作業員(後編)
「危ねぇな、馬鹿野郎!」
「うるせぇ、手前こそ前見て歩きやがれ!」
肩と肩がぶつかって、危うく発掘品を落としそうになった作業員同士が、声を荒げて罵り合う。
周りに居た者達の視線がそちらに向かった瞬間を逃さず、エーデンは北側の通路に向かう廊下へと入り込んだ。
「よし、誰も気付いていない。成功だ」
エーデンは誰も自分の後を付いて来ないのを確認すると、足音を忍ばせて北側の通路へと向かったのだが……その様子を視界の端で捉えていた男がいた。
『動いたぞ、北側に向かう通路に入った』
『俺の方でも探知ビットでバッチリ捉えてるよ、セルージョ』
『ありゃ、記録されていない発掘品でもパクるつもりじゃねぇか?』
『分からないけど、手筈通りに泳がせてみるよ』
作業に身が入らず、監視している俺らの動きばかりを気にしている奴がいる……。
エーデンの不審な動きは、既に数日前にセルージョの網に引っ掛かり、チャリオット内で人相、風体、名前などの情報が共有されていた。
挙動が怪しいが、何かをやらかした訳ではないので、泳がせて様子見をしていたのだ。
チャリオットにしてみれば、こうした作業員が現れるのは想定内の事態だ。
発掘品は、何も大きな物ばかりではなく、それこそ手の平で握り込めるようなサイズの物もある。
それが、本当に先史時代に作られた物だと証明されれば、手の平大の小さな物だって巨万の富に変わる可能性を秘めているのだ。
当然、搬出作業に関わる者達は、厳重に身許を確認された者達だと聞かされてはいるが、はいそうですか……と油断するようでは冒険者失格なのだ。
自ら欲に駆られて道を踏み外してしまう者も居れば、弱みを握られて協力を強制される者も居るかもしれない。
常に最悪の事態を想定し、対策を講じておくのが腕の立つ冒険者なのだ。
チャリオットの中で、そうした挙動不審者を見分けるのに長けているのは、レイラ、シューレ、そしてセルージョの三人だ。
シューレ以外は、一見すると油断していそうに見えるが、他人を監視するのに気張っている必要は無い。
いつも通りの自然体で、自分の感覚に引っ掛かる違和感を見逃さなければ良いのだ。
セルージョの目には、エーデンの働きぶりは違和感に溢れかえっていた。
有名人であるニャンゴや、スタイルの良い美女シューレ、レイラに視線を向けるのは珍しくないが、チャリオットのその他のメンバーに対しても鋭い視線を向けていた。
それは、名誉子爵や高ランクの冒険者に向ける憧れの視線ではなく、値踏みするような視線だった。
だが人間は他人の観察に夢中になると、自分が観察されている事に気付かない場合がある。
エーデンは、まさにこのパターンだった。
チャリオットのメンバーを見極めるために、自分がどんな目付きや動きをしているのか、他の作業員と違っているように振舞う意識が希薄になっていたのだ。
エーデンの情報を共有したチャリオットのメンバーは、実際にエーデンが行動するまでは泳がせて、何が目的なのか現行犯で捕らえる作戦を立てた。
作業が始まる前に、ニャンゴがエーデンに探知ビットを張り付けて、いつでもどこでも居場所を確認できるように準備を整えて、行動を起こすのを待っていたのだ。
『明かりを点けたぞ』
エーデンが進んでいった北側の廊下から、オレンジ色の光が洩れたのをセルージョがシッカリと確認していた。
魔道具の明かりで足元を照らしながら、エーデンはおっかなびっくり西の端を目指して歩き始めた。
エーデンの目的は、ニャンゴが先史時代のスマホを発見した、携帯ショップと思われる店なのだが、チャリオットの面々は気付いていない。
『西に向かってるよ、ライオス、どうする?』
『止まって、何か始めるまで待ってくれ』
『了解』
何も取らない、何も隠さない前につかまえてしまっては、興味本位で見てみたかっただけ……などと言い訳されてしまうと、厳しい追及が難しくなってしまう。
あえてエーデンを泳がせているのは、決定的な状況を押さえるためだ。
