王族のお守り(後編)
ディオニージ殿下が、ダンジョン新区画へ繋がる地下道の視察をする当日となった。
視察と言っても、歩いて下まで降りる訳ではなく、地上からの往復は魔導車を使う。
大公殿下の話によれば、ディオニージ殿下は魔導車で行けるから地下まで降りるのであって、自分の足で上り下りするならば地下までは降りなかったようだ。
当時、昇降機があったとは言え、一旦トラブルが起これば自分の足で地上まで登らなければならなくなるかもしれないのに、嬉々として見物に訪れたバルドゥーイン殿下とは大違いだ。
それでいて、目立とうという意欲だけは有るらしい。
視察に際して、大公家の屋敷から地下道までは、魔導車の通過するコースが予め民衆に知らされているそうだ。
いくら反貴族派の動きが無くなりつつある状況であっても、警備を行う大公家の騎士団にとっては大きな負担だろう。
それでもディオニージ殿下から、民衆に王族の権威に触れる機会を与えるべきだと主張されたら、大公殿下としても無下には出来ないらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが、国王陛下から不落の二つ名を与えられた俺という訳だ。
ディオニージ殿下が乗るオープンキャビンの魔導車に同乗し、馬車の底面と側面に空属性魔法のシールドを張り巡らせることになっている。
これならば、第一王子のアーネスト殿下が暗殺された時のように、魔導車自体に爆発物が仕掛けられていなければ、余程の事が無い限り守り切れるはずだ。
俺としては、アメリカ大統領の車列みたいに、同じ形の外から内部の様子が見えない魔導車を連ねて、狙いを絞らせないようにしてもらいたいと頼んでみたのだが、即却下されてしまった。
そのような襲撃に怯えるような姿を見せる訳にはいかないというのが表向きの理由らしいが、実際には民衆にちやほやされたいだけなのだろう。
大公殿下が、せめて自分が魔導車に同乗すると提案したが、民衆の目を楽しませたいとか何とか理由を付けられて、却下されてしまった。
拠点で騎士服を着込み、大公家の屋敷に出向くと、大公殿下の執務室へと通され、最終の打ち合わせが行われました。
「今日は、よろしく頼むぞ、エルメール卿」
「アンブロージョ様の期待に応えられるように全力を尽くします」
「うむ、ディオニージ殿下が乗られる魔導車については、怪しい物が取り付けられていないか、何度も点検を行った。出発前には最終的な点検を行う予定だ」
「それならば、魔導車関連は心配要りませんね」
「だとしても、くれぐれも気を抜かずにいてくれ」
「勿論です。視察を終えて屋敷に戻るまで、決して気を抜くつもりはありません」
第一王子のアーネスト殿下が暗殺されてから、まだ二年も経っていないのに、ディオニージ殿下が暗殺されてしまえば、王家の権威が失墜しかねない。
それに、王家と大公家の関係も悪化するだろう。
せっかく新しい地下道が完成しても、政情不安になってしまったら、発掘品の買い取り価格が大幅に下落する可能性だってある。
ディオニージ殿下は、自分が暗殺される可能性なんて考えてもいないようだし、当然、もし暗殺されたら世の中にどれだけの影響を及ぼすかも考えていないだろう。
危機感ほぼゼロの人間を守らなければならないのだから、大変だし影響を考えれば責任重大だ。
「エルメール卿には、大公家から警備依頼料を支払うつもりでいる。竜殺しとなった不落の魔砲使いを扱き使うには足りないかもしれんが、まぁ勘弁してくれ」
「とんでもない、お気遣いいただき感謝いたします」
具体的な金額は提示されなかったが、俺のこれまでの大公家への貢献を考えれば、少ない金額ではないはずだ。
それに、ディオニージ殿下から報酬のほの字も出て来ないのだから、例え少なかろうが報酬を支払ってくれる大公家に文句を言うつもりはない。
