男爵家の疑惑
バルドゥーイン殿下がホフデン男爵家の屋敷に戻ったのは、翌日の昼前だった。
入浴をして着替え、軽い昼食を済ませた後、改めてホフデン男爵家の人々と面談を行った。
ホフデン男爵家から参加したのは、第一夫人とその息子である次男、第二夫人、第三夫人とその息子である長男、そして家宰の六人。
こちらからは、バルドゥーイン殿下、ヘーゲルフ師団長、俺、それに財務官五名と殿下の護衛である近衛騎士が二人の合計十人だ。
これから行われる面談は、ホフデン男爵領ではどのように税の徴収が行われていたのか、王国の法律に違反していないかの確認だ。
おそらくだが、ホフデン男爵領では王国の法律に反する高率の税が徴収されていたのだろう。
でなければ、住民たちがあれほどまでに痩せ細っていないだろうし、口々に高率の税金に対する不満を洩らしていないだろう。
ただし、王国の法に反する高額の税を徴収していました……などとは口が裂けても言えないだろう。
今日のところは、ホフデン家の人々が、どんな否定の仕方をするのかを税務官に見極めさせるつもりなのだろう。
出席者全員がテーブルに付いたところで、バルドゥーイン殿下が話を切り出した。
「これより、ホフデン家の皆から話を聞かせてもらう、我々は反乱を起こした者達の拠点を見て、その者達から話を聞いてきた。その内容と、ここに居る者の話と、どれほど違いがあるのか、それとも違いなど無いのか、見極めさせてもらう」
バルドゥーイン殿下が一旦話を切ったところで、声を上げたのは第一夫人アンジェルだった。
「失礼ながら、バルドゥーイン殿下におかれましては、そのような逆賊共の話を信じていらっしゃるのでございますか?」
「無論、頭から信じている訳ではない。高度な教育を受けていなくとも、目端が利き、自分達に優位になるように、人を騙そうとする者が居てもおかしくはないからな」
「仰る通りでございます。あの者共は、意地汚く、目先の金を手に入れるためならば、平然と嘘つく卑しい者どもでございます」
「なるほど、それではホフデン男爵領では、違法な税の取り立ては行われていなかったのだな?」
「仰る通りでございます。我が家はシュレンドル王家からの言いつけを守り、統治を進めてまいりました。何一つ法に触れることなどございません」
第一夫人は、でっぷりと太った無駄に大きな胸を張り、自信たっぷりに言い切ってみせた。
「そうか……それでは、なぜバルドレードは殺されるほど恨まれていたのだ?」
「そ、それは……貴族の苦労を知らぬ、無学な者共が反貴族派なる暴徒共に利用されたのでしょう」
「なるほど、全ての罪は反貴族派にあると申すのだな?」
「仰る通りでございます」
一度は顔を引き攣らせた第一夫人だったが、会心の言い訳を思い付いて、再び胸を反らしてみせた。
第一夫人がバルドゥーイン殿下と問答を繰り返している間、ホフデン男爵家の他の面々は、まるで他人事のように、我関せずといった表情を浮かべている。
ホフデン男爵家の長男アルフレートは俺よりも三つ年上で、次男のバルナルベスはその二歳年下になるのだが、二人とも退屈そうな顔をしている。
この問答の内容次第では、王家の印象は一層悪くなり、家が取り潰されるかもしれない……なんて心配は、欠片もしていないようだ。
「確かに、私が聞いた話でも、今回の騒動には反貴族派らしき男達が関わっていて、大きな役割を果たしていたようだ」
「そうでございましょう。全ては、その者共の悪企みのせいでございます」
「それは、バルドレードが殺された時には分かっていたのだな?」
「はい、仰る通りでございます」
「そうか、ではなぜ住民に降伏を呼び掛けなかったのだ?」
「はっ? 降伏でございますか?」
「そうだ。立て籠もっていた住民は、何の口上も前触れも無く、いきなり攻撃されたと言っているぞ。全ての罪が反貴族派にあるのなら、なぜ無実の住民を救おうとしなかったのだ?」
バルドゥーイン殿下は声を荒げる訳でもなく、表情も変えず、淡々と話を進めている。
