お守り再び?
完成の式典は行われたが、地下道の工事は今も続いている。
というか、この先も発掘のために地下道は拡張され続けていく予定だ。
まずは、チャリオットが発掘を進めていたショッピングモールの東側まで地下道を作り、そこからは北へ向かう予定だ。
ショッピングモールは東西に一区画分あり、そこから北側に道路が通っている。
その道路に沿って発掘は進められていく。
工事の現場には、ガドと兄貴が立ち会っているので、勝手に発掘品を持ち出される心配は無い。
今日か明日には、ショッピングモールに地下道が到達するという話なので、俺達も現場に出向いて来たのだが、そこへ大公家の使いが待ち構えていた。
「おはようございます、エルメール卿。申し訳ございませんが、大公家の屋敷までご足労願えませんでしょうか」
「アンブロージョ様からの要請でしょうか?」
「はい、急な話なのですが、王族の方が見えられるそうです」
「えっ、どなたが見えられるのでしょう?」
「エデュアール殿下と伺っております」
「あぁぁ……エデュアール殿下かぁ……」
よりにもよって、一番顔を合わせたくない俺様第五王子殿下とは……一気に気分が憂鬱になってしまった。
「えーっと、聞かなかったことには……できませんよねぇ?」
「申し訳ございません。エデュアール殿下からのご指名ですので……」
「はぁぁ……ライオス、ちょっと行って来る」
「分かった、まだ搬出はしないだろうし、学院の連中も居るから大丈夫だろう」
既に、モルガーナ教授も顔を見せているので、むやみに物品の運び出しは行われないはずだ。
「あの、エデュアール殿下は何の目的で旧王都にいらっしゃるのでしょうか?」
「先触れの騎士の話によると、旧王都へは立ち寄るだけで、ノイラート辺境伯爵領へ向かわれるそうです」
「えぇぇぇ! その話、本当ですか?」
「はい、そう伺っております」
あの天邪鬼な王族は、絶対に自分では動かないと思っていたのに、本当に神経を逆撫でしてくる。
「ノイラート辺境伯爵領へは、何の目的で行くのでしょう?」
「さぁ、そこまでは聞いておりませんので……」
「そうですか、とにかくお屋敷に急ぎましょう」
エデュアール殿下が旧王都に到着するのは、早くても午後、通常は夕方になるはずだ。
まだ時間的な余裕はあるにしても、大公アンブロージョ様と打ち合わせをしておきたい。
大公家の屋敷に到着すると、すぐさまアンブロージョ様の執務室へと案内された。
「お待たせいたしました、アンブロージョ様」
「忙しいところ、すまないな、エルメール卿」
「いいえ、本格的な発掘再開は早くても明日以降という話なので、問題ございません。それよりも、エデュアール殿下がいらっしゃると伺いましたが……」
「うむ、その通りだ。聞いておるかもしれぬが、ノイラート辺境伯爵領へ向かうらしい。ついては話を聞きたいとエルメール卿を指定してきたのだ」
俺の聞き違いであってくれと思っていたが、残念ながらエデュアール殿下のノイラート辺境伯爵領行きは本当らしい。
「何のためにノイラート領へ向かわれるのでしょう?」
「表向きの名目は地竜の被害について王家からも復興の支援を行いたいというものだが……それだけとは思えぬ」
「俺の知る限りの事は、先日ディオニージ殿下にお伝えしましたが、何も聞かされていないのでしょうか?」
「それは分からぬ」
「ディオニージ殿下が断念された理由が伝わっていれば、行ってみようなんて考えないと思うのですが……」
「どこまで伝わっているのか……もしかすると、殆ど伝わっていないのかもしれんな」
ディオニージ殿下から国王陛下には報告が行われたはずだが、エデュアール殿下とはあまり仲が良くない。
というか、次期国王の座を争うライバル同士で、母親が違うのだから仲が良いはずがない。
だとすれば、ディオニージ殿下が情報を独占するために、国王陛下にすら報告していない可能性もある。
あるいは、得意げに知り得た情報を全て報告したが、それがエデュアール殿下に伝わっていないか、伝わっているとしても内容を曲解されているのかもしれない。
いいや、エデュアール殿下ならば、あえて曲解している可能性もある。
