俺様王子の成長
先日旧王都を訪れたディオニージ殿下は、一体何をしに来たのかと思うほど目的意識が希薄だったのは、あくまでもノイラート辺境伯爵領へ行くつもりだったからだろう。
説得するのには相当な手間が掛かったが、それでも何とか丸め込んで、地竜の出てきた穴を掘り返しに行くのを断念させた。
ぶっちゃけ、ディオニージ殿下は考え方が幼稚ではあるが、それでもまだ扱い易い部類なのだろう。
だが今日の相手、エデュアール殿下は一筋縄ではいかない人物だ。
そもそも、エデュアール殿下はディオニージ殿下の時とは違って、最初からノイラート辺境伯爵領へ行くと公言して旧王都を訪れている。
新しく開通する地下道の見学……などという隠れ蓑も使っていない。
よく国王陛下が許可を出したものだ。
「ふむ、では地竜に襲われた街は、思っているよりも早く復興が進んでいるのだな?」
「はい、おっしゃる通りです。地竜の素材目当てでもあるのでしょうが、多くの商人が物品を運び込んでいました」
「なるほど、辺境の民は逞しいのだな」
大公アンブロージョ様も交えての会談が始まると、地竜にしか興味が無いだろうと思っていたエデュアール殿下は、思いの他街や民衆の被害について熱心に質問してきた。
「あの、エデュアール殿下は、どうあってもノイラート辺境伯爵領へいらっしゃるつもりですか?」
「ふふっ、世間知らずの王族が行ったところで何の役にも立たないと思っておるのか?」
「めっそうもございません。ただ、復興が加速していたら、折角の支援物資が無駄になってしまうかと思ったのです」
「なぁに、構わん。我が世間知らずなのは自覚しているからな」
エデュアール殿下は卑下する感じではなく、鷹揚に笑みを浮かべてみせる。
王城で俺に眠り薬を盛って、薄笑いを浮かべていたエデュアール殿下と、本当に同一人物なのかと疑いたくなってしまう。
「支援物資は毛布や穀物など、今回使わなくとも潰しの利くものだ。それに、これまでは地方で大きな災害が起こっても、王族が直接視察や慰問に訪れたりはしなかったから、足を運ぶだけでも意味はあるはずだ」
確かに、エデュアール殿下の言い分は筋が通っているように感じる。
だが、そこまで考えているならば、もっと早く動くべきではなかったのかと思っていたら、まるで俺の気持ちを読み取るかのように切り出した。
「エルメール卿、私はクリスティアンかディオニージが先に動くと思っていたのだ」
「と仰いますと、エデュアール殿下はお二人に先を越されても良かったと考えていらしたのですか?」
「次期国王の座を目指すと宣言したところで、私の継承順位は現状第四位、慣例によってバルドゥーイン兄上を除外した所で第三位、普通ならば回って来ない」
「それならば、尚更お二人の先を目指さねばならなかったのではありませんか?」
「本気で王位を目指すならばな……」
そう言うと、エデュアール殿下はニヤリと笑ってみせた。
「えっ、殿下は本気で王位を望んではいらっしゃらないのですか?」
「さて、どうかな……」
思わず視線を大公殿下に向けてみたが、判断に苦慮しているようだ。
やはりエデュアール殿下は、腹に一物ある人物という印象は拭えない。
「クリスティアンもディオニージも、次の王位を目指す者としての気概に欠けている。バルドゥーイン兄上がエルメール卿と共にグラースト侯爵を摘発したように、これからは王族であっても外に出て行く時代だ」
「しかし、クリスティアン殿下はいざ知らず、ディオニージ殿下は私が説得しなければ、ノイラート辺境伯爵領へ出掛けていたはずです」
「だが、行っていないではないか。しかも、行ったとしても、道中は王族という身分を隠していたのではないか?」
確かに、ディオニージ殿下はバルドゥーイン殿下がグラースト侯爵領に行く時に使った、特注の幌馬車を持ち出していた。
エデュアール殿下のように、王家の紋章を掲げて現地入りを目指していたのか怪しいところだ。
「王家の威光を示しに行くのに、身分を偽ってどうする。そもそも、ディオニージがノイラート領へ行こうとした目的は、自分の手の者に地竜を倒させるためであり、民衆への支援には毛筋ほどの興味を持っていなかったのではないか?」
