俺様王子の胸の内
大公アンブロージョ・スタンドフェルド、名誉子爵ニャンゴ・エルメールとの夕食を終えたシュレンドル王国第五王子エデュアールは、客室に戻ると近衛騎士に手振りで指示を出した。
たとえ自分が王族であっても、ここが大公殿下の屋敷であっても、盗み聞きをされていないか確かめさせるほどエデュアールは疑り深い。
周囲に人が居ないのを確認し終えるまでの間、エデュアールは不機嫌そうに黙り込んでいる。
やがて、盗み聞きされる心配がないと分かると、狼人の近衛騎士ヴァーリンに向かって手招きをした。
「地竜を倒せるか?」
「お任せ下さい、あの猫ごときに倒せる相手ならば造作もございません」
「どう倒す?」
「私めの炎弾で丸焼きにしてみせましょう」
自信たっぷりに答えたヴァーリンに対して、エデュアールは小さく首を横に振ってみせた。
「話にならんな」
「な、なんと申されましたか?」
「話にならぬと言ったのだ。ヴァーリン、そなたはあの猫を甘く見すぎている」
「何をおっしゃいますか、私があの猫めに劣ると申されるのですか?」
「それは、時と場合による。例えば、そなたの入れぬ小さな穴に、あやつなら楽に入って行けるぞ」
「そ、それは体格の問題で……」
「そうだ、それは体格の問題だが、条件さえ揃えば自分よりも劣るはずの相手に上をいかれることがあるのを自覚しろ」
「申し訳ございませんでした」
ヴァーリンはエデュアールに向かって頭を下げてみせたものの、その表情にはまだ不満の色が残っている。
「我が思うに、地竜に対して火属性の魔法は相性が良くない」
「なぜ、そう思われるのですか?」
「どこの家でも強力な火属性魔法の使い手を集めるのは常識だ。そして、火に弱いならば油を浴びせて焼き殺せば良いが、ノイラート家の騎士どもは討伐に手を焼いている。それは、地竜が火属性の魔法を苦にしないという証だ」
討伐の現場に立ち会った訳ではないが、エデュアールの推測は的を射ていた。
地竜は土属性の魔法を使ってまとった土の鎧によって、火属性の攻撃魔法から身を守っていた。
もしヴァーリンが自信満々で地竜に向かっていったならば、成す術無く返り討ちにされていただろう。
「ですが、エデュアール様、あの猫は地竜を討伐したのですよね?」
「そうだ、どのような手段を用いたのか分からぬが、あの猫をこれまでの常識に当てはめて考えるのは間違いだ」
父である国王から、ニャンゴ・エルメールへ近衛就任を要請することは禁じられているが、情報を入手することまでは禁じられていない。
そのため、エデュアールの手元にはニャンゴに関する情報が集められている。
その中には、魔素を含んだ空気を魔法陣の形に固めて、各種の刻印魔法を組み合わせて使っているという情報も含まれている。
「エデュアール様、ノイラート家に地竜の穴を掘り返させるのですか?」
「そんな気は全く無いぞ。リスクが大きすぎる」
「……そうでしたね。他の二人に掘り返させて、それを墓穴にするのでしたね」
ここまでの話の流れから、エデュアールの答えを予想していたようだが、地竜と戦う機会を得られないと分かり、ヴァーリンは残念そうな口調で答えた。
「そうだ。そのつもりだった……」
「えっ?」
「月にまで行ける技術が、眠っているかもしれんのだぞ」
「では、掘り返すのですか?」
「決めかねている……」
エデュアールの言葉を聞いて、ヴァーリンは心の内で驚いた。
これまで仕えてきた日々を思い返してみても、エデュアールが迷うという場面をヴァーリンは見たことがない。
決断の結果が常に正しい訳ではないし、ハッキリと口にしない場合もあるが、そうした時でもエデュアールの胸の内では答えが出ているように見えた。
だが今日のエデュアールは、ヴァーリンの目にも迷っているように見える。
「迷っている理由をお聞かせ願いますか?」
「あの猫が、絶対に危険だと言いながらも、地竜の穴の先へと行きたがっているからだ」