「それで、俺は何をすればよろしいのでしょうか? ノイラート辺境伯爵領へ向かわれるのを阻止すれば良いのですか?」
「いいや、復興の支援という表向きの理由があるのだから、ノイラート領行きは止められないだろう」
「それでは、阻止するのは地竜が出て来た穴の掘り返しでしょうか?」
「そこが主になるだろうが、そもそも連れて行かれないように気をつけてくれ」
「はっ? 俺を連れていくつもりなのでしょうか?」
「分からぬが、可能性が無いとは言えぬだろう?」
「そうですね……」
エデュアール殿下からは、過去に近衛騎士にならないかと勧誘を受け、お断りしている。
というか、睡眠薬を盛られて酷い目に遭わされた。
あれ以降、一人きりで呼び出された事は一度も無いし、勧誘も受けていない。
それに今は名誉子爵という肩書もあるが……絶対に勧誘してこないとは言い切れない。
「こんな言い方は不敬なのでしょうが、本当に何を考えているのか分からなくて、どう対処して良いのやら……」
「まったく、あれは猜疑心の強い母親から悪い所を引き継いでいるようだな」
「アンブロージョ様とは親交があるのでしょうか?」
「親戚として、当たり障りの無い関係といったところで、特に親しい訳でもない。実際、あれが何を考えているのか、ワシにも分からぬよ」
何となく、アンブロージョ様も匙を投げているように見える。
「とりあえず、一度拠点に戻って着替えて来ます」
「面倒を掛けてすまないが、そうしてくれ。その代わりと言っては何だが、美味い食事を用意させよう」
「ありがとうございます」
アンブロージョ様との打ち合わせを終え、拠点に戻って一張羅の騎士服に着替える。
よく考えてみると、名誉騎士ではないのだから、貴族らしい服も用意しておいた方が良いのだろう。
そのうちに、時間を見計らって仕立屋に行くとして、今日はこれで良いだろう。
エデュアール殿下と面談中に居眠りしないように、着替える前に早めの昼食を済ませて仮眠した。
これで夕食うみゃうみゃタイムまで、万全の状態でいられるはずだ。
着替えを終えて大公家の屋敷に戻ると、まだエデュアール殿下の一行は到着していなかった。
アンブロージョ様と共に待つ事暫し、先触れの騎士が到着し、続いてエデュアール殿下を乗せた魔導車を含む一行が到着した。
王家の紋章が入った魔導車の前後には、四騎ずつ八名の近衛騎士が守りを固め、更にその前後六騎ずつ十二名の王国騎士が睨みを利かせている。
エデュアール殿下の魔導車の後方には、三台の大きな幌馬車が続いている。
どうやら、ノイラート辺境伯爵領へ持ち込む支援物資のようだが、これから向かって、到着した時には既に間に合っている……なんて事にならないのだろうか。
俺達が帰って来る時でさえも、すでに近隣の街から商魂たくましい商人たちが押しかけて来ていたし、街の機能は回復しつつあるように見えた。
前世の日本では、大きな災害が起こると復旧までに時間が掛かっていたが、こちらの世界のインフラは下水道ぐらいで、電気やガスのインフラは存在していない。
そのため、土属性の魔法が使える者を動員すれば、思っているよりも早く復旧作業は進められる。
たぶん、これから地竜に襲われたモンタルボの街に向かっても、痕跡を探すのが大変……みたいな状況になるかもしれない。
天邪鬼ゆえに周囲の思惑から外れた行動をしたいのかもしれないが、今回は的外れな行動になるような気がする。
魔導車が停まり、ドアを開けるために歩み寄った近衛騎士には見覚えがあった。
眠り薬でフラフラな俺に襲い掛かろうとした狼人の近衛騎士だ。
あちらも、当然俺を覚えているようで、ギロリと敵意の籠った視線を向けてきた。
魔導車のドアが開かれ、エデュアール殿下が姿を現した。
まずはアンブロージョ様と挨拶を交わされた後で、視線を俺に移した。
「久しいな、エルメール卿」
「エデュアール殿下におかれましては、ご壮健のご様子お慶び申し上げます」
「ふん、我に堅苦しい挨拶など不要ぞ。今日はノイラート領の話を聞かせてくれ」
「はい、私の知り得る限りの情報をお伝え申し上げます」
「楽しみにしている」
エデュアール殿下は鷹揚に頷くと、アンブロージョ様と共に屋敷へと足を踏み入れた。