凹まされても
「馬鹿なのか? 助けてやったのに、なに頭下げさせられてんだよ」
拠点に帰って夕食の席で旧王都へ戻る道中に遭遇した一件を話すと、セルージョに思いっきり呆れられてしまった。
「でも、無断で領地に入っているのは確かなんだし……」
「そういう時は、この一件は国王陛下に一部始終を報告して、処分を下してもらいます……って言ってやんだよ」
「えぇぇ……そんな事を言ったら、相手の思うツボじゃないの?」
「あのなぁニャンゴ、お前は国王様の大のお気に入りなんだぞ。愛娘の命を救い、ダンジョンで大発見をする……平民を名誉騎士にするだけでも異例なのに、名誉子爵にまでするなんて異例中の異例なんだぞ」
「それは、そうなんだろうけど……」
「ニャンゴを名誉子爵にしたのは、王家以外の貴族に手を出させないためだ。つまりは、国王陛下は全面的にお前の味方なんだよ」
確かにセルージョが言う通り、国王陛下は俺の有用性を買ってくれているし、今回の一件で俺とホフデン男爵のどちらに味方するかは決まりきっているだろう。
それでも、こんな雑事で国王陛下の手を煩わせる訳にはいかないだろう。
「はぁぁ……だからよぉ、ニャンゴが国王陛下に報告しますって言ったとして、何とか男爵が、はいそうですか……なんて言うと思うか?」
「それは……言わないか」
「言う訳ねぇだろう。報告されたら、国王陛下のお気に入りを凹ませて悦に入ってます……って宣言しているようなものだぞ。別の言い方するなら、国王陛下に喧嘩売ってるようなもんだ」
「なるほど……でも、それって、俺をイジメたら国王陛下に言いつけるぞって脅してるみたいで恰好悪くない?」
「まぁ、そうとも言えるな。だが、舐められっぱなしよりはマシじゃねぇか?」
「うーん……俺としては、自分の実力でホフデン男爵を遣り込めたいのであって、誰かの権力とかを借りるのは、ちょっと違うかなぁ……」
虎の威を借る狐じゃなくて、羊の皮をかぶった狼が正体を見せて、あっと言わせる方が性に合っている。
別に、爵位を上げたり、偉くなりたい訳ではないが、今回のように舐められっぱなしは腹が立つ。
「そんじゃあ、どこの領地にも出入り自由のお墨付きを国王陛下から貰うか、大貴族からも敵に回すとヤバい奴と思われるようになるしかねぇな」
「お墨付きかぁ……そんなの貰ったら、ちょっと偵察してこいとか便利に使われそうだよ」
「それは今でも同じだろうし、大して変わらないんじゃねぇの」
「そうかなぁ……また三毛猫になれとか言われるのは嫌なんだよなぁ……」
「だが、ダンジョンの搬出が終わったら、お呼びが掛かると思うぜ」
ダンジョン新区画からの発掘品搬出は、国家事業と言って良いほど重要視されている。
俺は、その中心人物と認識されているから、王族といえども余計な仕事を押し付けられずにいるのだろう。
だが、その事業が一段落すれば、俺を別の使い方で活用しようと考えるはずだ。
闇夜に空から忍び込み、存在を気取られることなく秘密を探り出す……。
あれっ、それって案外悪くないんじゃないか。
空属性魔法を使えば、秘密の会話を盗み聞きできるし、アーティファクトを使えば録音もできる。
グラースト侯爵領を探りに行った時は、バルドゥーイン殿下と一緒に身分を隠して行ったけど、堂々と乗り込んだり、もっと隠密裏に行動するのも面白そうだ。
チャリオットとは離れて行動することになるだろうけど、今も時々は別行動をしているし、そういう生活も悪くない気がする。
「なにをニヤニヤしてやがるんだ? 王家の仕事をこなして、旨い飯でも食わせてもらう気か?」
「そうか、王家の仕事なら美味しい物が食べられるか、それは悪くないにゃぁ」
「はぁ……いつか食い物に釣られて痛い目に遭いそうだな」
「うん、その心配は自分でもしてるよ」
絶品料理を並べられ、まぁまぁ一杯……なんて言われたら、断りきれる自信が無い。
好奇心は猫を殺す……なんて言うけれど、俺の場合は食い気で殺されそうだ。
