冒険者の思い
※今回はセルージョ目線の話です。
ニャンゴと共に発掘再開後の打ち合わせから戻って来たライオスに誘われて、二人で飲みに出掛けてきた。
一般的に蜥蜴人は表情が読みにくいが、ライオスとは長い付き合いだから感情の揺らぎが読めるようになっている。
今夜のライオスは、何やら鬱屈した思いを抱え込んでいるようだ。
こんな時は、騒がしい酒場ではなく、落ち着いたバーが良いだろう。
拠点からギルドに向かう途中で、裏道を入った所にあるショットバーにライオスを連れていった。
ちょっと良い酒と葉巻が楽しめる、大人な男のための店だ。
いつもはカウンターで店のマスター相手に飲むのだが、今日は奥のテーブル席に座る。
強めの酒と軽いツマミ、それと上質な葉巻を頼んだ。
「まったく、どうやってこんな店を見つけてくるんだ?」
「そりゃあ冒険者としての情報収集能力に決まってるだろう」
「それじゃあ、俺は冒険者失格だな……」
「何言ってやがる、レイラのおもちゃになってるニャンゴがA級なんだぜ、その程度で冒険者失格になる訳ねぇだろう」
「だな……」
柄にもなく、おどけた表情を作ってみせたライオスだが、その仕草は余計に痛々しく見える。
そこへマスターが酒と葉巻を運んできた。
俺がこの店を気に入っているのは、葉巻の管理が行き届いているからだ。
葉巻は湿気っても駄目だが、乾き過ぎても美味くなくなってしまう。
質の良い葉巻を仕入れても、その質を保てるかどうかはマスターの腕の見せ所だ。
この店には、もう何度も足を運んでいるが、雨の季節であろうとも、日照りの続いた日でも、葉巻の管理は申し分無かった。
葉巻をカットして火を点け、暫しの間、無言で紫煙を楽しんだ。
「美味いな……」
「良い店だろう?」
「あぁ、良い店だ」
「んで、何を凹んでやがるんだ?」
「んー……何がやりたかったのか、分からなくなってきた」
ライオスは、葉巻をくゆらせながら、ポツリポツリと話し始めた。
発掘に関する打ち合わせ自体には何の問題も無く、ニャンゴを中心として強力に推し進められるらしい。
それに関しては、ライオスも何の不満も無いそうだ。
「打ち合わせが終わって廊下に出たら、二階の窓を白い物体が下から上へ横切っていったんだ」
「はぁ? 二階の窓を下から上にだと?」
「そうだ、太さは両手で抱えられる程度、長さは大人の背丈の倍ぐらいか、白い葉巻みたいな形の物がふわっと飛んでいった」
「なんだそりゃ? 何かが風で飛ばされたのか?」
「ニャンゴが言うには、空を飛ぶ乗り物の模型だそうだ」
「空を飛ぶって、それこそニャンゴじゃあるまいし、出来るのか?」
「技術的な問題が解決すれば可能らしいぞ」
「ほう……どの程度、飛べるものなんだ?」
「完成すれば、山を越え、海をも越えて行けるらしい」
「マジか! それもダンジョンで発見されたものなの?」
「そうらしい」
俺達チャリオットの人間にとっては、ニャンゴが空を飛んでいるのは当たり前の光景だし、レイラやミリアムが一緒に飛んでいるのも何度も見ている。
だが、ニャンゴ抜きで空を飛ぶとなると、まだ簡単には信じられない。
「でもよ、その白い葉巻みたいな物は、どうやって飛んでるんだ?」
「防水処理をした布張りで、内部に軽い気体を入れたらしい」
「軽い気体? なんじゃそら?」
「俺らがまだイブーロに居た頃に、ニャンゴが学院の教師から頼まれて検証した魔法陣の一つが、その軽い気体を発生させるための物だったそうだ」
「やっぱりニャンゴ絡みなのか」
「あぁ、その模型を作ったのは、イブーロでニャンゴが懇意にしていたレンボルトという今は准教授になった男だった」
「ほぅ、地方の学校の教師から、国の最先端の研究をするまで出世したってか?」
「まぁ、そういう事らしいが、本人は出世とか、どうでも良さそうだったな」
「地位とかどうでも良い研究馬鹿か」
「そうらしい……」
空を飛ぶ乗り物に興味はあるが、それ自体はライオスが話したい目的ではないようだ。
本題は、その研究馬鹿の准教授なんだろう。
「馬鹿馬鹿しい……いや、羨ましいのか?」
