王族のお守り(中編)
ディオニージ殿下にとって、ダンジョン新区画に通じる地下道の視察は、ノイラート辺境伯爵領に向かうための口実だったらしい。
ダンジョンが崩落した原因に地竜が絡んでいたことすら失念していたようで、このポンコツを次の王様にしてはいけないと改めて思わされてしまった。
大公家の晩餐は、さすがと言うべき美味しさで、ノイラート辺境伯爵領では食べられなかった高原ミノタウロスのステーキまで堪能できた。
日本で言うなら、A5等級のシャトーブリアンというレベルで、脂と肉の旨味が混然となりながら溶けていく味わいは絶品だった。
それでも王族の前なので、俺としては控えめにうみゃうみゃした……はずだ。
控え目だった……よにゃ。
夕食の後、大公家の屋敷に泊まっていけと言うディオニージ殿下の誘いを断り、明日の打ち合わせをしておきたいと言って拠点に戻った。
今夜は、フカフカのマイお布団で眠るのだ。
拠点のリビングでは、ライオス、セルージョ、ガドの三人が酒を酌み交わしていた。
ノイラート辺境伯爵領から戻り、久々にガドと顔を会わせて情報の擦り合わせをしているようだ。
「ただいま」
「おう、おかえり。王子様のお守りはもういいのか?」
「今日のところはね」
「なんだよ、明日も駆り出されるのかよ」
「セルージョ代わってよ」
「嫌なこった、俺なんかが行ったら、不敬だとか言われて首が飛んじまうよ」
まぁ、一言余計なセルージョじゃ、本当にそうなりかねない。
「ガド、久しぶり。変わりない?」
「ワシは変わりないが、フォークスはまた逞しくなったかもしれんな」
「えっ、兄貴がどうかしたの?」
「王族が視察に来たせいで、完成の式典が前倒しになってな、現場と上の者の間で揉め事が起こりそうになったのじゃが、フォークスが上手く収めたんじゃ」
本来の完成式典は、一週間ほど先の予定だったのだが、ディオニージ殿下が視察に来たために、急遽前倒しになったらしい。
大公家に先触れが来たのが三日前で、とてもじゃないけど完成させられないという現場と、何としても間に合わせろという上役が揉め始めたそうだ。
そこに居合わせた兄貴が、双方の言い分を聞いて、とりあえず天井と路面だけを完成させ、未完成の壁面は式典用の飾りつけで隠すという折衷案で話を収めたらしい。
「俺はニャンゴの名前を使っただけだから……などと謙遜しておったが、なかなかどうして大したものじゃったぞ」
「へぇ、兄貴がねぇ……そう言えば、兄貴は?」
「酔っぱらって、上で寝ておる」
明日の式典の目途が立ったと、打ち上げに連れていかれて飲まされて、良い気分で夢の中らしい。
「明日の式典には、兄貴やガドも参加するの?」
「その予定でおるぞ。今やフォークスは、現場に欠くことのできない人材になっておるからな」
「そっか……そうなんだ」
引っ込み思案で頼りなかった兄貴が、チャリオット以外の人たちからも評価されるようになったのだと実感して、胸の奥がじわっと暖かくなった。
式典に兄貴も参加するとなると、ディオニージ殿下に目を付けられるかもしれないので、ガード出来るように備えておこう。
「ニャンゴ、例の王族はノイラート領へ向かうつもりなのか?」
「大丈夫だよ、ライオス。そのつもりだったみたいだけど、説明に説明を尽くして、なんとか思い留まらせたから」
「その様子では、随分と苦労したみたいだな」
「いや、ホント大変だったんだから、勘弁してもらいたいよ」
ディオニージ殿下を説得した様子を話すと、ライオスたちも揃って呆れていた。
「その調子じゃ、ニャンゴが止めていなかったら間違いなく地竜の穴を掘り返すように命じてたな」
「うん、セルージョの言う通りだと思う。どれ程の被害になっていたか想像するとゾっとするね」
「明日も無理難題を言い出さないように、シッカリ手綱を抑えていろよ」
「無茶言わないでよ。一介の名誉子爵が王族に意見するなんて出来る訳ないじゃん」
