埋め合わせ(後編)
ノイラート辺境伯爵を訪ねた翌朝、俺は豪魔地帯との境にある断層を目指して移動していた。
考えても分からないなら、自分の目で確かめれば良いのだ。
アーティファクトであるスマホで地図アプリを起動して、先史時代の地下高速鉄道に沿って空を飛ぶ。
眼下には森が広がっていて、ノイラート領の人々も断崖の近くまでは滅多に近づかないそうだ。
断崖まで近付ける道も有るには有るのだが、先史時代の高速鉄道からは離れているようだ。
ブリストンさんから聞いた計画では、その道の先から断崖の途中まで階段を作り、崖の途中から地下道へ向かって新たな通路を掘り進める予定だそうだ。
「でも、この距離では、相当掘らないと到達できないんじゃないかな……」
断崖へと続く道からは、どんどんと離れていきながら森の上を飛び、やがて唐突に断崖絶壁が現れた。
「ふみゃぁぁぁ……危なっ、上昇気流か」
断崖の端まで来た途端、下から吹き上げる風に空属性魔法のボードごと飛ばされそうになった。
「高っ……こりゃあ竜種でも登れないのは納得だね」
パッと見た感じで、断崖の平均的な高さは百メートル近くありそうだ。
ワイバーンならば飛び越えて来そうだが、地竜では登れそうもない。
「あっ、風化して脆くなってるのか……」
断崖を形成する岩は、長年風雨に晒されたことで脆くなっていて、俺が空属性魔法で作った槍で突いただけでもボロボロと剥がれ落ちていった。
この強度では、地竜の重たい体を支えるのは不可能だろう。
「それで、高速鉄道はどうなって……あれか!」
スマホを頼りにして、ルートの真上から探していくと、地下の高速鉄道と思われるトンネルは、豪魔地帯の地面とほぼ同じ高さにあった。
これでは、地竜やフェルスなどの魔物が入り込み放題だ。
「ここから地上に出る構造だったのかな?」
前世の東京でも地下鉄の車両基地などは地上に作られていた。
もしかすると、ここまでは地下を通って来て、ここから先は地上を走るように作られていたのだろうか。
「いや、ちょっと待てよ……」
スマホを操作して、今は豪魔地帯になってしまっている先史時代の研究都市の駅をタップしてみると、表示された駅の構内図では線路は地下にある。
だとすると、この高速鉄道が作られた後に断層が生まれたのだろう。
「てか、こんなに深い所にトンネルを掘ってたの?」
高速鉄道のトンネルから地上までの高さは、パッと見ただけでも七十メートルぐらいありそうだ。
騒音などの問題を回避するために地下にトンネルを作るとしても、こんなに深い場所を通す必要があったのだろうか。
「うわっ、フェルスだ」
トンネルの入口近くまで降りて周囲を調べていると、フェルスの集団が近づいて来るのが見えた。
フェルスは巨大な飛べない鳥の魔物だから、空に逃げてしまえば大丈夫だとは思うが、念のために発見される前に避難する。
急いで高度を上げて地上から離れると、三頭のフェルスはキョロキョロと周りを見回した後で、トンネル内部へと入っていった。
まるで、トンネルの内部に何か用事があるかのようだ。
「中に餌になる生き物でも居るのかな?」
外から見ただけでは、ただのトンネルにしか見えなかったので、フェルスが迷う素振りも見せず入っていった理由が分からない。
「まぁ、なにか理由があるんだろうね。って……これっ!」
空属性魔法で作ったボードに乗って、エレベーターのように上昇している途中で、崖の地層の違いに気付いた。
地上から三十メートル程の所に、上下とは異なる地層が存在していた。
上下の地質は良く似た感じに見えるが、挟まっている部分は黒っぽく、厚みは一メートルも無いだろう。
「この地層が昔の地上だったのかな? すると、この上下は火山灰?」