風向きが良かった時には、第一夫人は殿下を少し舐めているような余裕の表情を浮かべていたが、今は顔を蒼褪めさせ、顎から雫が落ちるほどダラダラと汗をかいている。
「そ、それは……何かの間違いでは……」
「制圧作戦の司令官は、立て籠もっている者は一人も残さず殺すように指示を受けたと言っていたぞ」
「い、いえ……そんなはずは……」
「バルドレードが亡き後、この家を仕切っていたのは、そなたではないのか?」
「い、いえ……は、はい、確かに私が差配をしておりましたが、突然のことでもあり、混乱しておりましたので、指示に行き違いがあったのかと……」
もはや、食堂の椅子が第一夫人には針のむしろに思えているでしょう。
ドレスの襟に染みができる程の汗をかき、相当なダイエットになってるんじゃないかな。
「行き違いか……それならば仕方ないか……」
「はい、殿下がお見えになられると聞き、慌てて指示を出したので、上手く伝わっていなかったのでしょう」
「だが、司令官が受け取った命令書には、立て籠もっている者は全員処刑せよという指示と、そなたの署名がされていたぞ」
「そ、それは……命令書を書いた時には、立て籠もっている者達は全員が反貴族派だと思っておりましたので……」
「そうなのか? 先程、バルドレードが殺された時には、住民は反貴族派に利用されていると分かっていたと言っていたではないか」
「そ、それは……言葉の綾と申しましょうか……」
「そもそも、なぜ住民は反貴族派に付け込まれるほど困窮していたのだ? なぜ困窮した住民に対して、何の対策も行わなかったのだ?」
「そ、それは……夫が生きている頃の話なので、私には……」
「分かりかねるか……ならば、分る者から聞くとしよう」
バルドゥーイン殿下は、視線を第一夫人から家宰へと向けた。
夫人や息子たちが着席する中、一人立ったまま聞き取りに参加していた家宰は、深々と腰を折って一礼した後で話し始めた。
「住民が困窮していたのは、王国の法で決められた限度を遥かに超える高率で税の取り立てが行われていたからでございます」
「な、何を言うの!」
「お前はホフデン家を裏切る気か!」
家宰の言葉を聞いた直後、第一夫人だけでなく、第二夫人まで血相を変えて声を荒げた。
というか、ここで家宰を責めてしまったら、自分達も違法な税の取り立てを知っていたと言っているようなものだ。
「何度も旦那様をお諫めいたしましたが、私では止めることが出来ませんでした」
そう言うと、家宰は再び深々と腰を折ってみせた。
これって、王家に対して謝罪をしているように見えるけど、見方を変えると、死んだバルドレードを槍玉に上げることで、自己保身を図ろうとしているようにも見える。
「それでは、ホフデン男爵家から王家に提出された財務報告は虚偽であったのだな?」
「仰る通りでございます」
「虚偽ではない財務表は存在するのか?」
「はい、十年前からの物は保管してございます」
「ならば、それを財務官に引き渡せ」
「かしこまりました」
三度、家宰が一礼した所で、第一夫人がヒステリックな叫び声を上げた。
「嘘よ! 違法な取り立てなんか無いわ! 知らない、私はそんな事は聞いていない!」
髪を振り乱して叫ぶ第一夫人にチラリと目を向けた後、バルドゥーイン殿下は視線を家宰に戻した。
「奥様方には、財務報告書が出来上がった時点で、毎年報告をいたしておりました。何とか旦那様に思いとどまっていただけるよう助力を願いましたが……」
「知らないわ、そんな話は一度も聞いていない、嘘を言うのはやめて!」
第二夫人もヒステリックに叫んでいたが、第三夫人は俯いたまま小さく首を横に振っていた。
息子二人は、本当に聞かされていなかったのか、何の話なのかも理解できていないようだ。
汚れ話には関わらせたくなかったのか、過保護に育てられたようだが、これでは不正がなかったとしてもホフデン男爵家の未来には、暗雲が立ち込めていただろう。
家宰の自供によって、急転直下ホフデン男爵家の財務疑惑は解明されることとなったが、この様子では取り潰しは避けられないだろう。





