引き渡し
不審な行動をした作業員エーデンを捕縛して戻ると、学院の関係者を中心として騒然とした雰囲気になった。
「エルメール卿、彼は一体どこで何を……」
「まぁ、待って下さい、ちゃんと説明しますから」
勢い込んで駆け寄ってきたモルガーナ教授をなだめて、他の作業員たちにも一旦手を止めてもらって事の経緯を説明した。
「彼は、数日前から挙動不審で、ずっとチャリオットの内部で情報を共有して注意していました」
エーデンを監視していたと聞かされて、また他の作業員たちがどよめいた。
もしかすると、自分も監視対象になっているのではと、不安を感じている者もいるようだ。
「今日も監視を続けていたら、先程、作業現場から抜け出して、北側の通路を使って建物の一番西まで移動。俺がアーティファクトを発見した店舗に入って行き、そこでフキヤグモに襲われた所を確保しました」
「しかし、エルメール卿、あの場所は既に記録を取った後に、店にあった品物は搬出済みですよね?」
「おっしゃる通りです。彼が何の目的で、あの場所に向かったのか分かりませんが、どこで何が発見されたといった情報が外部に漏洩しているのは確かでしょう」
僕らの周囲に集まっている人達の視線が、改めてエーデンという作業員に向けられた。
エーデンはガドに担がれたまま顔を伏せて沈黙している。
「いずれにしても、彼は騎士団の預かりとなって厳しい取り調べを受けることになります。私としては、彼自身のためにも素直に話してほしいと思っています」
騎士団の取り調べは、非協力的な態度をとるほどに厳しくなる。
エーデンが、どうやって情報を手に入れたのか、なぜ危ない橋を渡らなければならなかったのか、誰かの指図なのか、そうした内容については素直に供述してもらいたい。
さもないと、取り調べというよりも、拷問と呼んだ方が良い目に遭わされてしまうだろう。
とても、普通の学院生が耐えられるものではないし、下手をすれば重篤な後遺症を負うことになりかねない。
今回エーデンがやらかした内容は、言ってみれば窃盗未遂だから、軽微な罰則で済む可能性もある。
ただし、場所が場所だけに騎士団も神経を尖らせているので、どのような処罰となるかはエーデンの態度次第だろう。
事情を話し終え、集まっていた人達が作業に戻ったところで、ライオスが声を掛けてきた。
「ニャンゴ、念のため騎士団まで護送してくれ」
「いいけど、そこまでする必要あるかな?」
地上と新区画を結ぶ地下道には、大公家の騎士団から多くの人員が派遣されている。
そこに俺が加わるのは、騎士団を軽視しているように思われないだろうか。
「まぁ、わざわざ奪還に来るとは思えないが、捕らえた時の状況を説明できる人間が居た方が良いだろう」
「そうか、じゃあ数日前から泳がせていた件も伝える?」
「一応伝えておいてくれ」
「了解、じゃあ行ってくるよ」
発掘現場の搬出口まではガドが担いで運び、エーデンを騎士団へ引き渡した。
「まだ発掘を再開して数日だというのに、こんな不心得者が出るとは……学院はどんな人選をしているんだ」
ガドからエーデンを受け取った熊人の騎士は、顔をしかめて学院に対する不満を口にした。
侵入者に対して神経を尖らせている騎士団にしてみれば、内部から違反者を出されるのは許しがたいのだろう。
「まぁまぁ、今回は何も取られていないですし、良い教訓になったと思いましょう」
「そうですね、エルメール卿がそう仰るなら……」
学院に対して腹を立てたくなる気持ちも分からなくはないが、この発掘作業では、騎士団、ギルド、学院の三者による協力が不可欠だ。
この程度のことで、仲たがいなんてしていられない。
「学院が身元調査までして選抜した学生が、こうした不正を働くには相当な理由があるんじゃないですか?」
「そう言われれば、確かにそうですね。不正を働けば、学院も退学処分になるでしょうし、親御さんの地位や仕事に悪影響が出るのは間違いないでしょう」
「それだけの危険を冒すには、背後で糸を引いている者がいそうですし、その辺りを探るのは騎士団の力を借りるしかありませんので、よろしくお願いします」
「はっ、きっちりと背後関係まで調べ上げてみせます」
学院を庇いつつ、騎士団をよいしょして……名誉子爵も楽じゃないよね。
エーデンは馬車に乗せられて騎士団の施設に送られることになったのだが、犯罪者を護送するための馬車は用意されていなかった。
騎士たちは馬を使って巡回していて、作業員たちは専用の馬車で地上と往復をしている。
今回は、その作業員を送迎するための馬車を使ったのだが、二頭立ての大きな馬車で幌も付いていないので、外からは丸見えだ。
移動ステージで晒し者になっているようで、巡回の騎士と出会う度に事情を説明する羽目になってしまった。
殆どの騎士は怪我人か病人だと思ったらしく、盗掘を試みたらしいと話すと、一様に驚いていた。
馬車は、そのまま地上の騎士団の施設へと向かった。
地下道の建設当時、工事関係者が使った建物が、現在は騎士団の施設として使われている。
有事の際に、いち早く現場に出られるように、近場に人員を留めておくためだ。
エーデンは、この施設へと連行された。
すぐに取り調べといきたいところだが、フキヤグモの毒を食らっているので、エーデンは呂律が回っていない。
エーデンは、まだ一度も使われていなかった留置場へ放り込まれ、回復状態を見計らって取り調べを受けることになった。
俺は騎士団の担当者に、エーデンをマークしはじめた理由から、今日の出来事を語って聞かせた。
「さすがはエルメール卿が所属されているパーティー、凄腕揃いですね」
「ありがとうございます。それぞれが得意分野で力を発揮しているので、今回は主に索敵を担当する者たちの手柄です」
「エルメール卿が気付かれたのではないのですか?」
「はい、私よりも目ざとい者がおりますので」
大公家の騎士の間では、俺の腕前が過剰評価されているようで、それよりも上だと聞かされた担当者は感心しきりといった様子だ。
ちなみに、セルージョの名前は伝えていない。
今後も第二、第三のエーデンが現れないとも限らないので、誰が察知したのかは伏せておいた方が良いと思ったのだ。
俺が警戒されるのは仕方ないとして、普段はやる気の欠片も感じさせないセルージョなどは、名前が知られていない方が油断を誘えるだろう。
てか、セルージョが目ざといと分かっている俺でも、いつの間にエーデンに目を付けたのかと驚いたほどだ。
セルージョから言われなければ、エーデンの不審さには気付いていなかった。
セルージョから言われてみて、改めて観察してみると明らかに不審なのだが、それでも言われないと気付かないレベルの違いでしかない。
ただし、セルージョが気付いていなかったとしても、シューレかレイラあたりが気付いていただろうし、発掘範囲の外には、魔物の接近を防ぐための探知ビットを設置してあった。
いずれにしても、エーデンが気付かれずに抜け出すことは出来なかったし、仮に気付かれていなかったらフキヤグモの養分になっていたかもしれない。
今頃、エーデンはツイていないと思っているかもしれないが、命を落とさずに済んだのだから、間違いなく彼はツイていたと思う。





