停戦命令
『ニャンゴ、空から先行して、女性や子供が虐げられていたら保護してくれ。私の名前を出して構わん!』
「了解です! 先行します!」
バルドゥーイン殿下の指示を受けて、上空から反貴族派が立て籠もっている拠点へと接近する。
既に、防衛線は突破されて、金属鎧に身を包んだ騎士や兵士が踏み込んでいる。
粗末な槍のような物を持った男が、兵士に襲い掛かっていくが、あっさりと盾でいなされて、片手剣で切り捨てられた。
槍や剣を持った男の他にも、斧や鍬、鋤などの農具を振るって抵抗を続けている男達は、訓練を受けた兵士や冒険者などではなく、普通の農民のようだ。
男爵家の兵士の一部が寝返ったという話も聞いているが、そうした人達は既に打ち取られた後なのだろう。
拠点の周囲には、かなりの数の遺体が放置されたままになっているし、防壁の内側も死屍累々といった惨状を呈している。
拠点の守りが突破されるまでに、相当激しい戦闘が繰り広げられたのだろう。
バルドゥーイン殿下からは女性や子供の保護を命じられたが、こうした男性たちは、どこまで保護すれば良いのか判断に迷う。
投降の呼び掛けがなされたのか分からないが、武器を持って抵抗の意思を示しているのでは、切り捨てられたとしても仕方ないような気がする。
ただ、ざっと眺めた限りでは女性や子供の姿は見えない。
ろくな訓練も受けていないと思われる男達が兵士達に向かっていくのは、その奧に守るべき存在がいるためなのだろう。
空から拠点の奥へと近付いていくと、山肌に洞窟の入り口らしきものがあるのを見つけた。
その周囲には、数人の少年と中年の女性がバリケードを組んで立て籠もっていた。
何やら盛んに言葉を交わしているようなので、空属性魔法の収音マイクを設置して声を拾ってみた。
『いいかい、ギリギリまで抵抗を続けるよ。いよいよ駄目だとなったら、洞窟に入って、強欲貴族の犬どもが入り込んで来たところで魔道具を使って道連れにしてやるんだ』
『分かってる、それまでに一人でも多く殺すんだろ』
『そうさ、平民の意地を見せてやるよ!』
どうやら、中年の女性が反貴族派、少年は感化されたか、命じられて動いているのだろう。
空属性魔法の探知ビットを使って洞窟の内部を探ってみると、かなりの人数が居るのが分る。
女性や子供は全てここに集められ、最後は粉砕の魔道具で自爆するつもりのようだ。
さて、どうやって保護しようかと考えているうちに、男達の抵抗を退けた兵士が近付いてきた。
たぶん、戦闘が始まる前にはピカピカに磨き込まれていただろう鎧は、土埃や泥、そして返り血にまみれて凄まじい状態になっている。
『いたぞ! こんな所に隠れてやがった!』
『一人残らず皆殺しだ!』
『待て、不用意に近付くな! まだ魔道具を隠し持ってるかもしれないぞ!』
見境なく突っ込んで行くのかと思いきや、意外にも兵士たちは冷静に対処しているようにも見える。
もしくは、ここに来るまでに粉砕の魔道具を使った攻撃で、大きなダメージを受けているのかもしれない。
『魔導士、前へ! 集中攻撃を食らわせて、燻し出してやる!』
後続の兵士たちがゾロゾロと現れたのを見ても、もう潮時だろう。
『そこまで! 全員、ただちに戦闘行為を停止せよ!』
空属性魔法で大きなスピーカーを作り、声のボリュームを上げて呼び掛けると、その場に居合わせた全員の視線が上空の俺へと向けられた。
『繰り返す、戦闘を停止せよ! これは、シュレンドル王国第二王子バルドゥーイン殿下の命令だ! 命令に背くと言うのなら、不落の魔砲使い、ニャンゴ・エルメールが相手になるぞ!』
白虎王族の威を借る猫人ではないが、呼び掛けの効果は絶大だった。
今にも洞窟へと迫ろうとしていた兵士たちは互いに顔を見合わせた後で、武器の矛先を納めて抵抗しない意思表示をしてみせた。
