再開した発掘現場
王族のお守りやら自分のやらかしやらで、すっかり出遅れてしまった感はあるものの、ようやく発掘の現場に戻れた。
これまでダンジョンといえば、一度潜ってしまうと昼夜の区別がつかなくなる場所というイメージがあったが、新しい地下道が出来上がったことで印象が一新されている。
地上から新区画の発掘現場まで三百メートルほどの深さがあるが、整備された地下道を馬車を使って降りれば十数分で降りて来られるようになった。
そのため、作業が行われるのは昼の間だけとなり、夕方には作業を終え、地下道も閉鎖されるようになっている。
地下道への出入り口では、厳重な身元確認が行われていて、不審な人物は立ち入れないようになっている。
これは、盗掘の防止と地下道に対する破壊工作を防ぐという二つの目的で行われている。
旧王都における反貴族派の活動は、ここ最近は殆ど発生していない。
ダンジョンの大規模崩落を招いたのは、反貴族派による粉砕の魔道具の使用が原因という理由付けの下で、市民に対する身元確認を厳格化したおかげで、潜伏自体が難しくなったからだ。
旧王都と新王都の丁度中間ぐらいの場所にあった廃村を利用した新たな反貴族派のアジトも、オラシオの同期であるウラードの活躍によって摘発された。
新王都に潜伏していた者達も、『巣立ちの儀』の警戒取り締まりによって摘発され、反貴族派の勢力は大きく衰退していると思われる。
ただし、反貴族派が生まれた状況が完全に改善された訳ではないので、また新たな反貴族派が生まれてくる可能性は拭えない。
ダンジョン新区画での発掘は、シュレンドル王国としても一大プロジェクトなので、それを支える根幹である地下道の安全確保は最重要課題でもあるのだ。
出入口での身元確認の他にも、大公家の騎士が巡回を行って不審者に目を光らせている。
そして、発掘の現場では、増強された人員によって発掘品の搬出が進められていた。
「見ろ、ニャンゴ。結構なペースで運び出してるだろう」
「うん、こんなに人員が配置されているとは思わなかったよ」
セルージョが指差す先では、ショッピングモールから運び出されてきた品々が、チェックを受けた後で次々と馬車に積み込まれていく。
俺たちチャリオットは、新区画のショッピングモールを発見した権利者として、発掘品の搬出に立ち会っている。
搬出品の目録作りはギルドと学院の担当者が共同で行っているので、俺達は不正が無いか見張っているのだが、あまりやる事が無い。
もし不正があって、王族の覚えも目出度い名誉子爵様が臍を曲げてしまうと発掘が中断なんて事態が起きかねないと、チェックする人間は神経を尖らせているそうだ。
「別に、俺はそんな怖い人じゃないんだけどなぁ……」
「いいじゃねぇか、舐められているよりは全然マシだぞ」
「まぁね……」
今、メインで搬出が行われているのは、陶器やガラス、それに魔導線だ。
埋没してから長い年月が経過しているので、プラスチック製品などは劣化してボロボロになってしまっている。
その一方で、陶器やガラスなどは埃を払えば十分に使用可能な状態だ。
当時は、大量生産の廉価品であったであろうガラス製のグラスも、統一された大きさ、形、透明度などが評価されて、驚くほどの値段が付いている。
ショーウインドに使われている大きなガラスも、今の時代では製作が難しいらしく、こちらにも驚くような値段が付けられている。
更には、建物に敷設されている魔導線も盛んに搬出されている。
魔導線は、前世の日本での電線にあたる存在だ。
日本の家庭用品の多くが電気で動いていたのと同様に、ダンジョンである都市が栄えていた頃に多くの機器を動かしていたのが魔力だ。
その魔力を伝えるために建物内部には、電線と同じように魔導線が張り巡らされている。
現在のシュレンドル王国でも魔導線は作られているのだが、ダンジョンで使われている物は伝導率が段違いで良いらしい。
これはレンボルト先生と上司であるケスリング教授が目を付けて、実験を行い、その結果として取り出し、搬出が行われるようになったそうだ。
ダンジョン由来の魔導線もまた、高価な値段が付けられているらしい。