俺の問い掛けに、ライオスは一拍置いた後で頷いてみせた。
「セルージョ、豪魔地帯に挑んでみないか?」
「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ、竜種がウヨウヨしてんだぞ!」
「冗談だ」
「お前なぁ……」
「でも、このまま燻って終わって良いのか?」
「言いたい事は分かるぜ。実際、俺らの出る幕は殆どねぇからな」
今は地下道の完成を待っているが、既に発掘すべき建物は発見済みだ。
発掘品として、新たなアーティファクトなどが見つかる公算は高いが、正直冒険とは無縁だ。
「ただよぉ、俺らが放り出す訳にはいかねぇだろう?」
「分かってる……ただ発掘品の搬出、査定が終わった後、俺らは何をすべきなのか、何がやりたかったのか、目を輝かせて研究に没頭しているレンボルト准教授を見たら考えさせられてな」
ダンジョンに来る前、俺達は年甲斐もなく心を躍らせていた。
そして、旧王都に到着して早々に、ニャンゴのおかげで歴史に名を残す大きな発見をしてしまった。
ダンジョン新区画の発見、実際に動くアーティファクトの発見、百科事典の発見など、新しい発見はどれも胸躍るものではあったが、同時に俺達の出番は減っていった。
ライオスが発案し、俺達も諸手を上げて賛成したが、今はこれじゃないという思いの方が強くなってきている。
自分のやりたい研究に没頭しているレンボルト准教授を目の当たりにすれば、気持ちが揺らぐのも当然の話だろう。
「歴史にも名前を残した、一生働かなくても良いぐらいの金が手に入る、他人から見れば贅沢な悩みなんだだろうが、俺がやりたかったダンジョンの探索じゃなくっちまった気がしてな……」
「まぁ、確かにその通りなんだが……贅沢すぎる悩みだぜ」
「分かってる、分かってはいるんだがな……調査や運び出し、査定が終わるまで待っていたら、まともに戦えなくなってしまうんじゃないかと不安なんだよ」
「まぁな……」
楽して大きな金を手に出来るなんて、これ以上良い話は無いのだろうが、それが長く続けば腕が鈍る一方なのも確かだ。
ダンジョンが封鎖されている間も、護衛や討伐などの依頼をこなしてきてはいるが、時間が経過すれば嫌でも年を取る。
ニャンゴやフォークス、ミリアムぐらいの年ならば不安や不満は感じないのだろうが、冒険者としては晩年を迎えつつあると自覚している俺達にとっては無為に過ごす時間は残されていない。
「ライオスの言いたい事は分かったし、俺も同じような思いはある。たぶん、ガドだって同じだろうが、ここで放り出すのは流石に反対だぜ」
「あぁ、俺だって、そんな無責任な真似はするつもりは無い。ただ、次の目標を定めておきたい。定めておかないと、老け込んじまいそうだ」
「なるほどな……てか、豪魔地帯なんか行かねぇからな」
「駄目か? ニャンゴの話じゃ、おもしろそうな物が眠っていそうだがな……」
「否定はしねぇ。アーティファクトを覗き込んで、目を輝かせていやがったからな。ただし……」
「金になるかどうかは分からない……だろう?」
「そうだ。まぁ、もう金には困らないんだろうけどな」
「そうだな。金には困らないから名誉のために命を張る……てのは、冒険者らしくないか」
「なんだよ、それも駄目ってのは、選り好みし過ぎだろう」
「まぁな、というか、そもそも豪魔地帯行きは反対なんだろう?」
「あぁ、そうだった。俺は竜種相手の喧嘩は御免被るぜ」
ニャンゴはあっさりと地竜を仕留めてみせたが、俺やライオスでは大勢の仲間を募らないと太刀打ち出来ないはずだ。
「戦闘はニャンゴ任せってのは、冒険者らしくねぇだろう」
「そうだな、豪魔地帯行きは、他に面白い目的が見つからなかった場合に考えるとしよう」
「豪魔地帯は避けたいからな、俺様が冒険者の情報収集能力ってのを発揮してやるか」
「大いに期待させてもらうぞ」
「まぁ、気長に待ってろ」
俺の賛同が得られたからか、ライオスの表情から憂いの影が消えていた。
普段は頼りになるリーダーだから、たまには世話を焼いてやるのも悪くない。