先客
ノイラート辺境伯爵領から戻った翌日、また俺はチャリオットのみんなとは別行動で、新王都へと向かった。
ホフデン男爵領の一件を騎士団に報告するためだが、嫌味を言われた件を密告する訳じゃないぞ。
あくまでも、反貴族派と思われる連中が過激化している状況を知らせるだけだ。
国王陛下に許可をもらっているので、第三街区を囲う壁を飛び越え、第二街区を囲む壁も飛び越え、騎士団の正門前へと着地した。
いきなり空から俺が降ってきたのに驚いて身構えた門番に敬礼して、来訪の用件を伝える。
「おはようございます。反貴族派に関する情報をお伝えしに参りました。騎士団長がお忙しいようでしたら、師団長のどなたかにお会いしたいのですが……」
「はっ! 少々お待ちください、エルメール卿」
『巣立ちの儀』の前に、警備のアドバイザーを要請された時には、騎士団長と同等という過分な権限を与えられ、騎士団の中を自由に歩けていたが、今は依頼が完了して単なる名誉子爵なので勝手に入り込む訳にはいかない。
門の脇にある詰所で待つ間に、面会の予定を聞いてもらう。
待つこと暫し、都合を聞きにいった騎士が戻ってきた。
「エルメール卿、騎士団長がお会いしますので、ご案内します」
「お願いします」
反貴族派の情報と伝えたので、誰かしら会ってくれるとは思っていたが、まさか騎士団長自ら面談してくれるとは思っていなかった。
案内の騎士に従って、勝手知ったる騎士団の廊下を歩いていると、向こうから大柄な獅子人がにこやかな笑みを浮かべて歩いてきた。
「久しいな、エルメール卿」
「ご無沙汰してます、ヘーゲルフ師団長」
ツェザール・ヘーゲルフ第二師団長は、顔合わせの時には友好的とは言えない態度を取られたが、反貴族派を一緒に摘発するうちに俺の実力を認めてくれた人だ。
「騎士団長と面談と聞いたが、また反貴族派か?」
「はい、ある貴族の領地での出来事なので、どう対処すべきか相談に来ました」
「なるほど、貴族の領地だと少々やりづらいな」
「はい、そうなんですが、グロブラス領やグラースト領のようなケースもありますので、情報だけでも伝えておいた方が良いかと思いまして……」
「それは有り難い。騎士団だけでは、目が届かない場所はいくらでもあるからな。おっと、私が話し込んでいては騎士団長を待たせることになってしまうな。エルメール卿の件は、後で聞かせてもらうよ」
「はい、よろしくお願いします」
ヘーゲルフ師団長と別れて、騎士団長の執務室へと向かうと、そこには先客が居た。
「えっ、バルドゥーイン殿下!」
「久しいな、エルメール卿。先日は、ディオが世話になったそうで、すまなかったな」
「いいえ、地竜の出て来た穴は危険すぎるので、ご納得いただけてなによりです」
「エデュアールとは会ったか?」
「はい、アンブロージョ様に呼び出されました」
「ふははは、それは災難だったな」
「いえ、エデュアール殿下の意外な一面が見れて勉強になりました」
「そうか……だが、エデュアールは一筋縄ではゆかぬぞ」
「そうだと思い、ノイラート辺境伯爵とは打ち合わせをしてあります」
「ほぅ、どのような打ち合わせなんだ?」
「地竜の出て来た穴は豪魔地帯まで通じていて、その先にあると思われていた先史時代の研究施設は火山灰の地下に埋もれているようです」
「その話、詳しく聞きたいところだが、騎士団長に用があると聞いたが」
バルドゥーイン殿下に促されて、忘れかけていた本来の目的を思い出した。
「そうでした、用件を忘れて話し込んでしまい申し訳ございません、アンブリス様」
「いいや、気にしなくて良いぞ、その様子では急ぎではないのだろう?」
「急ぎかどうか……ちょっと判断が付きません」
「ほう、どういった状況なんだ?」
「実は……」
エデュアール殿下絡みで、ノイラート辺境伯爵領を訪ね、その帰り道に遭遇したホフデン男爵が襲撃された一件を話した。
「ホフデン男爵とは……こちらの動きを読む力でもあるのか、エルメール卿」
話を聞き終えたバルドゥーイン殿下は、ニヤニヤと笑いながら問いかけてきた。
「こちらの動きと申されますと?」
