騎士団の報告
大公家の騎士団に引き渡したエーデンの取り調べは、フキヤグモの毒が抜けた翌日から行われたそうだ。
取り調べが始まった当初、エーデンは何かに怯えているようで、なかなか話そうとしなかったそうだが、黙っているなら家族にも累が及ぶと言われて観念したらしい。
途中経過を知らせに来てくれた騎士の話によれば、エーデンは歓楽街にある娼館の主に脅されて、アーティファクトを持ち出すように命じられていたそうだ。
「それでは、アーティファクトが見つかった店に向かったのは、その娼館主の指示だったんですか?」
「はい、発掘現場の見取り図を見せられて、場所と持ち出す物を指示されたそうです」
「ということは、その娼館主は、アーティファクトが見つかった場所を誰かから聞き出したんでしょうか?」
「そのように思われますが、まだ娼館の捜査は行われていないので、ハッキリしたことは分かりません」
「アーティファクトが見つかった場所の情報は知っていたけど、既に全ての物が搬出された後だという情報は知らなかったんでしょうね」
「その辺りの情報までは掴めていなかったのでしょう」
おそらく、色々な所から情報を搔き集めて、ツギハギしてまとめた情報を基にしてエーデンに指示を出していたのだろう。
「エーデンは何で脅されていたんですか?」
「真面目に勉強一筋だった人間が、一夜の夢見心地で女に狂う……よくあるパターンですよ」
騎士の話によれば、エーデンは旧王都でも指折りの商会の商会主の息子だそうだ。
「たぶん、娼館には身元がバレていたのでしょう。借金漬けにした後で、親からたんまりせしめるつもりだったのでしょうが、途中で気が変わってアーティファクトの持ち出しを命じたのでしょう」
アーティファクトの価値については、一般市民にも広まっている。
搬出先の学院の警備は、これまでとは比べ物にならないほど厳重になっていて、特にアーティファクトを扱う場所へ出入りするには、身体検査を受ける必要があるそうだ。
学院への侵入が無理ならば、学院に入る前に抜き取ってしまえば良いと考えたのだろう。
「勿論、娼館に対しても捜査は行われるんですよね?」
「はい、既に強制捜査が進められている頃でしょう」
娼館への捜査は、他への影響も考慮して、泊まりの客が帰った後の時間を狙って着手されるらしい。
大公家の騎士団によって、百人体制の大掛かりな摘発が行われるそうだ。
摘発時に娼館に滞在している者は、全員騎士団へと移送され、その上で娼館の隅から隅まで家宅捜索を行うらしい。
「娼館自体は違法ではありませんが、出入りしているところへ踏み込まれ、家族などに知られると困る人物がいたりしますからね」
娼館に居合わせた人間は、例外なく騎士団へと連行されて取り調べを受けることになるそうで、大商会の主とか結婚を間近に控えた男性とかが巻き込まれると色々と面倒らしい。
俺から言わせてもらえば、自業自得だとは思うが、そこは騎士の情けというやつなのだろう。
「娼館の裏に反貴族派とかが潜んでいたら知らせて下さい」
「かしこまりました。ですが、娼館主のロブロスは、大きな組織に属している男ではないので、おそらく今回の件はロブロス止まりでしょう」
反貴族派を摘発した時のように、芋蔓式で他の組織などの繋がりが明らかになると面倒が増えてしまうが、今回はその心配は少ないようだ。
「エーデンは、どのぐらいの罪に問われるんでしょうか?」
「そうですね、ダンジョン発掘品横領未遂ですので、五年程度の強制労働でしょうか……詳しくは裁判を経て決まりますが」
俺が実動するアーティファクトを発見してから、大公家は新たな法律の整備を進めてきた。
ダンジョン発掘品に関わる法律で、発掘品を発見者以外の者が許可なくダンジョンや学院などから持ち出すことを禁じている。
持ち出した品物によって罪の重さも変わるそうで、実動するアーティファクトの場合は最悪死罪となる。
エーデンの場合、娼館主ロブロスの指示でアーティファクトの持ち出しを目論んだが、実際にはアーティファクトに触れることすら出来ておらず、情状酌量の余地は残されているようだ。
一方、指示をしたロブロスについては、明確にアーティファクトの奪取を目論んでおり、しかも自分の手を汚さずに手に入れようとした所が悪質と思われているらしい。
ロブロスの処分も裁判を経てから決定されるそうだが、エーデンよりも重くなるのは避けられないようだ。
「今回は、法律が施行されてから最初のケースなので、見せしめの意味もあって厳しい処分がくだされると思います」
「まさか、死罪とか?」
「いいえ、死罪にはならないと思います。むしろロブロスを生かしておくことで、発掘品に手を出すことのリスクがどれほど大きいか、世の中に広めさせようとするんじゃないですかね」
「なるほど……」
つまりは、命を助ける代わりに、多額の罰金を科すとか、娼館を調べ尽くして徹底的に余罪を追及するとか、隠し財産や脱税なども摘発されてしまうのだろう。
「歓楽街の娼館主は、それなりに力も財産も持っているものなんですよ。アーティファクトなんかに目が眩まなければ、何不自由なく暮らしていけると思うんですけどねぇ……」
「あれっ……だとしたら、まだ背後関係があるんじゃないですか?」
先程、ロブロスは大きな組織に属している男ではないので、背後関係は考えにくいという話を聞いたが、だとしたら財力もあり、裏社会でそれなりの力もある男が、何でアーティファクトに手を出したのだろう。
「そうですね。確かに少し違和感がありますね。いずれにしても、取り調べはこれからなので、その辺りも厳しく追及するように伝えておきます」
「処分とかが決まりましたら、知らせてください」
「かしこまりました」
大公家の騎士団としては、犯罪を未然に防げたし、良い見せしめを手に出来たと思っているのではないだろうか。
報告を終えた騎士は、満足そうな顔で帰っていった。
逆に、俺の横で話を聞いていたレイラは、ちょっと不満そうな顔をしている。
「発掘品を盗んで来いって脅され、行ってみたら肝心の物は無く、それどころかフキヤグモの毒を食らって危うく養分にされかけた……間抜けすぎる坊っちゃんに対して、罪が重すぎじゃない?」
「まぁ、みせしめだからね」
「見せしめにするんだったら、広場に人を集めて、公開の尻叩きにでもすれば良くない?」
「にゃははは、そっちの方が恥ずかしくない?」
「でも、恥ずかしさと数日尻の痛みを我慢すれば良いんだから、その程度で良いと思うけど」
「まぁ、五年の強制労働といっても、色んな働き方があるだろうし、思っているほど厳しくないのかもよ」
「なるほど……でも、五年も自由を奪われるのは御免ね」
自由奔放という言葉が服を着て歩いているようなレイラだから、五年間も拘束されるなんて耐えられないのだろう。
「ニャンゴだって、五年も拘束されるのは嫌でしょ?」
「勿論だよ。牢獄じゃ美味しい物も食べられないだろうしね」
「ふふっ、食いしん坊のニャンゴには無理ね」
「うん、瘦せ細ってノイローゼになっちゃうだろうね」
「それじゃあ、今日も仕事が終わったら、美味しい物をうみゃうみゃしに行きましょう」
「うん、兄貴が工事現場の人に教えてもらった、お肉も魚も美味しい店があるんだって」
「美味しいお酒は?」
「それは……行ってみてのお楽しみじゃない?」
大公家の騎士やレイラと話しながらも、搬出作業の範囲の外に出る者が居ないか、探知ビットでの監視作業は続けている。
騒動が起こったばかりだし、本日も何事も無く終われそうだ。