大公殿下との最後の打ち合わせを終えたら、いよいよディオニージ殿下の視察のスタートだ。
「エルメール卿、今日はよろしく頼むぞ」
「不落の名に恥じぬように、精一杯務めさせていただきます」
「うむ、期待しておるぞ」
大公家の屋敷から地下道までの道は、既に通行止めになっている。
道幅は馬車が四台並んでも余裕で通れるぐらいあり、その中央を通っていく。
大公家の騎士が先導し、ディオニージ殿下の乗った魔導車の周囲は近衛騎士が守りを固める。
更に俺が空属性魔法のシールドを展開しているので、生半可な襲撃では風さえもディオニージ殿下には届かないだろう。
事前に知らされていたとあって、沿道には黒山の見物人が集まっていた。
その前をディオニージ殿下は姿を晒した状態で進んでいくのだが、ふんぞり返るように腰を下ろし、視線は前方に向けたままで、見物している民衆を見向きもしない。
民衆の目を楽しませたい……とか言っていたらしいが、結局は自分の権威を見せつけたいだけなのだろう。
にこやかに手でも振れば、見物に集まった人達も喜ぶと思うのだが……その程度の人気取りで王位継承の行方が左右されるとも思えないが、俺からアドバイスするのはやめておいた。
ディオニージ殿下からは隣に座れと言われたが、俺は警備のやり易さを理由にして、御者台に腰を下ろしている。
これでも誤解を招きそうだが、隣になんか座ったらディオニージ殿下の派閥に入ったのかと思われかねない。
王位継承争いなんかに巻き込まれるのは真っ平御免だ。
一行は地下道の入り口で一旦馬車を停め、工事に関わった人間にディオニージ殿下が労いの言葉を掛けることになっている。
予定では、工事関係者を紹介した後で、労いの言葉を掛けるはずだったのだが、ディオニージ殿下が紹介を遮って話し始めた。
「皆の者、大儀であった」
ディオニージ殿下は、それだけ言うと、悠然とした足取りで馬車へと戻ってしまった。
この後は、工事の責任者が馬車に同乗して説明を行うはずだったが、それも見れば分ると断ってしまった。
結局、馬車に乗って地下道の一番下まで降り、馬車から降りることもなく地上へと戻り、そのまま大公家の屋敷へ向かってしまった。
結局、あくまでもノイラート辺境伯爵領へ行くための理由でしかなく、地下道の視察については全く興味が無いのだろう。
アーティファクトについても、珍しいオモチャ程度の認識しかなく、例え与えたとしてもすぐに飽きるか壊してしまうのだろう。
バルドゥーイン殿下の実の弟なのに、あまりの差に愕然とさせられてしまう。
もしバルドゥーイン殿下が視察に来たのなら、工事関係者に親しく声を掛けて労をねぎらっていただろう。
地下道の内部に入ったら、同乗した責任者を質問攻めにしていただろう。
王家の下らない仕来りによって、能力のある人間が王位に就けないのであれば、この国の未来は暗く険しいものになるはずだ。
今の国王陛下は、能力もあるし、人の話に耳を傾ける度量がある。
少なくとも、今のディオニージ殿下を王位に就けるような判断は下さないと信じたい。
大公家の屋敷に戻った後、昼食の席でディオニージ殿下から近衛騎士にならないかと誘われたが、ダンジョンの発掘再開を理由にして断った。
俺が派閥入りに興味が無いと分かると、俺への興味もダンジョンへの興味も失い、自分が王位に就いたという想定で、壮大な絵空事を語り始め、どう反応して良いか対処に困らされた。
帰り際、アンブロージョ様からは労いの言葉を掛けてもらったが、ディオニージ殿下は食事を終えると客間へと戻って行き、俺には一言の労いも無かった。
今回の視察の話は王都にも伝わるだろうが、残る二人が自分も視察に行くなどと言いださないことを願うしかない。