埋め合わせ(中編)
モンタルボの騎士団の施設にノイラート辺境伯爵を訪ねていくと、すぐに執務室へ通してくれた。
やはり、二頭目の地竜を討伐した功績は大きいようで、出会う人出会う人から会釈をされ、中には熱烈に感謝の言葉を伝えてくる人もいた。
それだけに、ノイラート領を危険に陥れてしまうかもしれない失敗をやらかしたことが、殊更に申し訳なく感じてしまう。
「領主様、ニャンゴ・エルメール卿をご案内いたしました」
「入っていただけ」
「はっ、どうぞ……」
「ありがとう」
キビキビとした動作でドアを開けてくれた騎士に礼を言って、執務室に足を踏み入れた。
「お忙しい最中にお邪魔いたしまして、申し訳ございません」
「なんのなんの、エルメール卿の訪問ならば、何時でも歓迎させてもらうよ。それに、実に良いタイミングだ」
「良いタイミングですか?」
「そうだ、地竜が出て来た穴について、良い方法を考えついたのだ」
そう言うと、ノイラート辺境伯爵は満面の笑みを浮かべてみせたのだが、逆に俺はヒゲがビリビリするような嫌な予感に襲われた。
まさかと思うが、掘り返そうとしているのだろうか。
「その良い方法について話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「勿論だ。いや、その前にエルメール卿の要件を聞いておこうか」
「い、いえ、どうぞブリストン様から……」
「私の話は急ぐ必要は無いが、馬車で戻られたエルメール卿が、このタイミングで訪ねて来たのだから、余程急ぎの要件ではないのかね?」
俺としては、ブリストンさんの良い方法というものを先に聞いておきたいのだが、ここまで言われてしまったら話さない訳にはいかない。
「実は、エデュアール殿下が、こちらへ向かっておられまして……」
「ほぅ、やはり来られるか」
先日、居城に招かれて会談した時にも、ブリストンさんは王位継承争いをしている三人の王子を警戒していると話していた。
ブリストンさんにとって、エデュアール殿下がノイラート領を訪れるのは想定内の出来事なのだろう。
「やはり、地竜の穴を掘り返せと命じに来るのか?」
「表向きには、地竜によって被害を受けた民衆を支援する目的だそうです」
大公家の屋敷で会談した時の様子を話し、エデュアール殿下の変化を伝えると、ブリストンさんも意外そうな顔をしていた。
「ほぅ、エデュアール殿下がそのような事を話されていたのか。確かに、王都から遠く離れている者にとっては、王族とはおとぎ話に出てくる人物のように実感の湧かない存在だからな」
「はい、自分も王国の北の端の庶民として育ちましたから、まさか王族の方々とこんなに近しく接するとは思ってもいませんでした」
「そうだな、私たち貴族は王都に出向く機会もあるし、『巣立ちの儀』では国王陛下からお言葉をかけていただけるが、庶民にとっては遠すぎる存在だろう。それだけに、エデュアール殿下のなされようとしている事には意味がある」
「はい、おっしゃる通りです」
この表向きの訪問だけならば、画期的だし意義がある。
問題は、エデュアール殿下が裏で画策している事なのだが……。
「だが、エルメール卿の口振りでは、エデュアール殿下の真の目的は別の所にあるようだな」
「はい、エデュアール殿下は限定的ながら、地竜が通って来た穴を掘り返そうと考えておられます」
「限定的とは?」
「地竜のような大型の魔物は通れず、人間だけが通れるサイズの穴を掘り、探索を進めようと考えていらっしゃるようです」
「素晴らしい……エデュアール殿下は王都に居ながらその考えに至られたか」
エデュアール殿下を絶賛するブリストンさんを見て、嫌な予感が的中してしまったことを実感した。
「ブリストン様、まさか地竜の穴を掘り返すおつもりですか?」
「なぁに、心配は要らぬよ、エルメール卿。地竜が開けた穴を掘り返すのではなく、全く別の場所から先史時代の地下道を目指そうと思っておるのだ」
「地竜の穴をそのまま掘り返すのではないのですね?」
「うむ、あの穴からは、フェルスや二頭目の地竜が出て来ている。我々では窺い知れぬ大型の魔物を引き寄せる要因があるやもしれぬ」
