発掘再開に向けて
拠点で一日のんびり過ごした翌日は、発掘再開に向けた打ち合わせのために、ライオスと一緒に学院を訪れた。
出迎えてくれたのは、旧王都の学院長ユゴーとモルガーナ准教授、新王都の学院のネルデーリ考古学部長、ケスリング教授の四人だ。
「ようこそいらっしゃいました、エルメール卿」
「ご無沙汰しております、学院長」
「ライオス殿もお変わり無さそうですな」
「えぇ、ダンジョンが立ち入り禁止になっていたので、冒険者暮らしに戻っていましたからね」
根っからの冒険者気質であるライオスにとっては、学術調査を見守るよりも、魔物や盗賊相手に大剣を振り回している方が性に合っているのだろう。
実際、ダンジョンでの発掘に戻るのは、ちょっと憂鬱そうだった。
「モルガーナ准教授もお久しぶりですね」
「ご無沙汰しております、エルメール卿。おかげ様で、教授に昇格いたしました」
「それはそれは、おめでとうございます」
「ありがとうございます。エルメール卿に発掘調査のご助力をいただいたおかげです」
学院による学術調査が始まった当初に担当だったクブルッチ教授は、あまりにも横暴な態度だったので俺達が解任を要求した。
クブルッチ教授が解任されたために、モルガーナ准教授が繰り上がる形で学術調査を引継ぎ、その結果数々の発見の恩恵を受けることとなったのだ。
「発掘の再開が待ちきれないと思いますが、いきなり突っ込んで行かないで下さいよ」
「それは……十分気を付けます」
「その後、アーティファクトの研究は進みましたか?」
「おかげ様で、魔力を充填する魔道具の制作は完了しました」
発見したスマートフォンは魔力で動く構造で、魔力回復の魔法陣をつかった充填のための魔道具が存在していた。
ただし、どの程度の魔力を流せば魔力を充填できるのか分かっていなかったので、実験を繰り返して今の時代に合った魔道具を作りあげたそうだ。
「えっ、人間の魔力で充填ができるんですか?」
「はい、できます。ただし、長時間魔力を流し続けないといけないので、魔力値の小さい人だと完全に充填ができない可能性が高いです」
自分の魔力を使って充填が可能なら、魔力切れを心配せずにスマホを使えることになる。
ただ、これまでの発掘で見つかった魔道具を見ると、いずれも魔導線や電池のように魔力を蓄える容器によって動く構造で、先史時代の人達は魔力を持っていなかった可能性が高い。
そうした状況を考えると、先史時代の魔道具の技術を解明出来れば、自前の魔力を持つ今の時代の者にとって画期的な魔道具が数多く生み出されるだろう。
「エルメール卿。発掘再開後は我々新王都の学院も人員を増やして対応させていただきます」
「ありがとうございます、学部長。まだ搬出できない品物が沢山残っていますからね」
「はい、新たなアーティファクトにも勿論期待していますが、我々は手付かずの居住区の調査ができないかと期待しています」
「居住区の調査は、これまで行われてこなかったんですか?」
「全く行われてこなかった訳ではありませんが、殆どが冒険者が金になりそうな物を探し回った後なので、荒らされていない状態の居住区は殆ど無いのです」
ダンジョンは先史時代の地下都市だと思われてきたが、発見された当初は今よりも魔物の数も多く、学者は足を踏み入れられない時代が続いていたそうだ。
そのため、手付かずの住居は残されておらず、当時の生活様式を探る資料が失われてしまっていたらしい。
「エルメール卿に同行したケスリングによれば、多くの魔道具が外部から魔導線によって魔力を供給する方式だったそうですね」
「はい、おっしゃる通りです。このスマホも魔力を充填する魔道具は、外部から魔導線によって魔力の供給を受ける方式です」
「つまり、殆どの居住区には、魔導線によって魔力が供給されていた可能性が高い」
「なるほど、手付かずの住居の構造や魔道具の配置を確認するんですね?」
「そうです、当時の生活様式を知ることで、我々が目指す未来が見えてくると思うのです」
居住区を見るまでもなく、商業ビルの中を見ただけでも、魔導線を通じて大量の魔力が供給されていたのが分かる。
俺の前世である日本で電気が供給されていたのと同じレベルで、魔力が供給されていたのだ。
当然、供給元である発電所のような魔力のプラントも存在していたはずだ。
魔力を人工的に発生する方法が解明され、町中に魔導線が張り巡らされ、誰もが気軽に様々な魔道具を使えるようになれば、文明は一気に進歩するだろう。
「なんだか、時計の針が一気に進みそうですね」
「いやぁ、そう簡単にいかないでしょうね」
「先史時代の技術が解明されても簡単ではありませんか?」
「理論を理解できたとしても、物を作る技術がありませんからね」
「あぁ、なるほど……」
百科事典その他の資料を読み解き、理論が分かったとしても、精密機器を作るための技術が無いのだ。
明治時代の日本人が資料を読んでスマホの構造を理解したとしても、半導体や液晶パネルを作る技術が無いみたいな感じだ。
俺も手に入れたスマホを好き勝手に使っているが、再現しろと言われたらお手上げだ。
「俺達が生きている間に、先史時代の生活を再現できますかね?」
「どうでしょう、絶対に無理とは言いませんが、そうとう難しいでしょう。それを実現するためにも、我々は地道に資料を集め、解読するしかありません」
「そうですね、技術に関しては、職人さん達に頑張ってもらいましょう」
新しい地下道が完成することで、従来よりも大量の物品を運び出すことが可能になる。
とは言っても、調査が終わらない事には運び出すことは出来ない。
そこで、新王都、旧王都、それぞれの学院とギルドから、これまでの三倍の人員が投入されるそうだ。
ダンジョンの封鎖が続いたことで、発掘品を取り扱う業者の経営が苦しくなっているので、まずは調査の必要が無い、貴金属、陶器、ガラスなどの製品が重点的に運び出される。
そちらの運び出しが一段落したところで、旧王都の学院がチャリオットの発見したショッピングモールと隣の量販店の調査を担当し、新王都の学院が新たな建物の発掘調査を行う。
チャリオットばかりが潤っていると嫉まれるので、新王都の学院が新たな発掘を担当してくれるのはありがたい。
ダンジョンが封鎖される前、俺たちは発見したショッピングモールの西側から出入りしていたが、再開後は東側から出入りすることになるそうだ。
東側には、当時の立体駐車場があるので、それも物品の搬出に利用する計画だ。
それと、物品の搬出と同時に、そこを地下の拠点として使うらしい。
「ライオス、以前使っていた、旧区画との連絡通路は使わないの?」
「使わないというより、使えないらしい」
「使えない? なんで?」
「封鎖している間に、地下に降りる階段が崩落したらしい」
「じゃあ、向こうからは降りられないんだ」
「昇降機は使って使えないこともないらしいが、新しい地下道ができたら、リスクを冒してまで使う意味が無いだろう」
地上とダンジョンの最下層を結んでいた昇降機は、ロープが切れて落下する恐れや、乗っている最中に魔物に襲われる可能性もある。
安全に通行できる地下道が完成すれば、利用する人もいなくなるだろうし、ギルドとしても運営を続ける意味が無くなる。
「連絡通路は、むしろ危険な魔物を招き入れる原因になりかねないから封鎖するそうだ」
そもそも、旧区画のお宝は掘り尽くした感が強いので、立ち入る必要性が無く、封鎖は妥当だろう。
この日は、それぞれの立場から要望を出し合い、次の会合の予定を決めて解散となった。