密談(後編)
「ズバリ、バルドゥーイン殿下は三人の中で誰が次の国王にふさわしいとお考えなのですか?」
「分からん……正直に言って決めかねている」
そう言うと、バルドゥーイン殿下はガリガリと頭を掻きむしった。
その姿からして、本当に決めかねているようだ。
「みんな、私はディオニージを支持しているものだと思い込んでいるようだが、クリスティアンもエデュアールも私にとっては弟なのだ」
「ということは、贔屓目無しに比べても決めかねているのですね」
「その通りだ」
なるほど、バルドゥーイン殿下ですら決めかねているからこそ、中立の立場にいるであろう俺の意見を聞いてみたいと思ったのだろう。
「ちなみに、バルドゥーイン殿下から、お三方はどのように見えていらっしゃるのですか?」
「そうだな……これまでの話と重複するが、クリスティアンについては慎重なのは良いのだが、少々消極的すぎるところがある」
バルドゥーイン殿下から見たクリスティアン殿下は、周囲の者の意見に耳を傾ける懐の深さはあるものの、総じて消極的な策を選んでしまうそうだ。
例えば、今回のノイラート辺境伯爵領での地竜被害についても、周囲からは支援に動くべきとか、地竜の穴を率先して調べるべきといった意見があったそうだが、最終的な決断は静観に留まっている。
「ディオニージについては、ニャンゴも指摘した通りに思慮が浅い。周囲の意見も聞くのだが、自分の思い付きに囚われがちで、リスク管理が甘い」
ディオニージ殿下の場合、周囲の意見を一度は万遍なく聞くそうだが、その中の自分の好みにあった意見にしか興味が向かず、反対意見を封殺しがちだそうだ。
実際、俺もノイラート辺境伯爵領行きを思い留まらせるためには、かなりの労力を要した。
俺のように危機感を持って、執拗に反対意見を述べる者がいれば思い留まるのかもしれないが、周囲の者が保身に走った場合、ブレーキ役が居なくなってしまう恐れがある。
今はまだ王子としての個人の行動に留まっているが、もしこのままの性格で国王になってしまったら、それこそ暴走を止める人間が居なくなってしまうだろう。
「エデュアールは、頭は悪くないが、自分の能力を過信しがちだ。それと、他者は利用するものだと考えすぎだ」
エデュアール殿下については、俺も全くの同意見だ。
頭はなかなか切れるが、他者を見下しているのが透けて見える。
「お三方が国王になった場合、どんな国王陛下になると思われますか?」
「そうだな……クリスティアンは無難な王となるであろうが、国から活力が失われてしまいそうな気がするな。ディオニージだと、国が混乱しそうだ。エデュアールが王となったら、国が分断しそうな気がする」
三人の評価については、俺も同意見だ。
というか、ある程度三人と接する機会がある人間ならば、同じ様な感想を持つのではなかろうか。
「国王陛下も同じように考えていらっしゃるのでしょうか?」
「直接聞いても言葉を濁されてしまうが、そう違わないと思うぞ」
「では、どのようにして次の国王を決めるつもりなのでしょう?」
「さて……父上なりに見極めようとしていらっしゃるのだろう」
どうも、こうして話を聞いていると、バルドゥーイン殿下もじれったいと感じているようだ。
「うーん……課題?」
「課題?」
「はい、三人のうちの誰にするか決めかねていらっしゃるのであれば、何か課題を出してみたらいかがでしょう」
「ほう、例えば?」
「例えばですか……王都で起きている問題をどう解決すべきか意見を求めるとか……あるいは実際に解決するように命じてみるとか……」
「なるほど、評価する機会を待つのではなく、積極的に評価するのか。それは面白いかもしれんな」
というか、ここまで後継者問題が表面化しているのであれば、もっと早く評価する課題を与えるべきじゃないかな。
それこそ、ノイラート辺境伯爵領の地竜騒ぎをどうすべきか、意見を聞くなり、行動させるなり、評価する良い機会だった気がする。
