戦後処理(後編)
日が落ちる頃にポツポツと降り出した雨は、次第に雨脚を強めている。
立て籠もっていた住民達は、武装を解除させた上で、食べ物を与え、無事だった建物で夜を過ごすように命じられた。
住民たちが夜を明かす建物の周囲には雨除けをした篝火が焚かれ、逃走を防ぐために王国の兵士が監視を行っている。
もっとも、監視など行わなくても、住民達には行くべき場所も帰る場所も無いようだ。
夕食の後、俺はバルドゥーイン殿下の天幕に呼び出され、ヘーゲルフ師団長と共に住民から聞き取った話を聞かされた。
「住民たちの話では、襲撃を主導したのはヘデロスという行商人だったらしい」
バルドゥーイン殿下の話によれば、ヘデロスは四十代ぐらいの犬人の男で、殆どの住民から実直な人物だと思われていたそうだ。
困窮した村を回っては、商売度外視で食料などの支援も行っていたらしい。
住民の生活がいよいよ立ち行かなくなると、この拠点を用意して村を捨てて逃げて来た者達を匿い、ホフデン男爵家に対する蜂起を促したそうだ。
こうした話を聞いていると、かつてラガート子爵の一行を襲った元反貴族派のジェロから聞いたダグトゥーレという男を思い出すが、ヘデロスは最後まで住民と共に戦い続けていたそうだ。
「殿下、本当にヘデロスという男は死んでいるのですか?」
「それらしい犬人の男の遺体を複数の住民に確認させて、全員がヘデロスだと答えたから間違いないだろう」
「俺の勝手な思い込みなんでしょうが、どうしても反貴族派の幹部と聞くと住民や手下を利用している連中だと思ってしまいます」
「まぁ、それは無理も無いだろう。私自身、そうした印象の方が強いからな。ただ、純粋に貴族の圧政に反発する組織もあるという話は聞いている」
反貴族派と一纏めにして呼んではいるが、その組織はいくつにも分裂しているらしい。
新王都のファティマ教会を根城にしていた連中は、ほぼ壊滅状態に追い込めたようだし、旧王都の組織も同様だ。
特に旧王都に巣食っていた反貴族派は、貴族の圧政に抗議するというよりも、単に金持ちを襲って私腹を肥やそうとしていた連中だったらしい。
俺達から見れば、単なる盗賊組織なのだが、その末端で使われている者達は、実際に貧困に喘いでいる者達だったりするのだ。
「殿下、ヘデロスの他に反貴族派と思われる者は居なかったのですか?」
「へデロスの直接の部下らしい男が三人いたが、全員戦闘で死亡している」
「それは、逃げる暇が無かったのか、それとも逃げる気が無かったのか、どちらなんでしょう?」
「住民たちの話によれば、逃げる気が無かったようだな」
へデロスと仲間三人は、ホフデン男爵家の騎士達との戦いでも先頭に立ち、率先して戦って死んでいったそうだ。
情勢が変わっていれば、英雄扱いされたかもしれないような行動に思えてしまう。
「何が彼らをそこまで突き動かしたんでしょう?」
「さぁな、生きていたなら聞いてみたかったが、今となっては想像を巡らせるしかないな」
ただし、へデロス達の足取りについては、この後も裏付けの捜査が行われるそうだ。
どんなに義憤に駆られた行動であっても、領主殺しは重罪だ。
今後、同様の事案が続けば、王国の屋台骨が揺らぎかねないので、へデロス達がどこから住民を支援する金や物資を手に入れていたのか調べる必要があるのだ。
「足取りが掴めますかね?」
「住民達の話によれば、へデロス達はホフデン男爵領の人間ではなかったようだ。先触れとして先行させた者達の話によれば、農村だけでなく街の景気も悪くなっていたらしい」
「領外の人間でないと、支援するだけの余裕が無かった……ということですか?」
「そういう事だ。もしかすると、ホフデン男爵領にルーツを持ち、何らかの理由で他領に移り住まなければならなかった……といった理由があったのかもしれないな」
故郷に錦を飾るではないが、離れざるを得なかった故郷が荒廃している様子を見かねて……というのは、ホフデン男爵家と戦う理由としてはありそうだ。
「ただし、今の時点では私の憶測に過ぎない。真実を明らかにするには、こうした憶測は控えた方が良いのだろうな」
ここでヘーゲルフ師団長が、軽く右手を挙げて発言を求めた。
「殿下、ホフデン男爵家への調査はいかがいたしますか?」
「予定通り、財務官に行わせる」
「では、護衛の人員を割り当てます」
「強面を揃えてくれ」
「心得ております」
実際に、住民に対してどの程度の課税が行われていたのか、本当に王国の法律に違反するほどの取り立てが行われていたのか調べる必要があるのだが……果たして上手くいくのだろうか。
「不安そうだな、ニャンゴ」
「いえ、不安というほどではありませんが、そうした調査については疎いもので……」
「まぁ、明日から始めて、即証拠が見つかる訳ではないだろうが、うちの財務官は甘くないぞ」
シュレンドル王国の貴族には自治権が認められているが、同時に財務状況に関する報告も義務付けられている。
各貴族から送られてくる財務報告書をチェックするのが財務官の仕事だそうだ。
ていうか、俺は報告書出してないけど大丈夫なのかと思ったら、財務報告は領地を持つ貴族に義務付けられているものであって、恩給を貰っているだけの名誉貴族は免除だそうだ。
「今回、同行させている財務官のチームは、能力の高い者を集めているし、調査に関しては私と同等の権限を与えている」
「つまり、隠し事は出来ないって事ですね?」
「その通りだ。彼らには、過去五年間のホフデン男爵家から提出された財務報告書の写しも持参させているし、欺ける、隠し通せると思ったら大間違いだぞ」
立て籠もっていた住民の生き残りは、王国騎士団の預かりとなり、財務官によるホフデン男爵家への査察が完了するまで処分は保留とされるそうだ。
「ホフデン男爵家によって王国の法律を超える課税が行われていた場合、住民への処分は軽くなるのですか?」
「ニャンゴも彼らの姿を見ただろう? あれは、数日程度困窮したという姿ではない。もっと長い期間にわたって食うに困っていた者達の姿だ。その彼らを一方的に処罰するなんて、正しいとは言えぬだろう」
バルドゥーイン殿下が言う通り、これで王家が住民に寄り添った処分を下さなかったら、その噂は必ずや他の領地にまで知られる事になる。
そうなれば、ホフデン男爵家のみならず、シュレンドル王家に対する反発も高まってしまうだろう。
「かと言って、貴族の当主を殺害して、何の咎めも無しとはいかない。ただし、ホフデン男爵家による制圧で多くの死者が出ている。彼らには申し訳ないが、生き残った者達のために、罪人としての汚名をかぶってもらう事になるだろう」
おそらく、ホフデン男爵家の圧政に立ち向かったであろう者達に罪を着せるのは、バルドゥーイン殿下としても苦渋の選択なのだろう。
「殿下、ホフデン男爵家の調査が終わってから判断されても宜しいのではありませんか?」
「そうか、そうだな。まずは、財務官の働きに期待するとしよう」
ホフデン男爵家に対する調査が、どの程度の期間掛かるのか分からないが、バルドゥーイン殿下が連れて来た人材だから、そんなに長い期間にはならないだろう。
ただ、バルドゥーイン殿下が滞在を切り上げて王都に帰還するまでに終わるかどうか。
バルドゥーイン殿下が王都に戻るなら、俺も同行する事になる。
出来れば、キッチリと決着まで見届けたいが、それは難しいのかもしれない。