確かに、そもそも一頭目の地竜が何故あの場所に穴を開けたのかも分かっていないし、次々に危険な魔物が現れた理由もハッキリとは分かっていない。
「それに、一度埋めたとはいえ、過去に地竜が掘り進めて地盤が脆くなっている。そこに限定的とはいえども穴を開けて魔物が寄って来た場合、簡単に穴を広げられる恐れがある」
「はい、自分もそれを危惧しております。また地竜が地上に現れた場合、大きな被害が発生しかねません」
「その通りだ。だが、我が領地としては、先史文明に触れる機会を失ってしまうのは、どうしても惜しいのだ」
ブリストンさんは口には出さないが、ノイラート辺境伯爵は経済的に追い詰められているのかもしれない。
「これ以上の被害を受ける訳にはいかないが、さりとて先史文明の痕跡を放置するのも忍びない。そこで考えたのが、地中を探って新たなルートで辿り着くという方法だ」
「しかし、それでも地竜が現れてしまったら、大きな被害が出てしまうのではありませんか?」
「その通り、そこで我々は考えた。地竜が穴を広げて現れたとしても、大丈夫な場所から掘り進めれば良いのだと……」
「そんな場所があるのですか?」
「ある。どこだと思うかね?」
街や村の近くなどは論外だとして、たとえ何もない平原に作っても、出て来た地竜は自分の足で移動してしまう。
城壁を張り巡らせたような場所だとしても、地竜ならば突き破って進んでしまうだろう。
「ちょっと想像がつきません」
「さすがのエルメール卿であっても、これは想像できなかったか。それは、豪魔地帯との境である断崖だ」
「えっ、崖に入り口を作るんですか?」
「そうだ。人ならば通れる幅の階段を作り、崖の途中から地下道へ向けて穴を掘る。その穴を広げて地竜が出てこようとしても、崖から下に落ちるだけだ」
「なるほど……」
ブリストンさんは、計画についての簡単な絵図面を見せてくれた。
それによれば、穴の出入り口は断崖絶壁に面していて、そこから地竜が直接地上に出ることはできない。
人間は狭い階段を通れば昇り降りが可能だが、地竜にとっては行き止まりという訳だ。
たしかに、この方法ならば地竜が穴を広げたとしても被害が出る可能性は低い。
エデュアール殿下のように、単純に人間サイズの穴を掘り返すのではなく、このような方法ならば安全に探索を進められる可能性はある。
だが、そこまで考えた時に、ある問題点に気付いてしまった。
「あれっ、もしかして、大きな勘違いをしてたかも……」
「んっ、どうされた、エルメール卿」
「はい、私は大きな見落としをしていたかもしれません」
「見落としだと? 何を見落としていたのだね?」
「豪魔地帯との境である段差です」
「あの段差が、何か問題なのかね?」
「はい、あの段差が、何時できたかによって、探索の難易度は大きく変わってしまいそうです」
「それは、どういう意味かね?」
「はい、順を追って説明します」
これまで俺は、アーティファクトであるスマホのデータを参照して、先史時代の高速鉄道や研究都市の存在を知った。
そして、地竜が出現した状況から、先史時代の地下高速鉄道が今も残り、豪魔地帯から竜種を招き寄せているのだと思い込んでいた。
だが、今現在、地上と豪魔地帯を隔てている断崖が、もし研究都市や地下高速鉄道が完成した後に発生した地殻変動によって生じたものならば、話は全く違ってしまう。
地下高速鉄道を辿った先は、断崖絶壁の行き止まりであるかもしれないのだ。
「だが、エルメール卿、あの断崖は竜種であっても登ることが困難な高さがあるのだぞ。そのような断崖が短期間に生じるものなのか?」
「分かりません。遠い過去に何があったのか、今の私には知る術がありません」
「それでは、探索を進めても、ただ断崖に出てしまう可能性もあるのだな?」
「はい、その通りです」
「だが、それでは地竜はどこから来たのだ? 豪魔地帯ではないのかね?」
「その可能性が高いと思われますが……それも今の私では判断できかねます」
エデュアール殿下の暴走を未然に防ぐために訪れてみれば、新しいアイデアに遭遇し、かと思えば望ましくない推論に辿り着いてしまった。
「うーん、どうしたものか……」
腕組みをして考え込んでしまったブリストンさんと同様に、俺も解決の糸口を見いだせなくなってしまった。





