悪足搔き
シュレンドル王国の人達は、貴族と言えども夜更かしをすることは珍しい。
理由の一つは、現代日本のように電気のインフラが発達していなかったり、テレビやインターネットのような娯楽が無いからだ。
夕食を済ませて暫しの歓談の後は、入浴などの寝る前の準備を終えれば寝床に入るのが一般的だ。
まぁ、寝床に入った後も色々活動されている人もいるとは思うけど……夜も更けた時間に歩き回っている人は少ない。
ましてやそれが、男爵家の女主人である場合、明確に何かの目的があっての行動だろう。
家宰の発言によって王国の法律に違反する過剰な税の取り立てが明らかになった面談の後、第一夫人と第二夫人に探知ビットを貼り付けておいた。
家督相続を巡って犬猿の仲であるはずの二人が今、夜も更けた時間に共に行動しているのだ。
更には、二人以外にも別の人物がいるらしい。
『アンジェル様、準備が整いました』
『よろしい、くどいようだが確認しておく、バルドゥーイン殿下、騎士団の師団長、裏切者の家宰、そして忌々しい黒猫、この三人と一匹は必ず始末せよ』
『はぁ……』
『どうした、迷っている暇など無いぞ。しくじればホフデン男爵家は取り潰され、貴様らも路頭に迷うのだぞ!』
『それは理解しておりますが、不落の魔砲使いを仕留めるのは困難かと……』
『馬鹿者が! 何のための夜襲だと思っているのだ、別館ごと潰してしまえ! 奴らさえ始末してしまえば、後の罪は反貴族派どもに被せてしまえば良いのだ!』
普通、こうした話は声を潜めて密談するものだと思うのだが、第一夫人の声は空属性魔法の集音マイクを通しても耳障りに感じるほど大きい。
そして、それは第二夫人も同じだった。
『どんな手段を用いても、必ず成し遂げなさい。成功した暁には、お前個人に大金貨十枚をやろう。それだけあれば借金を清算して、お気に入りの娼婦を身請けできるだろう』
『かしこまりました』
二人と話している人物が誰なのか分からないが、ホフデン男爵家で兵を動かせる立場にいるのは間違いなさそうだ。
俺も含めたバルドゥーイン殿下の一行は、明日の朝にはホフデン男爵領を出立して王都へと帰還する。
となれば、襲撃は今夜これから行われるのだろう。
控えの間から廊下へ出て、殿下の部屋を警備している近衛騎士に声を掛ける。
「バルドゥーイン殿下を起こしていただけますか、どうやらホフデン家の連中が襲撃を目論んでいるようです」
「かしこまりました」
バルドゥーイン殿下は寝床には入っていたが、すぐに動ける恰好で、防具まで身に付けていた。
「首謀者は?」
「第一夫人と第二夫人のようです」
「ほぅ、追い詰められて手を組んだか」
「他に手段が無いと思ったのでしょう」
「愚か者どもが……」
まさか王族を手に掛けるような馬鹿な真似はしないだろうと思っていたが、見栄が服を着て歩いているような人たちにとっては、貴族らしい生活から転げ落ちることは死と同等らしい。
「では、打ち合わせ通りに、俺は外で迎え撃ちます」
「ニャンゴ、警告の後は手加減しなくて良いぞ」
「いえいえ、ちゃんと手加減しますよ。次の領主となる方も屋敷は必要でしょう」
「はははは、そうだな、それでは程々にしておいてもらうか」
「かしこまりました」
バルドゥーイン殿下の守りをヘーゲルフ師団長と近衛騎士たちに任せて、俺は別館の屋根の上に陣取った。
別館は、本館の西側に位置していて、庭を挟んで九十度の角度で向かい合う形に建っている。
別館の更に西側は、裏庭を挟んで馬場があり、その向こう側に兵舎がある。
馬場には、続々と兵士たちが集まってきていた。
集音マイクで探ってみたが、兵士たちに戸惑った様子が見られないところを見ると、これから何をさせられるのか既に周知徹底されているのだろう。
