召喚
大公殿下に呼び出しをくらってから三日後、ホフデン男爵領へ向かうシュレンドル王国騎士団の一団が旧王都へ到着した。
王国騎士二百人、兵士千人、その他の人員を合わせると総勢千五百人近い大軍勢だ。
恐らくだが、新王都へ知らせが届いた時点では、ホフデン男爵家の当主が襲撃によって命を落としたという情報しかなく、領内の治安が維持されているのか不明だったからだろう。
これだけの人数が送り込まれるということは、即ちホフデン男爵家には統治能力が無いと王家が判断したということだ。
今回、王国騎士団を率いているのはバルドゥーイン殿下だ。
そして、軍勢を実質的に指揮するのは、ツェザール・ヘーゲルフ第二師団長だ。
見た目からして厳つい獅子人のヘーゲルフ第二師団長とは、新王都の『巣立ちの儀』の警備で一緒に仕事をした間柄だ。
初めて顔を合わせた時には、目障りな存在だと思われていたが、反貴族派の摘発を共に進めるうちに実力を認めてもらえた。
ヘーゲルフ第二師団長が率いる軍勢は、新王都の守りを固めるために残された第一師団をのぞいて、シュレンドル王家として派遣できる最高戦力とも言える。
俺が目撃した襲撃の様子からすると、ホフデン男爵領の反貴族派を相手にするには完全なる過剰戦力だ。
これだけの戦力が送り込まれるということは、王家がそれだけ今回の事態を重く見ている証拠に他ならない。
かつて反貴族派が活発に活動していたグロブラス伯爵領であっても、当主が殺害されるような事態は起こっていない。
貴族の家の存続を危うくする行為は、国の根幹を揺るがす大問題であり、王家としても放置する訳にはいかないのだろう。
もし、ホフデン男爵領の反貴族派を野放しにする状況が続けば、今の状況に不満を抱いている他の領地の者達が、自分達も……と追随しかねない。
そのような状況が続けば、当然世の中の安定が損なわれてしまう。
そうした事態が起こるのを未然に防ぐためにも、迅速にホフデン男爵領の治安を回復し、襲撃を主導した者達を捕らえる必要があるのだ。
そして、当然のように俺の所にも呼び出しが掛かった。
普段のお願いモードではなく、王国の名誉子爵としての役割を果たせという命令だ。
「ニャンゴ・エルメール、お呼びによりまかりこしました」
「発掘作業が忙しい中、呼び出してすまないな。王家からの召喚という形だが、あまり堅苦しく考えないで、いつも通りにやってくれ」
挨拶に出向くと、バルドゥーイン殿下はいつもの身軽な服装ではなく、ピカピカに磨き上げられた鎧を身に付けていた。
その隣には、同じく磨き上げられた鎧姿のヘーゲルフ第二師団長の姿もあった。
「ご無沙汰してます、ヘーゲルフ師団長。今回もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼むよ。エルメール卿の偵察能力には期待している」
「お役に立てれば良いのですが、現状がどのような感じになっているのか……」
「殿下、早速ですが、話を進めてよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わない。こんな下らない仕事は、さっさと終わらせてしまうに限る」
どうやら、バルドゥーイン殿下は今回の遠征に対して気乗りではないようだ。
「それでは、これまでに入って来ている情報を基に説明を進めさせてもらう……」
ヘーゲルフ師団長の話によれば、ホフデン男爵を殺害した一団は、山間にある砦に立て籠もっているらしい。
反貴族派がどの程度の割合を占めているのかは不明だが、多くの農民や一部の冒険者、それにホフデン男爵家の元兵士までが加わっているらしい。
「えっ、元兵士まで加わっているんですか?」
「確認が取れている訳ではないが、そうした情報も入ってきている。ホフデン男爵家の下級兵士の待遇は劣悪だったという噂も聞こえてきている」