地層の状況などから推測すると、先史時代の高速鉄道は研究都市まで地下を通っていた。
その後、大きな地殻変動が起こって、ノイラート領と豪魔地帯を隔てる巨大な断層が形成された。
その際、高速鉄道の地下トンネルは崖の途中に開いた状態だったが、火山灰が降り積もって地上と同じ高さになった……という感じのようだ。
「てことは、研究施設とか火山灰の下ってことじゃん!」
地下高速鉄道を辿っていけば、先史時代の研究施設に辿りついて、当時の最先端技術が手に入るかも……なんて考えていたけれど、ここでブッツリと途切れてしまっている。
これでは、月に行けるかもしれない技術を手に入れるには、竜種がウロウロしている豪魔地帯で発掘作業を行わなければならない。
当然危険を伴うし、それだけのリスクに見合うだけの発見が出来るかどうも分からない。
「あぁ、でも地竜の穴を掘り返すのを止めに来たんだから、むしろこの結果は良かったのかも」
とりあえず、ブリストンさんに説明するために、地下高速鉄道のトンネルの出口周辺を撮影しておく。
地下トンネルの行き着く先は、研究都市ではなく、豪魔地帯そのものだと説明すれば、地下トンネルを探索する計画は断念するだろう。
そしてエデュアール殿下も、この情報を知ればノイラート家を利用して地竜の穴を掘り返そうなんて考えなくなるだろう。
「ここまで来たんだし、研究都市があった辺りまで行ってみようかな……」
先史時代に研究都市があった所までは、断層から更に北東方向へと進む必要がある。
念のため、地上からは十分な高度を取って、周囲にはシールドを張り巡らせた状態で移動する。
眼下には鬱蒼とした森が広がっていて、都市に繋がる道の痕跡などは全く見当たらない。
そうした物は、分厚く堆積した火山灰が覆い隠してしまっているのだろう。
「そろそろか……にゃにゃっ!」
地図アプリを頼りに進んでいくと、森の中に塔のようなものが見えてきた。
近付いてみると、外壁にびっしりと蔦や木が絡み合っているが、明らかに人工的に作られた建物だ。
たぶん、高層ビルの遺跡なんだろう。
旧王都のダンジョンも、以前は先史時代の地下都市だと思われていたが、実際には火山灰で埋もれた高層ビルと人工島だった。
このビルの階段を利用すれば、元の地上階まで下りられるかもしれない。
「どうしよう、入ってみようかにゃぁ……」
近付いてみると、外壁には蔦が絡み付き、内部の様子は良く見えない。
どのぐらいの年月が経過しているのか分からないが、もう完全な廃墟で、状態の良いアーティファクトが残されているようには思えない。
「そうだ、地図アプリのデータを見れば良いのか」
地図データと現在地を照合すると、どうやらこの建物は駅前のタワーホテルだったようだ。
「文明が滅んで、緑に浸食された世界だね……」
建物のあちこちに鳥が巣を作って暮らしているようだ。
これだけの緑があるなら、鳥の餌となる虫も生息しているはずだ。
周囲を見回してみると、この建物以外にも、先史時代の建物と思われる緑の塔があった。
時間を掛けて探索を進めれば、凄い発見があるかもしれないが、俺以外の人が辿り着くには、豪魔地帯の森を踏破しなければならない。
「空からならば、そんなに危険じゃなさそうだけど……うわっ、恐竜みたいなのが居る……」
眼下に広がる森を透かして見ると、恐竜図鑑に出てきそうな生き物が群れで横切っていった。
「そうだ! レンボルト先生が作っている飛行船が実用化されれば、空からここまで来て探索できるかもしれない」
飛行船で樹海を渡り、先史時代の高層建築に係留して探索に出掛ける。
「にゃんだか、絵面を想像すると、凄いワクワクするんですけどぉ!」
とりあえず、今日の所は外からの撮影だけにしておいて、モンタルボの街に戻るとしよう。





