隊列
夜明けと共に旧王都を出立した一団は、バルドゥーイン殿下を乗せた魔導車の周囲を近衛騎士が護衛し、その前後を王国騎士が挟み、その後ろに兵士と物資を乗せた馬車が続く。
ヘーゲルフ第二師団長は魔導車の前方を馬に乗って移動し、俺は上空から周囲を警戒しながら移動する。
上空から見下ろすと、騎馬と馬車が延々と続く光景は、壮観の一言だ。
これだけの数の馬と馬車をすんなり準備できてしまうのだから、シュレンドル王国騎士団の底力は相当なものがあるのだろう。
『ニャンゴ、前方は問題無いか?』
「問題ございません」
バルドゥーイン殿下とヘーゲルフ第二師団長には、空属性魔法で作った通信機を渡してある。
離れていても、瞬時に連絡が取れるようにするためだが、まだ出発したばかりだから問題など起こるはずもない。
旧王都から他の領地へと向かう旅人は、騎士団の通行を優先して、出立を遅らせるように通達が出されている。
そのため、騎士団の隊列の先を行く者は居ない。
ホフデン男爵領までは、順調に進めば三日間の行程だ。
バルドゥーイン殿下が同行しているので、当然先触れの騎士が先行している。
順調に進めば三日間だが、なにしろ異例尽くしの遠征なので、何が起こるか予想もつかない。
そもそも、貴族の領主が殺害されたこと自体が異例なのだ。
相続争いを拗らせて、次の領主の座を巡って異母兄弟同士の争いが殺害まで発展する例は稀にあるそうだが、領主が領民に殺された事例は遥か昔に遡らないと無いそうだ。
騎士団の派遣も、謀反の疑いがある領地を制圧に出向くといった事例はあるが、領主が殺された領地の治安維持に出向くのは初めてらしい。
当然、王族が同行するのも異例の事態だ。
今日は、大公家とコレッティオ侯爵家の領地境近くの街まで移動。
明日は、午前中の早い時間にコレッティオ侯爵領へと入り、そのまま街道を進んで反対側の領地境近くまで移動。
三日目の午前中にホフデン男爵領へと入り、その日の夕方には領都へ到着する予定だ。
ただし、これらの予定は天候に恵まれればの話だし、途中で何らかのトラブルが起これば到着が遅れる可能性もある。
出発して暫くすると、旧王都方面へと向かう馬車や旅人とすれ違うようになる。
ここでも、先行した騎士が進軍の邪魔にならないように、擦れ違う馬車を路肩に誘導していた。
普段、王族や貴族の一行が街道を通る時にも、一般人は邪魔にならないように路肩に避けるが、居合わせた人達は行列に手を振ったりして見物を楽しんでいる。
だが、今日の一行はガチで戦闘態勢を整えた一行なので、沿道の人達も笑顔で手を振るよりも、恐れをなして跪いている人の方が多く見受けられた。
馬車や旅人と擦れ違う時には、行列との間に複合シールドを展開しておいた。
そんな事態が起こる確率は低いだろうが、自爆攻撃を仕掛けられたら、例え王家の魔導車だろうと無傷でやり過ごせるとは限らない。
念には念を入れておいて、備えすぎるということは無いだろう。
ホフデン男爵領へと向かう一行は、一般的な旅人よりも速いペースで進んでいくが、休む時にはシッカリと休息を取って英気を養っていた。
馬が疲労して動けなくなるような事態を防ぐために、水や飼葉をシッカリ与え、馬の状態を見極めながら一行は進んでいく。
旧王都を出発した時、壮観に思えた王国騎士団の隊列だが、進んでいくほどに異様さを感じるようになった。
それを強く感じたのは、最初に通りすぎた街の光景を目にした時だ。
シュレンドル王国の多くの街では、街の中を街道が通り抜けている。
『巣立ちの儀』などで、貴族が王都へと出向く際には、街の中心を人々の注目を浴びながら通り抜けて行くというのが普通の姿なのだが、騎士団の行列は違っていた。
「バルドゥーイン殿下、往来を止めたのですか?」
『今回は、馬車の台数も多く、不測の事態を避けるために、隊列が通りすぎる間は人々の通行を止めた』
「なるほど、そういう理由があるのですね」
通常の貴族の行列でも、見物していた子供が飛び出してヒヤリとする場合がある。
今回は隊列が大きいだけに、そうした場合に重大な事故になりかねない。
ただ、普通の行列の場合、沿道から手を振る市民に対して、騎士がにこやかに手を振り返したりして、ほのぼのとした雰囲気になったりするのだが、そうした空気は一切感じられない。
純然たる軍隊の移動という感じで、路地などから覗いている民衆の多くが威圧感を覚えているように見える。
実際、今回の隊列は、ホフデン男爵領の治安を回復させるための戦力だ。
バルドゥーイン殿下曰く、有事に備えた演習の意味合いもあるという話だが、民衆が受けるイメージは想定よりも悪い気がする。
山賊や魔物による襲撃は珍しい話ではないが、これほど規模の大きな軍隊が移動するのを目にするのは初めてだろう。
ホフデン男爵領での出来事は、既に噂話として民衆にも伝わっている。
当然、この隊列のことも噂話として広がっていくだろう。
それが、王国騎士団が出向くのだから大丈夫だ……となるのか、王国騎士団まで大挙して出向かなければならないなんて不安だ……となるのかでは大違いだ。
反貴族派らしい者達の手で、貴族の当主が襲撃され、殺害された。
これは貴族による統治体制を揺るがす由々しき事態であり、放置すれば王家による統治体制までもが揺らぎかねない。
だからこそ、王家の威光を知らしめる巨大戦力で、迅速に事態を収拾する必要がある。
今回の隊列は、そのための物だから規模が大きくなるのは仕方ない。
だが、その大規模な隊列が民衆に与える影響までは、考慮できていなかったようだ。
その日の昼食は、ポリーニという街の外にある野営地で取ることになった。
先行する部隊がスープとお茶は用意していたが、他は携帯食料のみの昼食で、バルドゥーイン殿下も兵士と同じ物を口にした。
「スープと一緒なら、食えないことはないが……お世辞にも美味いものではないな」
バルドゥーイン殿下の感想を耳にした兵士たちは、皆笑顔で頷いていた。
ていうか、チャリオットでも、こんな不味い携帯食は使ってないけどね。
口の中がパッサパサになる携帯食を齧りながら、道中で感じた民衆の反応について感想を語ると、ヘーゲルフ師団長も同じように感じていたそうだ。
「殿下、ホフデン男爵領へ向かう道中はこのままでも構いませんが、王都へと戻る道中では民衆に対して、問題は全て解決したとアピールする必要があると思います」
「なるほど……ニャンゴもツェザールと同意見か?」
「はい、迅速に問題を解決して凱旋すれば、民衆の騎士団への信頼は上がるでしょう。逆に、帰りも同様の行軍を行えば、民衆の不安は増すと思います」
「分かった。それでは、迅速に仕事を終わらせて、大いにアピールするとしよう」
これだけの戦力がいれば、反貴族派などに負けるとは思わないが、あまりノンビリとしていられなくなった。
凱旋するとしても、何週間も先になってしまったら、騎士団の能力が疑われてしまうだろう。
大丈夫だとは思うが、時間的な縛りを付けられるのは、戦略的には良い傾向ではない。
でも、まだホフデン男爵領に到着もしていないうちに、あれこれ考えても無駄だろう。
俺は、俺に出来ることをやるだけだ。