領地を治めている貴族の家では、多くの騎士や兵士を雇い入れているが、長く平和な時代が続いているシュレンドル王国では、兵を養う費用は無駄であると思われがちのようだ。
そこで最下級の兵士は常時雇い入れず、非常時だけ兵として働くような契約が結ばれていることが多いらしい。
例えば、有事の際に兵としての義務を果たす一方、平時には税金を割安にしたり、常時雇いよりも安い非常勤の手当てを給付して、態勢を維持しているらしい。
ホフデン男爵領でも、そうした対策が行われていたらしいが、なんだかんだと駆り出される機会が多い割には待遇が悪く、不満を抱く者が多かったようだ。
「冒険者が加わっているのは意外なんですが、不満があったのでしょうか、それとも金で雇われたんでしょうか?」
「その辺りは不明だが、住民の不満が高まっている地域では、冒険者が感化されてもおかしくはないだろうな」
「なるほど……」
冒険者の活動は、一般市民の暮らしと密接に関わっている。
市民の暮らしが苦しくなれば、当然のように冒険者への依頼も減るし、報酬が減額されたりもする。
その原因が領地を治めている貴族にあるとなれば、冒険者が反貴族の活動に参加しても不思議ではないだろう。
「それでは、我々の役割は反貴族派の拠点を壊滅させて、ホフデン男爵家による統治を再開させることですか?」
「そこは、私が説明しよう」
遠征の最終目標を尋ねると、ヘーゲルフ師団長に代わってバルドゥーイン殿下が説明を買って出た。
「まず、反貴族派の拠点だが、首謀者を捕縛した後に解散させる。反貴族派の割合は分からないが、多くは一般の住民である可能性が高い。そうした者達まで処罰の対象とすると、他の地域への悪影響が及ぶであろう」
「扇動した者に対しては厳しい処罰を与え、扇動された者たちには反省を促す感じですか?」
「その通りだ。その上で、ホフデン男爵家による自治権を一時的に停止する」
「一時的ということは、再開させる余地はあるのでしょうか?」
「指定する期限までに、王家を納得させられればだな」
「それは、家督相続争いも含めて……ということですよね?」
「勿論だ。これからの統治体制について王家が納得できなければ、取り潰しもあり得る」
「期限は?」
「ホフデン男爵家に対して王家の意向を伝えてから二十日後だ」
大公殿下から聞いている家督相続争いは、後ろ盾を含めて面倒なことになっている。
それを二十日間で終わらせろというのは、結構厳しい条件に思えるが、それだけ王家が急いでいるという意思表示でもあるのだろう。
「ということは、それまでに反貴族派の砦を制圧しなければならない訳ですね?」
「シュレンドル王国騎士団第二師団に、不落の魔砲使いが加わるのだ、難しい仕事ではないだろう?」
「当然です!」
俺が口を開くまえに、ヘーゲルフ師団長がキッパリと言い切った。
「有象無象の集まりに遅れを取るような軟弱者は私の下にはおりません。粛々と終わらせてみせましょう」
「エルメール卿はどうだね?」
「不安ですねぇ……」
「何だと……何が不安だと言うのだ!」
俺の言葉を聞いて、ヘーゲルフ師団長は気色ばんだ。
「不安ですよ……俺の出番が残っているか。なんだか、物見遊山で終わっちゃいそうな気がします」
「ふはははは……いやいや、エルメール卿には手を貸していただくぞ。空からの偵察など、我々には真似が出来ぬからな」
「それにしたって、空を飛んで眺めてくるだけで終わりそうですからね」
「まぁ、地上の制圧は我々に任せていただこう」
「なるべく、無駄な血を流さずに、さっさと片付けてしまいましょう」
「うむ、その通りだな」
バルドゥーイン殿下に視線を戻すと、満足そうに頷いてみせた。
「明日の夜明けと共に、ホフデン男爵領に向けて出立する。各自準備を進めてくれ」
「はっ! かしこまりました」
ヘーゲルフ師団長と共に、騎士の敬礼を捧げる。
俺の敬礼は今ひとつ決まっていない感じがするのだが、やっぱり猫背なのがいけないのだろうか。