『なんか、止まらずに西の端まで行きそうな勢いだよ』
『まさか、隣の建物が目的なのか?』
『セルージョの言う通りかもしれん、ニャンゴ、隣の建物へ向かう通路を閉鎖できるか?』
『任せて、ライオス。もう封鎖したよ』
現在、搬出作業が行われているのは、先史時代のショッピングモールと思われる建物で、その北西側に隣接するビルは魔道具の量販店と思われ、アーティファクトで溢れ返っていた。
エーデンの狙いがアーティファクトだとすれば、こちらの建物よりも多くの魔道具で溢れ返っている隣の建物を狙う方が正しい。
決定的な状況を押さえる事も必要ではあるが、無断で入り込まれて搬出前のアーティファクトを壊されたら元も子もない。
ニャンゴは、空属性魔法のシールドを展開して、隣の建物へと向かう通路を封鎖した。
『あれっ、南側に戻ってくるよ』
『ニャンゴ、あの辺りにお宝は残っているのか?』
『ううん、無いと思うよ。あっちは、最初に搬出を始めたところだからね』
ダンジョンの新区画のショッピングモールで発掘が始められたのは、新しい地下道に繋がる南東側ではなく、反対側の南西だ。
つまり、エーデンが向かっている先は、最初に運び出しが行われて、ろくな品物が残っていない場所なのだ。
『ライオス、もしかすると、アーティファクトを見つけた店が目的かも』
探知ビットで探っていたニャンゴは、エーデンの動きから目的を推測した。
『なるほど、一番高いお宝狙いってことか。店の中はどうなってる?』
『壊れて物を含めて、アーティファクトや周辺機器は全て運び出してあるよ』
『じゃあ、こいつは無駄足を踏んでいるってことだな』
『無駄足だけど、迷う素振りも見せずに進んで来たから、何らかの情報を持っていたのは間違いないんじゃない?』
『よし、ニャンゴ。そいつが店に入ったら、店の出入り口を封鎖してくれ』
『了解』
エーデンの目論見が判明したところで、ライオス、ガド、ニャンゴの三人が捕縛に向かう。
残りのメンバーは搬出の監視と護衛を続けているが、ライオス達の状況はニャンゴの通信機経由で把握している。
巨漢のライオスとガドが足早に通路を歩いていくが、殆ど足音がしない。
二人がシューレ並みの歩法をマスターしているのではなく、床にニャンゴが空属性魔法でクッション性の高いシートを敷いているからだ。
先行していたライオスとガドに、宙を走ってきたニャンゴが追い付いた。
「ライオス、店に入ったみたい」
「入り口を封鎖してくれ」
「封鎖したよ」
「よし、行くぞ!」
ニャンゴが床に敷いたシートを解除し、明かりの魔法陣を設置して携帯ショップまでの通路を照らすと、情けない悲鳴が聞こえてきた。
「うわぁぁぁ……刺された、毒が……毒が回って死んじゃう!」
悲鳴の主はエーデンで、携帯ショップに入った途端、天井近くに潜んでいたフキヤグモに毒の付いた牙を浴びせられたのだ。
「なんじゃ、本当のど素人のようじゃな」
「何かの理由で脅されて、やらされたんだろう」
「急ごう、ライオス」
慌てなくても大丈夫だぞ、ニャンゴ」
「でも、毒が回ったら……」
「それも大丈夫だ。体の小さい種族でなければ、フキヤグモの毒は痺れるだけで、命に別状は無い。制圧する手間が省けて、丁度良かったんじゃないか」
ライオスの言葉に苦笑いを浮かべながら、ニャンゴは元携帯ショップの入り口を封鎖していたシールドを解除して内部へと足を踏み入れた。
「にゃにゃっ! 雷!」
床に倒れた男の上には、数匹のフキヤグモが群がっていた。
ニャンゴは雷の魔法陣をぶつけてフキヤグモを無力化すると、空属性魔法で作った棒で男の上から撥ね飛ばした。
「戻って、たっぷり事情を聞かせてもらうぞ」
「ワシが担いで行こう」
アーティファクトを手に入れるどころか、フキヤグモの毒で身動きも出来なくなり、エーデンはあっさりと捕らえられた。
この後は、大公家の騎士団に引き渡されて、厳しい尋問を受けることになる。
ガドの肩の上に担ぎ上げられ、搬出口へと運ばれながら、エーデンはサメザメと涙を流した。