「ホフデン男爵領では、農民への締め付けが酷いという話が届いていて調査を始めようと打ち合わせに来たところだ」
俺が知らせるまでもなく、既にバルドゥーイン殿下がホフデン男爵領の調査を命じるつもりだったそうだ。
「ニャンゴ、私はグラースト侯爵領での一件以来、王族はもっと貴族の領地について知るべきだと思っているのだ」
グラースト侯爵は、貧しい領民を騙して、自らが所有する狩場で人間狩りを行っていた。
もし、バルドゥーイン殿下が視察を行っていなかったら、更に多くの命が失われていただろう。
「バルドゥーイン殿下は、ホフデン男爵領に向かわれるのですか?」
「予備調査次第で行くつもりだが、男爵本人が狙われていたとは思わなかった」
一見すると思い付きで行動しているように思えてしまうのだが、グラースト侯爵領に出掛けた時も事前の調査は行っていたそうだ。
今日、バルドゥーイン殿下が騎士団長の執務室に居たのは、その事前調査の相談のためだそうだ。
「アンブリス、少し急いだ方が良いのではないか?」
「はい、領主が狙われた事を考えても、反貴族と言うよりも民衆が切羽詰まって来ているのでしょう」
これまで、色んな反貴族派と遭遇してきたが、その多くは貧しい人々だ。
騎士養成所でふるい落とされ、独自に反貴族派への潜入調査を行っていたウラードの言葉を借りるなら、知識が無いために騙されてしまった善良な馬鹿たちだ。
ただ、そうした善良な馬鹿が騙されてしまう下地を作ってしまっているのは、私腹を肥やすことに忙しい一部の貴族たちだ。
「エルメール卿は知らないかもしれないが、貴族の中には農民が反乱などを起こさないように、わざと知識を与えていない貴族もいるらしい」
「でも、それを反貴族派に利用されて、自分の領地どころか命まで危うくなっていたら、意味無いですよね」
「その通りだが、一部の貴族が庶民の教育を怠っているのは、反貴族派が現れるよりも前からだ」
「なるほど、教育する仕組みを作らなかったから、それを反貴族派に利用されても、すぐには対処ができないんですね」
「そうなんだが……そうではないかもしれない」
「と言いますと、すぐに対処は出来るのですか?」
「いや、そういう意味ではない。そもそも、反貴族派は貧しい民衆を利用して私腹を肥やす連中とは限らない。純粋に、自分達の生活を良くするために、貴族の圧政に立ち向かう者達かもしれないのだ」
バルドゥーイン殿下の言葉を聞いて、目から鱗が落ちた気がした。
これまで俺が対峙してきた反貴族派は、幹部クラスの人間が末端の人々を操って私腹を肥やしたり、世の中を混乱させている組織ばかりだった。
だが、そうした邪な考えから行動している奴らばかりではなく、本気で世の中を良くするために悪徳貴族を排除しようと考えている者が居てもおかしくない。
「では、ホフデン男爵領の反貴族派は、純粋な民衆蜂起の可能性もあるのですか?」
「あくまで可能性だがな。純粋な気持ちで動いている者も居るかもしれないし、不純な動機で動いている輩も居るかもしれぬ。それは、調べてみなければ分からぬよ」
「それなら、俺が……あぁ、駄目だ、出入り禁止だった」
「なぁに、心配は要らんだろう。道化のリゲルならば、立ち入ったとしても咎められたりせんだろう」
「てことは、立ち入る時には、また毛を染めて、あの衣装ですか?」
「いいや、確たる証拠を押さえられたら、私と一緒に摘発に行ってもらうかもしれぬ。その時は、身分を偽る必要も無いだろう」
どうやら、ホフデン男爵領については、俺が報告するまでもなく調査が行われる予定だったようだ。
その結果次第では、またお呼びが掛かるかもしれない。
書籍6巻は、7月5日発売予定です!
https://dragon-novels.jp/product/nyango/322503000502.html
コミックユニコーン様で再コミカライズの連載が始まりました。
『黒猫の冒険 リブート』
https://unicorn.comic-ryu.jp/4956/
MiyaMa先生の描く、可愛くて恰好いいニャンゴをご覧ください。





