名誉子爵はお出掛け中
※今回は、レイラ目線の話になります。
「はぁぁ……うちの名誉子爵様は、いつになったら帰ってくるのかねぇ?」
夕食の席でセルージョが口にした言葉は、私達チャリオットのメンバーが嫌というほど尋ねられている言葉でもある。
「貴族の当主が殺されて、家の存亡が懸かっているんだ、そう簡単には片付かないだろう」
ライオスが言う通り、ニャンゴが駆り出された先は、当主が襲撃されて殺害されたホフデン男爵領だ。
ニャンゴ一人で移動するなら、空を飛んでその日のうちに往復できるのだろうが、駆り出された目的は王族の警護だから移動を共にしなければならない。
馬車での移動となれば、往復するだけでも十日前後は掛かるだろうし、向こうの騒動の度合いによっては、更に十日ぐらい掛かってしまうかもしれない。
「取り潰しになった領地を貰っちゃいました……なんて事になったりしてな」
「それは無いわね」
「随分、自信たっぷりに言い切るじゃねぇか、レイラ」
「そりゃそうよ、ニャンゴは領地なんか欲しいと思ってないでしょ」
「まぁ、そうだな。爵位を貰ったのに、全然嬉しそうじゃなかったもんな」
二年連続で王都の『巣立ちの儀』の警備で大きな功績を残し、それに加えてダンジョンでもいくつもの新発見をした功績で、ニャンゴは名誉子爵の地位を与えられたのだが……。
諸々の式典を終えて旧王都の拠点に戻って来た時には、心底うんざりしていたのだ。
王家からの覚えも目出度い新興貴族として、権謀術策渦巻く貴族社会を生きるよりも、気ままな冒険者生活を満喫したいと思っているのだろう。
「だいたい、そんな貴族への反感が強い領地を与えられるなんて、褒美じゃなくて嫌がらせでしょ」
「そりゃそうだな。でもよ、いずれどこかの領地を押し付けられるんじゃねぇのか?」
「まぁ、それは否定できないけど、あんまり良い領地だと、他の貴族から嫉まれるだろうし、簡単じゃないでしょう」
ニャンゴの能力は疑いようが無いのだが、全ての貴族がそれを理解しているかどうかは怪しい。
そう言えば、殺されたホフデン男爵は、ニャンゴに命を救われておきながら、無断で領地に入ったと難癖をつけたと聞いている。
領地を持たない名誉子爵とはいえ、男爵よりも地位は上なのに、ニャンゴの能力を知ろうともせずに、地位を抜かれたという嫉みだけで行動したのだ。
シュレンドル王家はニャンゴの能力を高く評価しているが、ホフデン男爵のように、王家に上手く取り入った新参者……ぐらいに考えている貴族は他にもいるだろう。
「五十年ぶりぐらいに名誉騎士という地位を与え、建国以来初めて猫人を貴族にして、その一年後には名誉子爵に格上げ、ここから更に爵位を上げるには相当な実績と共に時間も必要でしょ」
「まぁそうだな、貴族の連中は見栄が服着て歩いているようなもんだからな」
「更に爵位が上がったら、いったい幾つの家がニャンゴに追い抜かれるのか……考えただけでも、周りが敵だらけになるのが見えるようだわ」
「新参者の猫人に頭を下げるなんて、貴族の地位しか取り得が無い者にとっては屈辱だろうな」
見栄っ張りで、猫人に偏見を持つ貴族が存在する限り、王家としても拙速に事を進める訳にはいかないだろう。
「王家としても頭が痛いだろうな。ニャンゴを敵に回せば、最悪王家が滅びかねないんだからな」
ライオスの言葉をチャリオットのメンバーではない人が聞いたら笑い出すかもしれないが、私たちは誰一人笑わないし、笑えない。
実際、本気になったニャンゴならば、一人で王城を攻め滅ぼす事も可能だ。