いや、その役割は、大公殿下からも暗に期待されていると感じてはいる。
「ボンクラ王子をプチっと殺しちまっても、代わりに自分が王族になりますって言えば許してもらえるだろう」
「そんな訳ないじゃん! 次期国王を巡って絶賛対立中の派閥のトップだよ」
「だから、ニャンゴが次の王様になっちまえよ。そうすりゃ、俺の老後も安泰だろう?」
「セルージョの老後のために王様になったりしないからね。てか、老後の心配をしなくて良いぐらい稼いでるはずだよね。あぁ、お金はあっても人生を共にするパートナーが居ないのか……」
「ぐはっ、うるせぇよ、今はいないだけだ!」
「そうだね、歳をとってから、色仕掛けする女性に騙されて、お金を持ち逃げされて、寂しく死んでいくんだね……」
「やめろよ、笑えねぇよ、想像しちまったじゃねぇか」
「にゃははは……」
まだ飲み続けるという三人をリビングに残して、屋根裏部屋へ上がると、一人でお酒を飲むレイラと寝息を立てている兄貴、それにもう一人タヌキ人の女性がいた。
確か、クーナとかいうタヌキ人の女性は、兄貴を抱え込んで幸せそうな寝顔を浮かべている。
「ただいま、レイラ一人で飲んでるの?」
「おかえりなさい、たまには男だけで飲ませてあげるものよ」
「あの三人は、嫌になるぐらい三人で飲んできたと思うけど……」
「それでもよ」
「そっか……それで、これはどんな状況?」
「見たまんまでしょ」
打ち上げで寝込んでしまった兄貴をガドではなくクーナが運んできて、そのまま一緒に寝てしまったというところだろう。
クーナの幸せそうな寝顔が、全てを物語っているとレイラも言いたいのだろう。
「ガドから聞いたんだけど、兄貴が現場の揉め事を収めたんだって」
「そうだってね、フォークスも頑張ってるのね」
「アツーカ村に居た頃は、俺にだけ口うるさい兄貴だと思ってたんだけどな」
「兄弟なんて、そんなものじゃないの」
「かもね」
騎士服を脱いで皺にならないようにハンガーに掛け、フカフカに仕上げておいたお布団に横になる。
「レイラは、まだ寝ないの?」
「もうちょっとしてからね。先に寝ちゃっていいわよ、明日も王子様のお世話役なんでしょ?」
「やりたくないけどね」
「名誉子爵様は辛いわね」
「貴族の地位とか要らないんだけどなぁ……」
「猫人の地位向上には必要なんじゃない?」
「うにゅう……それはそうなんだけどねぇ、自分よりも年上で、もしかしたら次の国王陛下になるかもしれないって人が、あんな調子だと考えちゃうんだよねぇ……」
フカフカなお布団の上で、ゴロンゴロンと寝返りを打って丸くなる。
それだけでストレスが結構軽減されるけど、明日のことを考えると憂鬱になってくる。
「王子様はノイラート領へ向かって暴走しそうなの?」
「いや、それはもう無いと思う。しつこいぐらい説明したし、被害が出たら王位が遠のくって脅しておいたから」
「じゃあ、明日はそんなに心配すること無いんじゃない?」
「だと良いんだけど、ディオニージ殿下も熊人の近衛騎士も、謎な自信があるのが困っちゃうんだよねぇ」
「地竜なんて怖くない……みたいな?」
「そうそう、地竜なんて簡単に倒せると思ってるみたい」
「地竜に壊された街並みとかは見せなかったの?」
「勿論見せたよ。それでも自信満々だから困るんだよねぇ」
あの無駄な自信は、いったいどこから来るのか。
王族や近衛騎士ゆえの過信だとしたら、この国ちょっとヤバいんじゃない。
「それはもう、一度どこかで体感させるしかないんじゃない?」
「それって、暗に死ねって言ってるようなものだよ」
「でも、過信したままで生きていられるのも迷惑なんじゃない?」
「まぁ、それは否定しないけどねぇ」
レイラに愚痴りながら寝返りを繰り返しているうちに眠気が襲ってきた。
明日のことは、明日の俺に任せて、このままお布団の魔力に沈んでしまおう。