「そうなのですか?」
「少なくとも、我の目にはそう見えた」
夕食の間、近衛騎士も交替で食事を済ませていたので、ヴァーリンはエデュアールとニャンゴの会話を半分程度しか聞けていない。
「私には、意地汚く、にゃーにゃー鳴いているだけに見えましたが……」
「ふふん、あれは奴のカモフラージュだろう。わざと間抜けな姿を晒して、己や持っている情報の価値を低く見せようとしているのだ」
「なるほど……そう言われてみれば、そのようにも見えますな」
「出自は卑しくとも、あの父やバルドゥーインが目を掛けている男だぞ、そこらに転がっている猫と同類であるはずがなかろう」
「それは……そうですな」
その猫が行きたがっているならば、その場所の価値はダンジョンの新区画と同等以上と考えるべきだろう。
「ダンジョンの新区画……実際に動くアーティファクトの宝庫と言われていますな」
「そうだ。そのアーティファクトの宝庫を発見したのであれば、それだけでも歴史に名を残す功績だ。それだけの功績を挙げながら、それでも行きたいと思う場所なのだから、それだけの価値があると考えるべきだろう」
ヴァーリンが見る限り、エデュアールは間違いなく王位を狙っている。
狙ってはいるが、それは自ら頼み込んで受け取るものではなく、向こうから頼まれて受け取るものだと考えているようだ。
どうしても王様になりたいのです、お願いします……ではなくて、どうか次の王となって下さいと頼まれたいのだ。
ヴァーリンから見ても、かなり鬱屈した考えだとは思うが、それだけの人望もなく王になれば苦労をするだけだという考えも理解できる。
「まぁ、今回は掘り返させるだけの情報が足りぬから、現場を見る程度になるであろう」
「そうですか……」
「いや、待て……そうか、その手があるか」
「何か、良い方法を思いつかれましたか?」
「あぁ、思いついた。思いついたが、この程度のことは他の者が考えついて実行に移しているかもしれぬ」
「と申されますと?」
「なぁに、簡単なことだ。穴は全部埋めなければ良いのだ」
「全部を埋めない……というのは?」
「地竜は通れず、人ならば通れる大きさの穴にすれば良かろう」
「なるほど! 確かに、おっしゃる通りです。それならば、地竜の被害に怯える必要もありませんね」
夕食から戻ってきた時の鬱々とした空気がエデュアールから消え去り、いつもの傲慢さが戻ってきている。
「既に地竜の穴を埋め戻したと言っても、一度掘られた場所は他とは地質が異なっているであろうし、人が通れるサイズならば掘り返すのにも時間は掛からぬだろう」
「後は、ノイラート辺境伯爵を口説き落とすだけですな?」
「その点に関しては、まず問題は無かろう。村が一つ消えるほどの被害が出ているのだ、その先に宝が眠っていると知れば、一も二も無く掘り返すことに賛成するであろう」
大きな災害があった領地では、当然ながら領主が大きな金銭的負担を被ることになる。
出て行った金は、何らかの方法で補っていかねば、家を維持していけなくなる。
つまり、ノイラート辺境伯爵家にとっても、大きな利益を生む先史時代の技術は、喉から手が出るほど欲しいのだ。
「地竜が通れるほどの穴を掘り返せば、また騎士団が大きな損害を被るかもしれんが、人が通れるだけの大きさならば、物好きな冒険者が立ち入るだけで騎士に被害は出ない」
「確かに、冒険者どもが死のうが食われようが、それは奴らの勝手ですからな」
「その通りだ。それに、例え失敗したところで、それはノイラート家の責任だ」
「そして、成功した暁には、エデュアール様の助言のおかげとなる訳ですね」
「そうだ、分かっておるではないか。ふはははは……」
上機嫌に笑うエデュアールを見ながら、ヴァーリンは近衛騎士となった自分の決断の正しさを噛みしめていた。
第三王子クリスティアン、第四王子ディオニージに仕えていたら、ここまで心躍る思いは出来なかったであろうと……。