「空高くから、無尽蔵の魔力で強力な魔法を撃ちまくるなんて、ドラゴン並みの脅威だし、味方にすれば、これ以上心強い者は他にはいないだろう」
「そうね……仮に他国が攻め込んで来ても、ニャンゴを送り込めば殆どの場合、一日で相手を撃退しちゃうんじゃない?」
「ニャンゴなら可能だろうし、もし故郷の村が襲撃されたなんて聞いたら、隣国丸ごと更地にかえちゃうかもな」
ニャンゴは故郷のアツーカ村に強い思い入れがある……というか、幼い頃に世話になった薬屋のカリサさんを実の祖母同然に愛情を抱いている。
カリサさんにもしもの事が起こったら、隣国を攻め落としてしまうかもしれない。
ニャンゴには、それだけの力があるし、それを王家も認識しているはずだ。
王家にとって、ニャンゴは諸刃の剣のような存在だろう。
「領地が駄目なら、例のお姫様との縁談を進めて取り込もうとするんじゃないか?」
「それは、考えてると思うけど、やっぱり簡単じゃないでしょ」
セルージョが言うように、婚姻によって縛るというのは一つの方法だが、そちらも問題が残されている。
「王族を娶るには、もっと高い爵位が必要なんでしょ?」
「あぁ、確か侯爵以上じゃなかったか?」
「それに、例のお姫様って、光の聖女様って呼ばれているんでしょ?」
「『巣立ちの儀』の儀式の時に、ニャンゴの左目を治しちまったぐらい有能な治癒魔法の使い手だって話だからな」
「だったら、どこの貴族でも喉から手が出るほど欲しがるんじゃない?」
そもそも、どこの貴族も王家と縁を結びたいと考えている。
それを猫人の新参貴族に奪われたとなれば黙っていないだろう。
「まぁ、そうだが、だからこそニャンゴを取り込む切り札になるんじゃないか?」
「その可能性は捨てきれないけど、他の貴族を納得させるには爵位を上げる必要があって、爵位を上げれば不満が出る、その上でお姫様が嫁げば更に不満が出るんじゃない?」
「結局は堂々巡りってことか……」
ニャンゴを完全に取り込むだけの手段はあっても、実施するのは難しいというのが現状だろう。
「まっ、結局のところ、レイラもニャンゴを取られる訳にはいかないんだろう?」
「否定はしないわね。側で見ていて、ニャンゴ以上に面白い男なんて居ないでしょ?」
「ちげぇねぇ。次は何をやらかすのか、目が離せないからな」
本当にニャンゴは、私達の想像を超えた行動をする。
今も、ホフデン男爵領で何かやらかしているのではないかと気になって仕方ない。
「でも、俺達の予想に反して、例の姫様に骨抜きにされたりするんじゃないか?」
「それこそ、あり得ないわよ、ライオス。お姫様じゃ心ゆくまで踏み踏みできないでしょ」
「ほぅ、女の魅力では負けないってか」
「当然ね」
「だが、貴族の女性は、そっちの教育も受けるって話じゃねぇか」
「あら、セルージョは貴族のマダムとも浮名を流したの?」
「とんでもねぇ、そんなヤバい橋は渡らねぇよ。だが、貴族の嫁は、世継ぎを産んで何ぼなんだろう? 寵愛を受けるには、技術も必要だって聞くぜ」
「だとしても、ニャンゴはここに帰ってくるわ」
空っぽで物足りない膝の上をポンポンと叩く。
昼間は王族相手でも平然と応対するニャンゴだが、ベッドの上ではかなりの甘えん坊だ。
そのニャンゴの欲求を、私はちゃんと満足させられていると思っている。
悪いけど、まだ何の不自由も無く暮らしてきたお姫様なんかに、ニャンゴを譲るつもりはない。
ホフデン男爵領から帰って来たら、思い切り踏み踏み、チューチューさせてあげよう。