「それは……私には判断しかねます」
そう返答したものの、ディオニージ殿下には民衆を支援する気など無かっただろう。
「まぁいい、いずれにしても、二人とも支援を行おうとしなかったのは確かだ」
「では、エデュアール殿下はお二人の代わりにノイラート領へ向かわれるのですね?」
「はぁ……何を言っているのだ、エルメール卿。私が行くのは王家のためであり、この国を安定させるためだ」
エデュアール殿下は、溜息をつきながら首を振ると、咎めるような口調で語り出した。
「エルメール卿、昨年新王都の『巣立ちの儀』が襲撃されたのは、どこの組織による仕業だ?」
「それは、反貴族派による襲撃でした」
「違う! あれは反王家派による襲撃だ。王家のお膝元で騒ぎを起こしたのだから、あれは王家への反乱以外の何ものでもない!」
語気を強めたエデュアール殿下の言い分は正しい。
慣例に沿って反貴族派という言葉を使っていたが、王都で王族が参加する儀式を襲撃したのだから、間違いなく王家への挑戦だ。
「王家を中心とした国の在り方が揺らいでいる今だからこそ、父もバルドゥーイン兄上も王族も変わるべきだと思い行動しているのだ。だからこそ、ノイラート辺境伯爵領へ向かいたいという私の希望を父は許可してくれたのだ」
あらためて思ってしまったが、目の前にいる人物は、本当に俺に眠り薬を盛ったエデュアール殿下と同一人物なのだろうか。
あっちが本物で、こっちは良く訓練された偽者だと言われても納得してしまいそうだ。
「では、エデュアール殿下は地竜には興味は無いのですか?」
「王家の代表として支援を行う者としては、興味を持つべきではないのだろう……」
そう言うと、またエデュアール殿下はニヤリと笑ってみせた。
「だがなエルメール卿、そうした立場を抜きにして、一人の男としてならば大いに興味はあるぞ」
「まさか、地竜の穴を掘り返したりしませんよね?」
「地竜による災害からの復興を手助けに行く者が、被害を増やすような行動をする訳ないだろう」
「それを聞いて安心しました」
地竜は天災と同レベルの被害をもたらすが、討伐すれば様々な素材を提供してくれる。
なまじ興味など無いと言い切られるよりも、個人としては興味があると認める姿勢は好ましい。
「エルメール卿、地竜の出てきた穴は豪魔地帯へと繋がっていて、豪魔地帯には先史時代の研究都市があるといった噂を聞いたのだが……」
「アーティファクトに残されていた記録によれば、研究都市があったそうですが、豪魔地帯の中ですから、現状がどうなっているのか不明です」
「もし、先史時代の記録が残っていたら、どの程度の価値があると思う?」
「金額なんて付けられないと思いますよ。もしかしたら、月にまで行ける技術が残されているかもしれません」
「なん、だと……月に行くだと?」
「それは本当かね、エルメール卿」
しまった、あまりにまともに話が進行しているせいで、余計なことを口走ってしまった気がする。
エデュアール殿下だけでなく、大公アンブロージョ様まで身を乗り出してきた。
「確証が有る訳ではありませんが、そうした技術があった可能性は否定できません。実際アーティファクトには、遥か上空から地上を観測する技術が使われていると思われます」
有るような、無いような、言質を取られないような言い方をしたつもりだが、エデュアール殿下の表情が一変していた。
「エルメール卿、その月にまで行ける技術を手にいれたら、他国を跪かせることは可能になるか?」
エデュアール殿下が俺を見る目は、近衛騎士になれと迫った時よりも鋭く、まとわり付いてくるようだ。
「どうでしょう。例え技術が残っていたとしても、それを再現するに相応の年月が必要になるはずです。他国を跪かせるほどの優位性を築くのは、簡単ではないと思われます」
「ふむ、世の中そう思い通りにはならないという事だな?」
「はい、おっしゃる通りでしょう」
自分の思い通りにはならないと分かった時の不機嫌そうな表情なども、以前の印象を思い出させるものだ。
人間の根底にある性格は、そう簡単には変わるものではない。
王位継承争いの中で、幾分の成長はみられるとしても、要注意人物であることに変わりはないようだ。