空には細い月が浮かんでいるだけで、周囲は足下を確認するのがやっとなぐらい暗いのだが、最低限の明かりしか灯していない。
家の存亡が懸かっている戦いとあってか、ホフデン家の殆どの兵士が参加させられているように見える。
その数は、ざっと見ただけでも五百人以上、もしかすると千人近いかもしれない。
一方、バルドゥーイン殿下を守る兵は、俺とヘーゲルフ師団長を含めて、近衛騎士、王国騎士を合わせても五十人に満たない。
砦に立て籠もっていた人々の保護に人数を割いているのと、その他の者は川の近くで野営をしている。
そちらの人員を呼び寄せれば、ホフデン家の兵力と互角に対抗できるが、そうなると本格的な戦争となってしまう。
当然、双方に多数の死傷者を出すことになるだろうし、それはバルドゥーイン殿下の望むことではない。
「んー……でも、ちょっと油断しすぎだよなぁ。まぁ、守れと言われれば守るし、蹴散らせと言われれば蹴散らすけどね」
ガチャガチャと鎧の擦れる音も、一つ一つは小さいけれど、それが十、二十、五十、百と集まれば、それなりの音になると分かっているのだろうか。
それとも、俺達は何も考えずにぐっすり寝込んでいる間抜けだと思われているのだろうか。
兵たちが整列を終え、明かりの下で旗が振られると、杖を持った二十人ほどの一団が進み出て来た。
別館までの距離は五十メートル程度だろうか、合図に合わせて一斉に杖を振り上げた。
「撃てぇぇぇ!」
直径が十メートルを超えるような巨大な火球が二十個、それが別館目掛けて一斉に撃ち出された。
速度、威力共に十分そうで、仮に全弾命中していたら、西側一面が吹き飛んで別館は崩壊していたかもしれない。
「複合シールド……粉砕!」
だが、巨大な火球は撃ち出された直後に、ズドーンという大きな爆発音と共に吹き飛ばされた。
自分達の撃ち出した火球の炎を含んだ爆風に晒され、攻撃を行った魔導士たちは馬場の上を転がっていく。
隊列を組み、いざ突撃と身構えていた兵士たちも、前のめりになったり、片膝をついたりして爆風に抗っていた。
爆風が収まったところで、空属性魔法で拡声器を作って兵士たちに呼びかけた。
「警告する! ここはシュレンドル王国王子、バルドゥーイン殿下の寝所だ。これ以上の攻撃を仕掛ける者は逆賊と見なし、一切の手加減無く討伐する!」
警告を終えると同時に、見た目重視の派手な砲撃十連射を、兵士たちの頭上五メートルぐらいを狙って撃ち出す。
ズドドドド……連続する発射音と、周囲を赤々と照らし出す火球を見て、一部の多くの兵士はその場で武器を捨てて両手を挙げた。
「そうそう、一つ付け加えておくと、お前らを指揮した男は、借金を返済して娼婦を身請けする金欲しさに、この仕事を請け負った。王族への襲撃だと知らされていなかった者は、明日の朝までに部隊を指揮した男を捕らえておくように……以上、武装を解除して解散せよ!」
王族に対して襲撃を行えば、ほぼほぼ間違いなく死罪だし、状況によっては一族郎党皆殺し……なんて事にもなりかねない。
だが、相手が王族と知らされず、命令に従っただけならば、まだ生き残る可能性は残されている。
俺が話し終えた直後、馬場からは情けない悲鳴が聞こえてきた。
第一夫人にそそのかされた男は、明日の朝まで生きていられるだろうか。
兵士たちを解散させた後、バルドゥーイン殿下やヘーゲルフ師団長らと共に屋敷の本館に踏み込むと、第一夫人と第二夫人は、喉を短剣で突いて自害していた。
「お願いします、この子は何も知らされていなかったんです! 私はどうなっても構いません、ですがアルフレートだけは……」
元メイドの第三夫人は、必死に自分の子供の助命を嘆願したが、当のアルフレートと次男のバルナルベスは、事態を理解しきれずに戸惑っているようだ。
いずれにしても、これでホフデン男爵家の取り潰しは確定となった。





