偵察を終えて
豪魔地帯の偵察を終えてモンタルボの街へと戻り、状況を報告するとブリストンさんはガックリと肩を落とした。
地竜の出て来た穴が先史時代の地下高速鉄道ならば、その先には当時の文明、つまりはアーティファクトが残されていて、領地にとって大きな収入になると目論んでいたのだろう。
掘り返す場所を変え、安全に考慮しながら探索を再開するつもりが、その先は単に豪魔地帯に繋がっているだけと聞けば、気落ちするのも当然だ。
「それでは、先史時代の遺物は残されていないのか?」
「絶対に残されていないという訳ではありません。ただし、残されているとしても分厚く堆積した火山灰の下に埋もれてしまっています」
豪魔地帯の密林の中に、ポツンポツンと残されている建物の残骸は、タップして出て来た情報から地上五十階建てぐらいのホテルだと分かった。
あの建物ならば、状況を整えれば探索は可能だが、内部に残されている物は劣化が進んでしまっているだろうし、ダンジョン新区画のような発見は期待しづらい。
地図情報を見ると、研究施設などはホテルからは離れているので、掘り出すには困難を伴うだろう。
そもそも、現状すぐに入れそうなホテルも、豪魔地帯の真ん中に位置しているようなので、普通の人では辿り着くだけでも難しい。
それでも諦めきれないブリストンさんは、何か方法が無いかと質問をぶつけてきたが、残念ながら望みに適うような返答はできなかった。
「ふぅ……仕方がない。エルメール卿が実際に確かめ、それでも難しいというのであれば、我々は諦めるしかなかろう」
「ぬか喜びさせてしまい、申し訳ございません」
「いやいや、エルメール卿の責任ではない、勝手に期待した我々の責任だ」
スマホで撮影してきた画像も交えて説明したので、ようやくブリストンさんも諦めてくれたようだ。
あとは、エデュアール殿下が諦めてくれれば万事解決なのだが……。
「エデュアール殿下には、私から説明をしておこう」
「宜しいのですか?」
「構わぬが……エルメール卿が訪れたことは伝えなければならんだろうな」
「そうですね……私の偵察無しでは説得力に欠けてしまいますもんね」
まさか、エデュアール殿下と近衛騎士の会話を盗み聞きして、危機感を覚えて先回りしました……なんて言う訳にはいかないが、それ以外に俺がノイラート領を訪問する理由が思いつかない。
「こういうのはどうかね、エルメール卿。殿下に月まで行く技術の話をしたが、それが手に入る確率がどの程度か気になって再探索に訪れた。その探索の結果、望みが薄いと分かった……」
「良いですね、それならば不敬にならずに済みそうですし、エデュアール殿下も諦めて下さるでしょう」
エデュアール殿下は、自他ともに認める策士だ。
策を弄することで望んだ物が手に入るならば、多少の労は惜しまないのだろうが、働きが無駄になると最初から分かっているならば手を出さないはずだ。
「それでも、どうしても掘り返せ……などと申されるなら、従っている振りをして早馬を旧王都まで走らせるので、先日の打ち合わせ通りに助力を願いたい」
「かしこまりました」
偵察、報告、打ち合わせなどをしている間に夕方になってしまったので、もう一晩、騎士団の施設に泊めてもらうことにした。
前の晩はブリストンさんと食卓を囲んだのだが、この日は騎士たちとの交流を頼まれた。
ノイラート辺境伯爵家の騎士とはいっても、王都までブリストンさんに同行できる者は限られているので、いわゆる都会の情報に飢えているそうだ。
騎士団の食堂へと連れていかれ、ブリストンさんが何でも自由に質問して良いなんて言ったものだから、あっという間に若い騎士たちに取り囲まれてしまった。
「エルメール卿、エルメリーヌ姫様とご結婚なさるのですか?」
「みゃっ! 名誉子爵が王族と結婚なんて無理だよ」
「ですが、『恋の巣立ち』はエルメール卿とエルメリーヌ姫様の話なんですよね?」
「お、俺は、その劇は見ていないから、分からにゃいよ」
「では、やはり本命は、あの獅子人の美女なんですね?」
「レイラはパーティーの仲間で、俺は遊ばれているだけだよ」
「それでは、あの白猫人の冒険者ですか?」
「違う違う、ミリアムもパーティーの仲間だって」
何でも聞いて良いとは言ったけど、にゃんでプライベートな質問ばっかりなんだよ。
というか、若い騎士の興味って、やっぱり綺麗な女の子だったりするんだね。
貴族の家の騎士になれば、女の子にモテるだろうと思いきや、意外にそうでもないらしい。
「モテるのは、顔が良い奴に限りますよ」
「そうなの?」
「騎士といっても貴族の身分ではありませんし、給料も飛び抜けて良い訳じゃありませんからね」
「でも、男の子はみんな憧れるじゃん」
「あぁ、『巣立ちの儀』までですね」
若い騎士たち曰く、『巣立ちの儀』でスカウトを受けるのは確かに憧れだし、騎士としての鎧や騎士服姿には憧れるが、危険を伴う仕事だし、飛び抜けて給料が良い訳ではないらしい。
「それこそ、稼ぎでしたら腕の良い冒険者の方が遥かに良いですよ」
「でも、酒場とかではモテるんじゃない?」
「エルメール卿、酒場の女にモテるのは、俺たちじゃなくて、俺たちの懐の金です」
ノイラート家の騎士だから、ぼったくられる心配は無いらしいが、踏み倒される心配が無いから酒場の女たちは寄ってくるのだそうだ。
「懐の温かい日はモテますが、持ち合わせが厳しいとしれば相応の対応をされるだけです」
「そっか、それじゃあ酒場じゃなくて、普通の女の子は?」
「なかなか知り合う機会が無いんですよねぇ……」
ノイラート家の騎士だけに、職務中にナンパしている訳にもいかないし、訓練や郊外の見回りなどの時間が多く、女性と知り合う機会が少ないらしい。
「幼馴染に好きな子がいても、見習いの間は帰省も出来ないので、その間に別の男に取られたりして……」
「うわぁ……」
「見習い期間を終えて帰省したら、別の男との間に子供が出来てた……なんて話は珍しくないですよ」
「それは……ご愁傷様です」
いきなり寝取られ体験談とか、僕が先に好きだったのにエピソードをぶっ込まれて、ちょっと引いてしまった。
「エルメール卿、どうすればモテるようになるんですか?」
「にゃっ、俺は別にモテてなんか……」
「エルメール卿、その謙遜は嫌味です」
「ご、ごめんなさい……」
どうすればモテるのかと聞かれても、基本的に俺のモテ方はペット的なものだし、大人な関係になったのもレイラだけだ。
まぁ、シューレやジェシカさんとは一緒にお風呂に入ったことはあるけど、それ以上の関係には進んでいない。
色々と良い物は拝ませてもらっているけど、見ただけ……いや、ちょっと踏み踏みはしたか。
なんて言おうものなら、ギルドの酒場と同様に怨嗟の視線に晒されるんだろうな。
でもまぁ、王位継承争いがどうとか、俺様王子との神経戦を繰り広げているよりは、よっぽど気が楽だ。
王国騎士の訓練所にいるオラシオたちは、騎士になることと食うことに夢中だったけど、訓練期間を終えて正式に騎士になったら、女性にも目が向くようになるのかな。
男の俺から見ると、オラシオたちは優良物件だと思うけど、世の女性たちから見るとどうなんだろう。
王国騎士の場合、貴族としての身分を得るから、ノイラート家の騎士とは違うと思うけど、逆に変な女に騙されたりしないか心配だにゃ。





