休養日
シュレンドル王国第四王子ディオニージ殿下が参加して地下道開通の式典が行われたが、実際にはまだ工事は完成していない。
王族が見に来るそうだから、それじゃあ完成したとアピールしよう……みたいなノリで進められた式典なので、現場の人間からすれば迷惑この上なかったらしい。
地下道が完成すれば発掘作業が再開されるのだが、それはもう少し先の話になりそうだ。
という訳で、この数日働き通しだった俺は、拠点でノンビリさせてもらうことにした。
「うにゅぅ……お布団を干すには良い天気だけど、日向ぼっこには少し暑いにゃ」
雨季を前にした晴天は布団を干すには最適だが、黒猫人の俺にとっては日向は暑いと感じる季節になっている。
という訳で、屋根裏部屋の窓を開け放って、空属性魔法で作ったクッションの上でゴロゴロしよう。
暑くもなく、寒くもなく、心地よい微風が通り抜けていく。
「ねぇ……」
「んにゃ、ミリアム? どうかしたの?」
丸くなってウトウトしていたら、階段を上がってきたミリアムに声を掛けられた。
「モンタルボで地竜を倒した翌日に、他の誰かよりも上に行くには尖るしかないって言ってたの覚えてる?」
「あぁ、そんな話をしたね」
「あたしは、そんなに魔力値は高くないから、鋭く穴を開けるような魔法を使おうと思うんだけど、風の魔法だと上手くいかないんだけど、なんか良い方法ない?」
「えっ、俺は風の魔法は使えないよ」
「そんなの分かってるわよ。でも、あんた普通じゃない発想するじゃない」
「まぁ、普通じゃないのは否定しないけど、鋭く穴を開ける魔法ねぇ……」
半分眠っている状態のところに声を掛けられたので、今ひとつ頭が働かないが、それでも珍しくミリアムが頼ってきたので、少しは力になってやりたい。
「俺が使う空属性魔法とミリアムが使う風属性魔法は全然違うものだけど、似てるところもあるよね?」
「魔法陣で風を起こすところ?」
「いや、そうじゃなくて、目に見えないところ」
「あぁ、確かに……風属性魔法の強みは見えないところだってシューレにも良く言われてる」
「うん、確かに見えないことが強みでもあるんだけど、考え方によっては弱みでもあると思うんだ」
「弱み? 見えないことが?」
「いや、見えないことがじゃなくて、見えない状態を維持しようとすることで威力が限られてしまっていると思うんだ」
「なにそれ、もっと詳しく!」
俺の話に興味を持ったようで、ミリアムはぐっと前のめりに説明を求めてきた。
「空属性魔法で空気を固める場合、単純に固めるんじゃなくて、沢山の空気を集めて圧縮しないと強度が出ないんだ。たぶん、風属性魔法でも、それは同じなんじゃない?」
「そうね、鋭さとか威力を増すためには、風をギュッと集めないといけないから、魔力を余計に消費するわ」
「やっぱり、そういう所は似てるみたいだね。それでね、見えないという利点を捨てるなら、もっと簡単に威力を上げられるんじゃない?」
「えっ、どうやって?」
「例えば、風に砂を混ぜるとか……」
「砂?」
俺が思い浮かべたのは、前世の頃に目にしたサンドブラストだ。
圧縮空気をガラスに吹き付けても傷は付かないが、研磨剤になる砂を混ぜれば、硬いガラスの表面にも傷を入れられる。
均一な粒子の砂なんて簡単には手に入らないだろうが、何でも良いなら砂とか石、土などは簡単に手に入る。
「それだけで威力が上がるの?」
「多分ね。ただ、砂を巻き込んで攻撃魔法を撃てるのか分からないし、どれだけ余計に魔力を消費するのかも分からないし、攻撃が目に見えるようにはなっちゃうよ」
「でも、威力は上がるのよね?」
「実体の薄い風と砂とでは、どっちが硬いかなんて言うまでもないよね」
「確かに……」
