戦後処理(前編)
戦闘終了後、返り血と泥まみれのホフデン男爵家の騎士や兵士に代わり、ピカピカな鎧姿の王国騎士が反貴族派の住民が立て籠もっていた拠点に入った。
ホフデン男爵家の騎士や兵士を退去させたのは、まだ感情的な対立が解けていない者同士が接触する事で、小競り合いなどが起こらないようにするためだ。
俺からも立て籠もっていた人達に、これから来るのは王国騎士だから、むやみやたらに怒りをぶつけたりしないでくれと話しておいた。
ヘーゲルフ師団長が率いる王国騎士たちは、まず武装を解除した人々の手当から始めた。
怪我人を集めて、応急処置を施していく。
水属性の魔法が使える者が傷口を洗い、ポーションで血止めを施して包帯を巻いていく。
今回の遠征部隊には、光属性の治癒魔法を使える治癒士が同行しているが、実際に治癒の魔法を使うのは、腹や頭に傷を負い、尚且つ助かる見込みのある者だけだ。
それと、治癒士は魔力切れになる前に、余力を残して治療を終えるそうだ。
これは、同行しているバルドゥーイン殿下が負傷した場合に、治療が出来ませんでしたでは済まされないからだ。
ただ、深刻な怪我を負った者が多く、全体の四分の一も治療しないうちに治癒士は両手で×印を作ってみせた。
「仕方がない、治癒士による治療はここまで……」
「ちょっと待って下さい」
ヘーゲルフ師団長が治療の打ち切りを宣言しかけたので、待ったを掛けた。
「俺が魔力を回復させますから、治療を続けてもらえませんか?」
魔力回復の魔法陣について話すと、ヘーゲルフ師団長は目を見張った。
王都の学院には魔力回復魔法陣についての報告を送ってあるが、まだ実用段階には至っていないのだろう。
「そんな事が本当に可能なのか」
「論より証拠、やってみせましょう」
魔力回復の魔法陣を貼り付けると、今度は治癒士が目を見張った。
「ま、魔力が戻ってきた! これなら治療を続けられます!」
小柄な山羊人の治癒士ジョナン・ランベルは、あまり魔力指数が大きくなかったが、希少な光属性だったから騎士団に採用されたそうだ。
魔力が増えるように訓練を重ねてきたそうだが、それでも今回のように途中で治療を断念しなければならない場合があって、何度も歯がゆい思いをしてきたそうだ。
「エルメール卿、お願いします。魔力を補助して下さい!」
「勿論、任せて下さい」
魔力切れの心配は無くなったが、それでも魔法を使い続けると疲労が蓄積してくる。
普段、ジョナンはこれほど長い時間治療を続けたことは無いはずだし、相当疲労が蓄積してきていると思うのだが、治療する手を止めようとはしなかった。
怪我の治療を受けて、家族との再会を喜ぶ人たちが居る一方で、変わり果てた姿になった家族と対面し、悲嘆にくれる人たちも居る。
家族の名を叫ぶ、悲鳴のような声が響いてきても、ジョナンは集中力を途切れさせることなく治療を続けていた。
「しっかりしろ! 駄目だ、目を覚ませ!」
ジョナンが必死に手を尽くしても、それでも救えない命がある。
昼食を食べる時間さえ惜しんでジョナンは治療を続けたが、三分の一ほどの患者は帰らぬ人となった。
勿論、ジョナンの腕が悪い訳ではなく、それほど深刻な負傷だったのだ。
俺は、医療の進んだ日本で暮らした記憶があるから、腹を刺されれば腹腔内に消化器の内容物が溢れて感染症を引き起こしたり、太い血管が破れて失血死に至るのだと知っている。
こちらの世界の医療がどの程度のレベルなのか分からないが、ジョナンの治癒魔法は傷口を塞いで回復を促進し、同時に浄化まで行っているらしい。
それでも助からないのであれば、それはもう運命として諦めるしかないだろう。
「これで最後です。エルメール卿、ありがとうございました」
