終業後の呼び出し(前編)
作業員のアーティファクト横領未遂事件の後は、何事も無い日々が続いている。
発掘品の運び出し作業と同時に、ショッピングモール内部の床を兄貴とガドが整備して、台車をスムーズに使えるようにしたので作業効率も上がっている。
今日も朝からトラブルも無く作業が進み、定時には全ての作業を終了した。
「お魚、うみゃうみゃ、にゃんにゃにゃん! お刺身、塩焼き、にゃんにゃにゃん!」
「駄目よ、ニャンゴ。今日はスペアリブの予定でしょ」
「うっ、そうでした……」
一日の仕事を終えて今夜の夕食に思いをはせていると、レイラからストップを掛けられてしまった。
俺としては美味しいお魚を食べたいのだが、レイラはお肉とエールの組み合わせの方が好きなのだ。
「ニャンゴ、スペアリブは嫌いなの?」
「ううん、嫌いじゃないよ。嫌いじゃないけどね……」
「なぁに? 何か言いたそうじゃない?」
「ううん、別に……」
今夜、行く予定になっている店は、オークのスペアリブが名物だ。
日本の味噌に似たラーシをベースにして、様々なスパイスを加えたタレに漬け込んだ後、じっくりと炙ったオークのスペアリブは絶品だ。
表面はカリっと焼き上がり、ガブリとかぶりつくと、ジュワっと濃厚な肉汁が溢れ出してくる。
オークの脂の旨味とラーシベースのタレの旨味が合わさって、白米がいくらでも食べられてしまう。
そんなに美味いスペアリブが食べられるならば、何も躊躇する理由は無いと思うかもしれないが、俺が二の足を踏む理由はレイラにある。
レイラは黙っていれば貴族の令嬢だと言っても通りそうな美貌の持ち主だが、スペアリブを食べる時にはちょっと様子が違ってしまうのだ。
注文したスペアリブが運ばれてくると、レイラはエールで喉を潤した後、おもむろに骨の部分を抓んで口へと運ぶ。
そして、豪快にガブリと齧りつくのだ……骨ごと。
レイラのほっそりとした顎の何処にそんなパワーが秘められているのか分からないが、ギュムっと肉を噛み切った歯は骨まで嚙み切ってしまうのだ。
ボリっ、ゴリっと音を立てて、骨ごとスペアリブを咀嚼したレイラは、ぐいっとエールを喉へと流し込み、晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。
見た目は凄く綺麗なんだけど、ぶっちゃけちょっと怖い……。
あの鋭い犬歯と強靭な顎に捉えられてしまったら、俺なんて簡単に嚙み切られてしまうだろう。
レイラとスペアリブを食べに行くたびに、なんだか股間がヒュってなるのだ。
レイラもスペアリブも悪くないし、現実には起こらないだろうけど、ヒュってなるのだ……。
「あの店のスペアリブも久々ね。あそこはエールも美味しいから楽しみだわ」
「う、うん……そうだね」
上機嫌に尻尾を揺らしているレイラを見ていると、怖いから行きたくありませんとは言えないよなぁ。
俺も開き直ってスペアリブをうみゃうみゃするしかないと思っていると、地下道を通り抜けた馬車が地上に出たところで、大公家の騎士が駆け寄ってきた。
「お仕事終わりに申し訳ございません。エルメール卿、当主アンブロージョが面談を希望しておりますが、お時間はございますでしょうか?」
騎士はへりくだった言い方をしているが、大公殿下と名誉子爵では地位に違いがありすぎる。
実質的に呼び出しなのだが、こうして配慮してくれるだけ有り難いと思うべきなのだろう。
「構いませんが、どういったご用件でしょうか?」
「詳しい内容までは聞いておりませんが、ホフデン男爵領で騒動が起こったようです」
ホフデン男爵といえば、地竜騒動の起きたノイラート辺境伯爵領からの帰り道で、馬車が反貴族派と思われる連中が襲われているのを助けたのに嫌味を言われた太った犬人のオッサンだ。
近頃は、発掘品の搬出作業も順調に進んでいて、すっかり頭から抜け落ちていた嫌な思い出が蘇ってきた。
「騒動ということは、反貴族派絡みなんですかね?」
「そこまでは聞いておりませんので、詳細は会ってからお尋ねください」