ミリアムは、うんうんと頷きながら、どうやったら実現できるか考え始めたようだ。
「唐辛子の粉を風に混ぜて吹き付ければ目潰しになるし、吸い込めば鼻や喉にダメージを与えられるんじゃない」
「練習中に失敗したら酷い目に遭いそう……」
「別に練習は唐辛子じゃなくて、おがくずとかでやれば良いじゃん」
「あっ、それもそうか」
「他には、強いお酒を風に混ぜ込んで吹き付ければ、火属性の魔法を使う相手を自爆させられるかもよ」
「うわぁ、よくそんな悪辣な方法を思いつくわね」
「こっちを殺そうとしてくる相手なら、手加減する必要なんて無いよ」
「そっか、そうよね。やられちゃったら終わりだもんね」
俺が色んなアイデアを思い付くのは、前世で読んだラノベや繰り返していた妄想のおかげだ。
こちらの世界の人にとっては、魔法は当たり前の存在だけに固定観念に囚われがちだ。
風属性だから風に拘るのは当然としても、利用できる物があるなら積極的に使うべきだろう。
ましてや俺達猫人は、他の人種に比べたら体格でも魔力値でもハンデを抱えているのだから。
「ありがとう、参考になったわ」
「いきなり唐辛子とかお酒で練習しないでよね」
「分かってるわよ。砂とかおがくずとか水で始めるわ」
そう言って、ミリアムは鼻歌まじりで階段を下りていったが、五分と経たずに階下から悲鳴が聞こえてきた。
何事が起こったのかと下りてみると、風呂場にびしょ濡れになったミリアムの姿があった。
「何やってんの?」
「うっさいわね、いきなり上手くはいかないわよ」
どうやら、湯船に溜めた水を風に混ぜようとしたら、竜巻で湖の水を巻き上げるみたいに、風呂場中に飛沫が撒き散らされたようだ。
「外でやれば……近所迷惑になるか……」
「もう、こんだけ濡れたらどうでも良くなったわ」
「わっ、ちょと待って……シールド!」
まったく、まだ俺が風呂場にいるのに練習を再開しやがって、あやうくびしょ濡れにされるところだった。
なんて言うか、やる気はあるけど空回りしている感じだ。
「その調子で風呂場の掃除もしておいて」
「うるさい、邪魔!」
「はいはい、お邪魔しました」
しおらしくアドバイスを求めてきたかと思えば、そんな事など無かったかのようにツンツンして……君は猫か、猫だな。
まぁ、風呂場でやってる分には他に迷惑は掛からないだろうから放っておきますかね。
屋根裏部屋に戻って、ゴロゴロしようかと思ったら、階段の途中にシューレが立ち塞がっていた。
「ミリアムに何かした……?」
「何もしてないよ。悲鳴あげてたから、何事かと見に行ってきただけ」
「魔法の練習……?」
「みたいだよ」
「ふーん……ならいいか」
「って、その手付きは何かな?」
ミリアムが大丈夫だと判断したシューレは、俺に狙いを定めて両手をワキワキさせながら階段を下りて来る。
「シールド!」
「くっ、大人しくシールドを解除して抱き枕になりなさい」
「お断りします」
「でも、これじゃあ部屋には戻れないわよ」
「大丈夫、窓開けてあるから、外から回る」
「ズルい!」
「ズルくないよ」
「それなら部屋に先回りする……」
「残念でした、既に上へ行く階段はシールドで封鎖しました」
「ズルい!」
「いやいや、ズルくないからね」
一旦、拠点の外に出て、ステップを使って駆け上がり、開けておいた窓から屋根裏部屋に戻った。
「ふみゃ!」
「おかえり、ニャンゴ」
窓から部屋に入った途端、捕獲されてしまった。
「レイラか……」
「なぁに、あたしじゃ不満なの?」
「いえ、何の不満もございません」
「よろしい」
シューレの魔の手を逃れても、やっぱり抱き枕にされる運命のようだ。
まぁ、ボンクラ王子のお守りに比べたら、遥かに気楽だけどねぇ……。