「お疲れ様でした。もう暫く魔力の回復を続けますから、可能であれば身体強化魔法で疲労回復を促進してみて下さい」
「ありがとうございます。やってみます」
魔力回復の魔法陣を突然解除すると、いきなり魔力切れに陥ってしまったりする。
今回の場合は、魔法の発動を終えた後なので、倒れるほどの魔力切れは起こさないだろうが、それでも用心しておいた方が良いだろう。
ジョナンに倒れられたら、バルドゥーイン殿下に万が一の事態が起こった場合、対処が出来なくなってしまう。
怪我人の治療が終わり、ジョナンと一緒に少し遅くなった昼食を食べに行くと、王国の騎士や兵士が休息している場所の向こうで、煙が上がっているのが見えた。
「えっ? 火事か?」
「いいえ、遺体の火葬でしょう」
戦場で大勢の人が亡くなった場合、遺体がアンデッド化しないように火葬し、骨は粉々に砕いて埋葬するそうだ。
薪などが用意できる場所以外では、火属性の者が魔法の火で荼毘に付すらしい。
遅めの昼食を急いで掻き込んで、俺も火葬の手伝いに向かった。
風属性の騎士や兵士が風を操っているのだが、それでも近くまで来るとタンパク質が焼け焦げる臭いがした。
「魔力を補助します!」
「おぉぉぉ……これは」
「魔力が漲ってくる、ありがとうございます」
俺自身にも魔力回復の魔法陣を貼り付けて、炎の魔法陣を発動させて火葬を手助けする。
遺体は土を掘った窪地の底に木を組んだ台の上に並べられ、そこに向かって火属性の魔法を使える者達が並び、一方向から炎を浴びせているのだ。
他の人達の邪魔にならない範囲で、一番大きな魔法陣を作ったので、一気に火力が上がった。
熱気が増し、人であった者達が焼け爛れ、焼き崩れ、やがて骨を残して灰になっていく。
窪地から少し離れた場所には、火葬されている人達の遺族が座り込み、噴き上がる炎をジッと眺めていた。
手を固く組んで祈りを捧げる者もいれば、魂が抜け落ちた抜け殻みたいに放心状態の者もいる。
泣き崩れる母親のそばには、まだ事態を理解できずに戸惑っている子供の姿があった。
そして、火葬を見守っている人達は、その殆どが瘦せ細っている。
ダイエットによって健康でスリムな体を手に入れた訳ではなく、体重を維持するだけの食べ物が無いのだろう。
全ての遺体の火葬が終わり、粉々に砕かれた骨が埋葬された頃には、日が西に傾いていた。
今夜は、ここで野営することになったのだが、雲行きが怪しくなっている。
昼間は晴れていたのだが、西の空は雲に覆われていて、不気味なほどに赤く染まっていた。
「天気が崩れそうだな」
「殿下、ホフデン男爵家の屋敷に戻られますか?」
「いいや、立て籠もっていた住民を放置していく訳にはいかんだろう」
「何の処分も無しという訳にはいきませんよね?」
「そうだな……処分は、もう少し調べてからでないと決められないがな」
俺が治療や火葬の手助けをしている間、バルドゥーイン殿下は立て籠もっていた住民から話を聞いていたそうだ。
「王国の法律に反する税の取り立てがあったのですか?」
「その疑いが濃厚だ。冬撒きの小麦が収穫時期を迎えるまで耐えれば何とかなると思っていたそうだが、根こそぎ取り上げられて生きる術を失ったらしい」
「そこを反貴族派に付け込まれたのですか?」
「その辺りは曖昧だが、反貴族派が使う粗悪な魔銃が見つかっているから、何らかの関係があったのだろう」
「住民以外の反貴族派は居なかったのですか?」
「集団をまとめていた男がいたそうだが、死んでいた」
「他に幹部らしい人物は?」
バルドゥーイン殿下は、お手上げだとばかりに首を横に振ってみせた。
住民蜂起の裏付けと、騒動を主導していた人物が何をしていたのかなど、まだまだ調べることが残されているようだ。