「分かりました、では一度拠点に戻って……」
「いいえ、そのままで結構です。ご夕食も用意しております」
「分かりました、このまま伺わせてもらいます」
ダンジョンでの作業を円滑に進めていく上でも、大公家の協力は不可欠だ。
正直、あまり関わりたくない話なのだが、行くしかないだろう。
「はぁ、大公様からのお呼び出しだよ……」
「あら、残念ね。仕方ないから、私がニャンゴの代わりにガブって食べてくるわ」
「ふみゃぁ! 俺はスペアリブじゃないよ」
レイラに耳を甘噛みされて、背中がゾゾっとしてしまった。
チャリオットのみんなと別れ、エアウォークで大公家の門の前まで一直線に宙を駆けた。
大公家の門番も慣れたもので、俺が空から降り立つと驚く素振りも見せずに門を開けてくれた。
俺自身が発掘品の搬出を行っている訳ではないが、一応来るまでの間に体はエアブローして埃は払っておいた。
夕食の支度をしてあると聞いたので、大きな食堂へ案内されるのかと思いきや、向かった先は屋敷の奥まった場所にある、四人掛けのソファーが置かれた小さな部屋だった。
「こちらでお待ち下さい」
なるほど、ここは控えの間みたいな場所で、食堂には改めて案内されるだろう。
それにしても、大公家とは思えないほど殺風景な部屋で、調度品と呼べるような品物は何一つ置かれていない。
それどころか、出入口のドアがあるだけで、窓一つ無いのだ。
「あれっ? 最近、同じような部屋に行ったような……」
記憶を手繰っていると、脳裏に白虎人の王族の顔が浮かんだ。
そういえば、バルドゥーイン殿下に連れて行かれた騎士団の食堂の一室が、丁度こんな感じの部屋だった。
待つこと暫し、現れたのは食堂に案内する使用人ではなく、大公家の当主アンブロージョ様だった。
「仕事終わりにすまないな、エルメール卿」
「いいえ、連日何事も無く作業が進んでいるので、俺達は見ているだけですから」
「それは何よりだ」
「そういえば、例の作業員は、どうなりましたか?」
「あぁ、あちらは詰めの捜査を進めているところだ。エーデンといったか、エルメール卿たちが捕らえた作業員は観念して話をしたから、命を取るような事にはならんだろう」
「そうですか、本人にとっては厳しい結果かもしれませんが、まぁ良かったです」
「そうだな、我々としても大手の商会を潰してしまうような事態は避けたいから、本人のみの責任として罰金を多めに、刑期は短めにしてやるつもりだ」
「それはそれは、商会としても痛手でしょうが、潰されるよりはマシですね」
大公家にしてみれば、盗まれた品物は何も無いし、エーデンを見せしめとして利用できる。
歓楽街の娼館にも捜査のメスを入れられたし、エーデンの実家からは高額の罰金も徴収できて、災難どころか笑いが止まらない状況だろう。
「それで、ホフデン男爵領で騒動が起きたと聞きましたが……」
「あぁ、その話は食事をしながら、ゆっくりとしよう……」
「急ぎではないのですか?」
「急ぎといえば急ぎだが、我々だけで対処できる話ではないからな」
シュレンドル王国の筆頭貴族であるスタンドフェルド大公家であっても、他家の騒動に勝手に首を突っ込む訳にはいかない。
他家の干渉は内戦の引き金にもなりかねないので、軽々しく出来る話ではないのだ。
前菜と食前酒が運ばれてきたが、込み入った話になりそうなので、酒には口を付けるだけで止めておいた。
「うみゃ! カルパッチョ、うんみゃ!」
真面目に食事をしようと思っていたのだが、白身魚の美味さに思わず声を上げてしまった。
「そうであろう、それは今朝上がったものだそうだ」
「身がプリプリで、ビネガーのドレッシングに加えられたシソの実がアクセントとなって、噛みしめると旨味が混然となって、口一杯に広がって……うんみゃ!」
「ふははは……そうだな、まずは食事を楽しむことにしよう」
食事の後は怖いけど、今はこのカルパッチョを堪能することに全神経を集中させよう。
やっぱり、お魚うみゃ!
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