「てか、その何とか男爵の件、マジで王家に報告しておいた方が良いんじゃねぇか?」
「えっ、どうして?」
「どうしても何も、反貴族派の連中の仕業なんだろう? てことは、平民が我慢しきれなくなるような事情があるんじゃねぇのか?」
「なるほど、それは確かにあるかも」
「それに、さっきも言った通り、ニャンゴが報告しなかったら、その男爵は報告しねぇだろう。てなると、その領地で起こっている事態が王家の耳に届くことは無いんじゃねぇのか?」
確かに、反貴族派に襲われました……なんて話は、自分から積極的に報告はしづらいだろう。
ましてや、今回の件は俺も絡んでいる。
正直に報告すれば、国王陛下のお気に入りを冷遇した事実が知られてしまう。
かと言って、虚偽の報告をすれば、後々俺に抗議されて立場が危うくなるかもしれない。
報告するのと黙っているのと、どちらがメリットが大きいのか考えれば、たぶんホフデン男爵は黙っていた方が良いと判断するだろう。
ホフデン男爵がどうなろうと、正直知ったことではないけど、領民が虐げられているのだとしたら、それは放置すべきではないだろう。
「でも、さすがに気軽に国王陛下には会えないよ」
「別に国王陛下に直接報告しなくたって良いだろう。騎士団には知り合いがいるんだろう?」
「まぁね、新王都なら日帰りで行って来られるか」
「こっちは特に問題なく搬出が進められているし、今のうちに行ってきちまった方が良いんじゃねぇか?」
「だよねぇ……」
ライオスにも事情を話して、明日王都の騎士団を訪ねることにした。
夕食の後は、レイラにお風呂場へと連行され、丸洗いされて、丸洗いさせられた。
「まったく、ニャンゴはどこに行ってもトラブルを拾ってくるのね」
「別に好き好んでトラブルに巻き込まれている訳じゃないよ」
「そうかしら?」
「そうだよ。今日だって、無用のトラブルを避けるために、エデュアール殿下の一行から見つからないコースを選んで飛んでいたら、結果的に襲撃に遭遇したんだからね」
「はいはい、でも、そんな襲撃には関わらない方が良かったんじゃない?」
「まぁね、でもそれは、ホフデン男爵の人柄が分かった後の話だし、何の情報も無かったら助けちゃうよ」
俺がまだ魔法を使えなかった頃、三頭のゴブリンに襲われていた俺は、通りすがりのユキヒョウ人の冒険者に命を助けてもらった。
あの時、いつか自分も誰かを助けられるようになりたいと思ったし、冒険者として力を付けた後は、可能な限り困っている人には手を差し伸べてきたつもりだ。
でも、近頃は旧王都での暮らしにも慣れ、ダンジョンでの活動や先史文明の考察などに夢中で、イブーロに居た頃のように猫人への差別とか、地方との経済格差などの問題を忘れがちだ。
「民衆が領主を襲うほど困窮しているなら、猫人はもっと虐げられていると思う」
「そうかもしれないわね」
「第二のカバジェロが生まれる前に何とかしなきゃ」
「ニャンゴの考えは立派だけど、無理しちゃ駄目よ。一人の人間にできる事には限界があるんだからね」
「うん、だから俺が直接ホフデン男爵領に乗り込むのではなく、騎士団にお願いに行くんだ」
「そうね」
ただ、どの貴族にも自治権が与えられているので、たとえ王国騎士団であっても自由に踏み込む訳にはいかない。
騎士団には報告に行くが、実際に効果があるかは疑問だ。
「名誉子爵になったけど、出来ない事ばっかりだ」
「そりゃそうよ、何でも命令出来ると思っている王様がいるのに、反貴族派は居なくならないんだもの、名誉子爵様に出来る事なんて限られてるわ」
「だよねぇ……」
「でもね、ニャンゴのように、少しでも世の中が良くなるように願って行動する事は無駄じゃないわよ。一人に出来る事は少ないけど、それが集まって世の中は良くなっていくのよ」
「うん、そうだね。俺は、俺に出来る事をやるよ」
という訳で、今夜も俺はレイラの抱き枕を務めるのだ……踏み踏み。





