも見える。
「では質問を変えよう、私に対する襲撃の計画を知ったのは何時だ?」
「家宰が我が家を裏切った後、部屋に戻った母は混乱しておりました。ホフデン家の秘密が洩れれば私達は破滅すると言って、第二夫人のエメリーダを呼び出し、何やら計画を話し合っておりました」
「そなたも計画に加わっていたのか?」
「いいえ、計画の詳細については聞かされておりませんでした。ただ、頻繁に騎士が出入りしておりましたので、何かをする気なのかもしれないとは思っておりました」
これでは襲撃の計画を事前に知っていながら、止めもせず、知らせもしなかったことになるが、バルナルベスは自分の発言がどれほど自分の立場を悪くしているのか自覚していないようだ。
「そなたはどうだ、ロエーラ」
「私は家の重要な決定には関わらせてもらえず、主人の葬儀の時にも何も聞かされませんでした。バルドゥーイン殿下への襲撃についても、突然の騒動に驚くばかりで……申し訳ございません」
第三夫人は今にも消え入りそうに肩をすぼめながら頭を下げた。
「そうか、そなたはどうだ、アルフレート」
「私も家督相続に関することを含めて、エメリーダ様から私に任せておけば悪いようにはしないと言われていて、襲撃については聞かされておりませんでした」
「計画を知らされていたら、どうしていたと思う?」
「私が騎士達に命令を下したところで、聞き入れてもらえるとは思えませんので、何とかして殿下にお知らせしたと思います」
「ホフデン家の騎士は、長男であるそなたの命令を軽んじていたのか?」
「いいえ、一応の敬意は払っておりますが、私よりも義母の命令が優先されていたと思います」
ここまでの話を聞くと、アルフレートは一応長男としての扱いは受けていたようだが、第二夫人エメリーダの傀儡であったらしい。
一方のバルナルベスは、次男ながら家督を継ぐのだと第一夫人アンジェルに言い聞かされて育ち、本人もその気でいるようだ。
ただ、少々おつむが弱いようで、自分の置かれている立場に対する認識は甘い。
処分を下すのは俺の仕事ではないが、助命の望みはほぼ断たれたと思って良いだろうが、それに本人が気づいているのかどうかは疑わしい。
父親を民衆に殺され、母親は自害、一人残されて虚勢を張り続けているようにも見える。
バルナルベスの道化っぷりは、アルフレートと母親にとっては援護となっているが、王族を襲撃した家の人間が許されるのに足りるかは微妙なところだと思う。





