作業員(中編)
※今回は作業員エーデン目線の話になります。
ニャンゴ・エルメール名誉子爵の冒険者パーティー・チャリオットには、合計八人の冒険者が所属している。
発掘現場では、その八人が二人ずつ四組に分かれて作業を見守っている。
発掘作業中に、無断で発掘品を持ち出す人間が居ないか見守る意味もあるが、作業員が魔物に襲われないように護衛する意味合いの方が強い。
作業中はあれこれ聞いて回ることは出来ないが、休憩中にはチャリオットのメンバーに関する噂話を聞くことが出来る。
作業員として発掘に参加している者の多くは考古学や王国史を専攻している者だが、やはりニャンゴ・エルメール卿の仲間には興味があるのだ。
噂話を繋ぎ合わせていくと、ある程度メンバーの性格が見えてくる。
まずは、何と言ってもニャンゴ・エルメール名誉子爵だが、『不落の魔砲使い』の二つ名を持つA級冒険者で、攻撃、防御、索敵のどれを取っても一級品らしい。
つまり、エルメール卿が居る所では下手な動きは出来ないという訳だ。
次に、大柄な蜥蜴人の男はライオスといい、エルメール卿ではなくこの男がパーティーのリーダーを務めているそうだ。
蜥蜴人は表情が乏しく、感情の動きが読みにくいが、リーダーというだけあって雰囲気のある男で注意が必要だ。
ライオスよりも横幅では上回っているサイ人の男は、ガドという土属性魔法の使い手らしい。
発掘現場では荒れた床面を整えて、我々作業員が台車を使いやすいように気を配ってくれる。
ゴツい見た目に反して気配りが出来るという事は、それだけ周囲を細かく観察しているということで、やはり注意が必要だろう。
ガドとは反対にヒョロリと背の高い馬人の男は、セルージョという弓使いの男らしい。
チャリオットに所属する八人の中では、最もやる気が感じられず、この男が監視している現場なら抜け出せそうだ。
レイラという獅子人の女性は、容貌、スタイルとも一級品の美女で、エルメール卿の愛人だと噂されている。
レイラもセルージョと同様に、普段はやる気を見せないのだが、時折鋭い視線を向けて来るので油断がならない。
シューレという黒ヒョウ人の女性は口数が少なく、常に油断なく周囲を探っている印象だ。
瓦礫の散らばる発掘現場なのに、足音一つ立てずに現れるので、悲鳴を上げそうになったことがあった。
白猫人の女性はミリアムといい、殆どの場合シューレと行動を共にしている。
一説によるとシューレのペット的な存在らしいが、単なるペットではなく探索能力があるようで、何度も魔物の接近を知らせる警告を発していた。
白黒ブチの猫人の男性はフォークスといい、エルメール卿の実兄だそうだ。
実の兄弟といっても、エルメール卿のような戦闘力は無いらしい。
ただ、土属性魔法を巧みに使い、地下道の建設現場では大いに腕を振るっていたらしい。
以上がチャリオットのメンバーで、現場を抜け出すならば、セルージョとフォークスが組んで見張りをしているタイミングだと思うのだが、なかなかこの二人はコンビにならない。
いくらセルージョがやる気の無い人間だとしても、相方がエルメール卿では抜け出すなど不可能だろう。
シューレやライオスがコンビでも難しいだろう。
出来ればフォークス、無理ならばミリアムとコンビを組まないかと眺めているのだが、なかなか思うようにいかない。
発掘作業が再開した直後、エルメール卿が不在の状況が続いたのだが、その時にはまだチャリオットのメンバーの情報が無かったので動けなかった。
今になって思い返してみると、その頃にはセルージョとフォークスが組んでいたことがあり、あの時ならば気付かれずに抜け出せたはずだ。
絶好のタイミングを逃していたと思うと気持ちが焦ってきてしまうが、娼館主のロブロスからは、少々時間が掛かっても失敗するなと釘を刺されている。
成功すれば王都に屋敷が建つほどの金が手に入るのだから、焦る必要も無いし、失敗する訳にはいかない。
今でも監視体制は厳しいのに、もし失敗すれば更に監視は強化されるだろう。
というか、失敗した時点で僕の人生は終わりだ。
父が娼館の借金の件を知れば、間違いなく勘当されてしまうだろう。
それに、発掘品の横領を画策した罪で牢に繋がれ、学院からも除籍されてしまう。
つまり、僕はアーティファクトの入手に成功するしかないのだ。
ロブロスからは、いくつかの情報を与えられている。
その一つは、発掘場所の見取り図だ。
今、搬出作業が行われているのは巨大な建物で、東西方向に広い二本の通路があり、その通路同士を結ぶ南北の細い通路が何本か走っている。
アーティファクトが発見された場所は、再開された入り口とは真逆の位置にあり、搬出作業が行われている南側の通路ではなく、北側の通路から回り込み、西側の端まで行く必要がある。
ただ、搬出作業が行われている場所は明るいが、北側の通路は真っ暗なはずだ。
一応、明かりの魔道具を持参しているが、不用意に灯せば作業から抜け出しているのがバレてしまうだろう。
作業は南東の角から始めて、南側の通路に沿って西に向かって進められている。
通路の半分まで到達したら、今度は北側の通路に沿って、東から西へと搬出作業が行われる。
北側の通路で作業が始まると、回り込んでアーティファクトの発見された店まで行けなくなってしまう。
ロブロスからは少々時間が掛かっても良いとは言われているが、着実に時間切れが迫ってきている。
誰がコンビを決めているのか分からないが、猫人同士でコンビを組むことも無いし、やる気の無さそうな者同士が組むことも無い。
一見すると油断していそうな気もするのだが、ちょっとした物音にも鋭い反応を示すし、出し抜くなんて無理ではないかと思えてきてしまう。
そして、ここに来て、魔物やネズミが頻繁に現れるようになった。
ネズミといっても、手の平に乗るようなサイズではなく、中には抱え上げられるか不安になるような大きさの物までいるのだ。
ネズミの群れが現れた時には、作業員は全員作業を中断して、搬出口まで戻らなければならない。
一撃で噛み殺されるような心配は無いが、噛みつかれると悪い病気を移される場合があるのだ。
今日もまた、ネズミの群れが現れて、僕らは必死に搬出口まで戻ったのに、エルメール卿がまとめて罠にかけ、殆ど一人で処分してしまったらしい。
その数、ざっと数えて五十匹以上。
あの小さな体で、どんな魔法の使い方をしたら、あれほどの成果を上げられるのだろう。
エルメール卿が倒したネズミの数には、搬出口に戻って来た作業員全員が度肝を抜かれた。
それと同時に、自分が捕まったら、あのネズミみたいに水攻めにされて殺されてしまうのかと……などと考えてしまった。
「すげぇな、やはり不落の二つ名は伊達じゃないな」
「あんな短時間で、この数を倒しちまうのかよ」
チャリオットの他のメンバーもネズミを追い払ってくれるが、これほどの数を捕らえられるのはエルメール卿だけだろう。
頼もしいと感じると同時に、自分が抜け出すにはこれほど強固な障害は無いだろう。
やっぱり、アーティファクトを横領するなんて無理なのではないか……そう思い始めていたのだが、ついにセルージョとフォークスがコンビを組んで監視を始めた。
このチャンスを逃せば、北側通路に搬出場所が移動してしまいそうだし、事実上のラストチャンスだろう。
僕は搬出作業を続けながら、セルージョとフォークスの様子を窺い続けた。