ただ、洞窟に立て籠もっている連中は、今一つ事情を理解できていないようだ。
中年の女性は俺に疑わしげな視線を向けてくるし、少年達は空に浮いている俺をポカーンと見上げている。
『あなた達の身柄は、シュレンドル王家が預かる。身の安全は保証するので、危険な魔道具は絶対に発動させないように!』
追加の呼び掛けをすると、洞窟内部からざわめきが聞こえてきた。
たぶん避難した時点で自害する覚悟をしていたのに、急に事情が変わって戸惑っているのだろう。
『ニャンゴ、戦場全域に戦闘停止を命じてくれ!』
「了解です!」
バルドゥーイン殿下の求めに応じて、追加のスピーカーを設置して戦闘停止を命じた。
立て籠もっている者達には武装解除を命じ、攻め込んでいた騎士や兵士に対しては拠点の外まで撤退するように通達した。
一部の兵士が、ここで手を緩めては、また立て籠もってしまうと不満を洩らしたが、この程度の守りなら、俺が一撃で壊してやると言って黙らせた。
ぶっちゃけ、戦場の様子を見ても、戦闘開始以前に到着できて居たならば、俺一人で武装を解除させ投降を促せたはずだ。
上空から停戦の維持を監視しながら待っていると、バルドゥーイン殿下率いる一団が到着した。
『私は、シュレンドル王国騎士団、第二師団長ツェザール・ヘーゲルフだ。今この時点を持って、ホフデン家の騎士、兵士は私の指揮下へ入ってもらう!』
ヘーゲルフ師団長が、良く通る声で呼び掛けると、ホフデン男爵家の騎士や兵士の間に動揺が広がっていく。
こうした措置は、昨夜の時点でホフデン男爵家の家宰にも伝えてあるのだが、まだ前線の兵士達には届いていないようだ。
ここまで激しい抵抗を退けて、ようやく討伐を終わらせられると考えていたのだろう、一部の者達は不満そうな様子を隠しきれないでいる。
『貴君らの行動によっては、ホフデン男爵家は王家に対して叛意を抱いていると判断しなければならなくなる。主家を失い、職を失うような羽目に陥りたくないなら、素直に指示に従え!』
実際、ホフデン男爵家は当主が殺害された時点で、領地の統治能力を疑問視されている。
そこに加えて、王家への忠誠心を疑われる行動を重ねるならば、家を取り潰される可能性は十分に考えられるのだ。
騎士や兵士が武器を自由に振るえるのも、ホフデン男爵家という後ろ盾があってこそだ。
主家を失えば、冒険者に転職するか、はたまた盗賊や山賊に身をやつす事になりかねない。
騎士や兵士の立場を失う未来を想像したのか、不満そうだった者達も渋々といった様子ではあるが指示には従い始めた。
ヘーゲルフ師団長は、立て籠もっていた男達と騎士や兵士を隔離し、これ以上の戦いは意味が無いと理解させ武装を解除させた。
その際には、住民の中に自爆用の粉砕の魔道具を隠し持っていないか、慎重に調べていた。
反貴族派の自爆攻撃については、王国騎士団は何度も痛い目に遭い、殊更に慎重に対処するようになっているようだ。
高度を下げて、洞窟に立て籠もっていた人達にも、武器を置いて外へ出て来るように伝えたが、こちらは納得させるまでに少し時間が掛かってしまった。
「そんな事を言って、また騙して殺すつもりだろう!」
「そうだ、そうだ、騙されないぞ!」
どうやら、ホフデン男爵家の騎士達が騙し討ちを仕掛けたようだ。
「我々は、ホフデン男爵家の家来ではない。シュレンドル王家の指示に従っている。そもそも、討伐する気なら、ホフデン男爵家の騎士や兵士を止めたりしないぞ」
助けるために戦闘を中止させたのだと説明し、洞窟の入り口にいた中年女性を説得して、ようやく洞窟に立て籠もっていた人達も外へと出てきた。
全員が女性や子供で、王国騎士が到着するまでその場に留まるように伝えたのだが、身内の男性がどうなったのか知りたくて、今にも走り出して行きそうだった。
戦闘は終了させられたが、事後処理には時間が掛かりそうだ。