「見ろよ、ニャンゴ。金貨、銀貨が積み込まれていくように見えるぜ」
「いやいや、確かにとんでもない値段になるみたいだけど、言い方……」
「なに言ってやがる、俺にはジャラジャラと金が降ってくる音が聞こえるぜ」
実際、セルージョが言う通り、搬出が進むほどにチャリオットの口座には驚くような金額が振り込まれるだろう。
たぶん、もう一生遊びほうけていても使いきれないぐらいの金額になっていると思う。
ただ、搬出作業を見守るセルージョのニヤけた顔を見ていると、ちょっと発掘は間違いだったのではと感じてしまった。
早いところ搬出作業を終わらせて、また冒険者生活に戻らないと、セルージョがとんでもないダメ男になってしまいそうだ。
順調に搬出作業が進んでいると思っていたら、突然緊迫した声が響いてきた。
「ネズミだ! ネズミが出やがった!」
「気を付けろ、噛まれるんじゃないぞ!」
「いくぞ、ニャンゴ」
「はいよ!」
ダンジョンの新区画には、レッサードラゴンのような大型の魔物は姿を見せない。
たぶん、最下層の横穴からは隔絶された環境だからだろう。
その代わりと言ってはなんだが、フキヤグモ、ヨロイムカデ、そしてネズミが多く生息している。
たかがネズミと侮ることなかれ、大きいものでは中型犬ぐらいにもなる。
カピバラみたいな愛嬌のある顔なら良いのだが、姿形はドブネズミをそのまま大型化させたようで、死肉などを漁っているから様々な病原菌を持っているようだ。
噛まれた人間は、殆どが高熱にうなされることになり、体力の無い者だと最悪衰弱死してしまうそうだ。
「作業員は搬出口に戻れ!」
「セルージョ、来るよ!」
「やっちまえ、ニャンゴ!」
「オッケー、雷!」
群れになって突っ込んでくるネズミを、表面に雷の魔法陣を張り付けたシールドで迎え撃つ。
「ヂュ!」
「ギッ!」
バチンとか、バリッという音と共に電光が走り、雷の魔法陣に接触したネズミは悲鳴を上げて倒れ込む。
先頭のネズミが次々と倒れても、後続のネズミは足を止めることなく突っ込んでくる。
倒れた仲間を踏みつけて先に進もうとして倒れ、更に後続の仲間の踏み台となるのだ。
「おいおい、こいつら乗り越えて来るんじゃねぇだろな」
「大丈夫、シールドは天井まで届いているから、抜け出してくることは無いよ」
「一昨日、蹴散らした連中よりも執念深いな」
「それだけ食料が無いのかも……って、共食いしてる!」
ショッピングモールの通路の幅一杯を埋め尽くし、突っ込んできたネズミは百匹ぐらいはいたかもしれない。
一部は倒れて動かなくなった仲間を、その場で貪り始めている。
「ニャンゴ、あいつらも倒せ」
「了解、雷!」
別に作った雷の魔法陣をぶつけて、共食いを始めたネズミも倒していく。
群れの動きが止まり、逃げていった数匹を除いてネズミたちが動かなくなったところで、四方からシールドを押し付けて一ヶ所にまとめる。
「念のために注水しておくよ」
「運んでる途中で息を吹き返さないように、念入りにやっておけよ」
「了解」
シールドで囲ったネズミには、水を注いで完全に息の根を止めた。
発掘を再開して以降、ダンジョン内部で倒した魔物とかは、可能な限り外部に搬出するようにしている。
死骸を残しておけば、それを食料として別の魔物などが繁殖するからだ。
逆に食料が無くなれば、繁殖しても大型化できなくなる。
「まぁ、どの程度効果があるのか分からねぇが、後々の安全を考えるなら、やっておいた方が良いんだろうな」
「でも、本屋に巣食っていた虫の数を考えたら、あんまり効果無い気もするけどね」
セルージョと手分けして、周囲にネズミの群れが潜んでいないのを確認して、搬出作業を再開してもらった。
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コミックユニコーン様で再コミカライズ第二話前半が公開されました。
『黒猫の冒険 リブート』
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MiyaMa先生の描く、可愛くて恰好いいニャンゴをご覧ください。