「ただ、三人に課題を与えるとなると、当然それぞれの派閥が動くだろう。その影響をどう除外すべきか……」
「そこは、無理に除外しなくても良いのではありませんか?」
「だが、派閥の者が動いたのでは、本人たちの評価にはならんぞ」
「そうかもしれませんが、誰が次の国王陛下になったとしても、派閥の影響は拭えませんよね」
「まぁ、そうだな」
「だったら、派閥の力量込みで評価しても宜しいかと」
「なるほど……いずれにしろ、今のままでは何も決まらないだろうし、ちょっと父上に話してみるか」
我々、下々の者達にとっては、王位継承問題なんて縁の無いものだと感じていたし、巻き込まれたら面倒だと思っていたが、見方を変えればチャンスかもしれない。
俺の意見が、愚かな王が選ばれるのを止める一助となるならば、むしろ積極的に関わった方が良いかもしれない。
「そういえば、例のホフデン男爵は、どなたの派閥なのでしょう?」
「ホフデン男爵か、確かエデュアールの派閥だったような気がしたな」
「どなたかの派閥に属しているのであれば、反貴族派が活発化している問題を解決するように促してみてはいかがでしょう」
「なるほど、自分の派閥に属する者たちの手綱を上手く取れるか否か、試してみるのだな?」
「はい、そうなんですが、失敗するとホフデン男爵に向かっている不満の矛先が、王家に向かうようになる心配がありますね」
「確かにそうだが、大抵の反貴族派は特定の貴族に反感を向け、更にはその先にある王家にも反感を募らせているものだ。それに、リスクも負わずに結果だけを求めるのは調子が良すぎるだろう」
これまでの話を聞く限りでは、ホフデン男爵については内偵を進めているようだし、余程の失敗をしなければ、王家に強い不満が向けられることはないだろう。
ただ、ホフデン男爵の件では、三人のうちの一人しか評価できない。
残りの二人にも、何か評価できる課題を与えた方が良いような気がする。
「ホフデン男爵以外に、何か問題を抱えている貴族はいませんか?」
「ニャンゴ、そんなに問題のある貴族ばかりでは、それこそ国が成り立っていかぬぞ」
「そうですね、失礼いたしました」
「いや、そうは言ったが、全く問題の無い貴族ばかりでないのも事実だ」
「それでは、他のお二方にも課題を与えられそうですか?」
「そうだな、何らかの課題は与えられそうな気がするな」
今の時点では、ノイラート辺境伯爵領へ向かっているエデュアール殿下が半歩リードといった感じだろう。
これでホフデン男爵の件まで上手く解決できれば、エデュアール殿下の株が上がりそうな気がする。
それが国の将来にとって良いことなのか、悪いことなのかは分からないが、これまで一番可能性が低かったエデュアール殿下がリードすれば、他の二人も黙っていないだろう。
国王陛下やバルドゥーイン殿下から課題を与えられるにしろ、自分から点数稼ぎに動くにしろ、これまで以上に王位継承争いが活発化するのは間違いないだろう。
「ニャンゴ、私に付かないか?」
「はっ? 殿下を次の王に押し上げる手助けをしろと?」
「いや、違う違う、三人を見極める手助けをしてくれないか?」
「俺が……ですか?」
「どこの派閥にも属さず、冒険者という肩書で気軽に動ける者など、ニャンゴ以外にはおらぬからな」
「そうですが……上手くいきますかね?」
「そこは、私からそれらしい依頼を出しても良い。王都から領地を越えて移動するとなると、王国騎士団の騎士では色々と目立つし理由を付けるのが面倒だからな」
「なるほど……確かに、俺の方が楽に入り込めますね」
「今はまだ思い付きの段階だが、少し考えてみてくれ」
「はい、分かりました」
というか、王族からの依頼なんて断れる訳ないよね。
それも、王位継承者の選定に絡む依頼なら尚更だ。
どうやら巻き込まれるのは決定的になったが、良き王を選ぶためと考えて、俺にできることをやろう。
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