舌禍の代償
「にぎゃ……」
眠気覚ましのカルフェは苦い。
エデュアール第五王子を交えた夕食を済ませた後、大公アンブロージョ様の私室に招き入れられた。
普通、カルフェには砂糖やミルクが添えられているものだが、出されたのはブラックのカルフェのみだ。
「エルメール卿、月にまで行ける技術の話など聞いておらぬぞ」
「申し訳ございません。エデュアール殿下が、以前お会いした時とは別人のように成長されていたので、つい……」
「そのように見えていたのは確かだが、月に行ける技術の話が出た後の様子を見ても、成長していると思ったか?」
「いえ、やはり根っこは変わらないと……」
「そうだ、あれがエデュアールという男だ。表面に騙されていると、痛い思いをすることになるぞ」
この様子では、アンブロージョ様も度々苦い思いをさせられたのだろう。
「今頃は、部屋の周囲に人が居ないか確かめて、近衛と密談でも始めているだろう」
「そうなのですか?」
「そういう男なのだ」
どうやら、部屋での様子を探ろうと人を配置して、それを見抜かれたことがあるのだろう。
「聞いてみますか?」
「はっ? まさか、近衛との密談をか?」
「お望みとあらば……」
「聞いてくれ」
アンブロージョ様は迷う素振りも見せずに盗聴を希望されたので、エデュアール殿下の近くに空属性魔法で収音マイクを設置し、こちらのスピーカーから流す。
念のために、エデュアール殿下に探知ビットを貼り付けておいて良かった。
『エデュアール様、ノイラート家に地竜の穴を掘り返しさせるのですか?』
『そんな気は全く無いぞ。リスクが大きすぎる』
『……そうでしたね。他の二人に掘り返させて、それを墓穴にするのでしたね』
盗聴を始めた直後、ホッとする内容が聞こえたと思ったら、一気にきな臭い内容に変わった。
アンブロージョ様は鮮明に聞こえてきたエデュアール殿下の声に驚いたものの、すぐに表情を引き締めて二人の話に聞き入っていた。
やはり月に行ける技術の話をしたのは失敗だったし、思っていた以上にエデュアール殿下は俺を評価し内面にまで探りを入れていると知って鳥肌が立った。
そして、人が通れるサイズに限定して地竜の穴を掘り返す計画を聞き、思わず頭を抱えてしまった。
エデュアール殿下が高笑いを始めたところで、アンブロージョ様が手振りで合図してきたので盗聴を中断した。
「はぁ……どう思う、エルメール卿」
「正直に申し上げて、分かりません」
「どう分からないのだ」
「まず、最初の地竜が出て来た理由が何なのか、餌を求めて来たのか、それとも気まぐれに穴を掘ったら偶然あの場所に出たのか」
「他には?」
「最初の地竜の穴からは、その後もレッサードラゴンやフェルスなどの魔物が現れましたが、そいつらが現れた理由も分かりません」
「つまり、穴の大きさを限定したところで、掘り返してしまえば地竜を呼び寄せると考えているのか?」
「もし仮りに、人の匂いを餌として感じとっているならば、その可能性は否定できません」
自分が地竜だったなら、そこから旨そうな匂いが漂ってくれば穴を広げて先に行って確かめようとするだろう。
ノイラート家の騎士が、どの程度まで穴を埋め戻したのか知らないが、余程強力に硬化させない限り、一度掘った穴は容易に掘り返せるだろう。
成果とリスクを天秤に掛けるならば、掘り返すのはリスクが高すぎるように感じる。
その一方で、ノイラート領が地竜によって大きな損害を被り、新たな収入源を欲しているのも確かだ。
月に行けるかもしれない技術の話をしたのは、本当に失敗だった。
「確かに、あのエルメール卿が月に行ける技術があると話していたのだ……などと王族から言われたら、興味を持つなという方が無理だろう」
「申し訳ございません。ですが、月に行ける技術が残されていたとしても、それを実用化するには相当な年月が必要ですし、地竜による損害を補うなんて無理です」
「そうであろうな。そもそも人が空を飛ぶことすら実現……いや、エルメール卿に限れば実現しているのか」
「俺の場合は空属性魔法という特殊な魔法のおかげであって、それを一般化するのは簡単ではありません」
「勿論、分かっておる。空を飛ぶことすら困難なのに月に行くなど、今の時点では絵空事と言うしかなかろう。ただし、欲に目が眩んだ者にとっては、例えようがないほど甘美な響きであろうな」
実際、ノイラート辺境伯爵領では、地竜によって一つの村が壊滅し、モンタルボの街も大きな被害を受けた。
その復興のために辺境伯爵は、喉から手が出るほど金を欲しているはずだ。
「エルメール卿」
「はい」
「悪いが、先回りしてくれ」
「やはり、そうなりますよね」
「月に行くなんて荒唐無稽な話を信じるのは、余程の変わり者か学術的に先見の明を持つ者だけだろう」
熱気球すら飛んでいない世界なのだから、月に行くなんて御伽噺レベルだ。
地球で言うならレオナルドダヴィンチを超えるような才能の持ち主か、余程豊かな空想力の持ち主でなければ想像もつかないだろう。
「恐らくノイラート辺境伯爵も、そんな話を信じたりはしないはずだが……そこに、エルメール卿という裏付けと地竜による被害が加わると話は変わってくる」
「そうですね、月にまで行く技術でなくとも、今よりも遥かに進んだ技術が手に入れば、大きな利益を生み出すかもしれない……と考えてもおかしくありませんね」
「そうだ、だから事前に手を打っておく必要がある。ワシからノイラート辺境伯爵宛てに手紙を書く、エルメール卿にはエデュアール殿下よりも先に届けてもらいたい」
「分かりました。お引き受けいたします」
俺が口を滑らせたせいでノイラート領が危険に晒されてしまうのであれば、それを防ぐために行動するのは当然だろう。
自分で蒔いた種は、自分で刈り取るべきだ。
「エデュアールに、どの程度先行できる?」
「おそらく、一週間程度は先に着けるかと……」
「はぁ? どんな速さでノイラート領まで行くつもりだ?」
「天候さえ良ければ、明日のうちに到着できると思います」
ノイラート領の場所は、スマホの地図データにも登録してあるので迷う心配は無い。
ウイングスーツと推進器の組み合わせを使えば、天候さえ良ければ一日掛からずに到着できるだろうし、翌日には余裕を持って戻ってこられるはずだ。
「エデュアールに気付かれる可能性は?」
「絶対に無いとは言い切れませんが、街道を迂回するコースで飛べば、発見される可能性は極めて低いです」
「良かろう、それならば明日……いや、手紙は今ここで書いてしまうので、明日は直接ノイラート領へ向かってくれ」
「了解しました。手紙を取りに来たのをエデュアール殿下の近衛騎士に見られたりすると面倒ですからね」
「その通りだ。猜疑心の強い男と対する時は、我々も慎重でなければならない」
「肝に銘じておきます」
まったく、なんで月に行く技術なんて口を滑らせてしまったのだろう。
余計な一言のおかげで、ノイラート領まで行く羽目になってしまった。
口は禍の元だと肝に銘じて、これからは一層うみゃうみゃに専念することにしよう。





