王族のお守り(前編)
「そうか、エルメール卿に同行してもらえば、地竜も恐れる必要は無いのか?」
「はっ? ディオニージ殿下、今なんと……?」
大公アンブロージョ様にノイラート辺境伯爵領の状況を説明し終えると、すぐさまディオニージ殿下に説明するように求められた。
夕食の時だと、俺はうみゃうみゃに夢中でポンコツになってしまうからだそうだ。
まぁ、否定はしないし、自分でも分かっていたけれど、アンブロージョ様に真顔で言われると、ちょっと凹む……。
それでも地竜の穴を掘り返すリスクの大きさと、得られる物が無い可能性をアーティファクトのスマホも使って一生懸命説明したつもりだ。
それなのに……。
「エルメール卿がいれば、地竜など恐れる必要は無いのだろう?」
俺の方を向いているディオニージ殿下の視界には入っていないのだろうが、アンブロージョ様が頭を抱えている。
ぶっちゃけ、俺も見られていないなら頭を抱えたい……いや、許されるものならディオニージ殿下の頭を張り倒してやりたいぐらいだ。
「とんでもございません、ディオニージ殿下。地竜はそんなに簡単に倒せる相手ではございません」
「エルメール卿は倒したのだろう?」
「それは、周囲にいたノイラート家の騎士や兵士、冒険者たちの協力があってこその話でございます」
「だが、二頭目の地竜の討伐では、死者を出さずに済んだのだろう?」
「たまたま運が良かっただけです。一つ間違えれば、討伐に参加していた者だけでなく、街の者にも多くの犠牲を出していたかもしれません」
いやいやアンブロージョ様、もっと突っ込め……みたいな顔をしていないで、少しは援護して下さい。
「だが、心配は要らぬぞ。我が近衛騎士も、エルメール卿に負けず劣らずの攻撃魔法の使い手だ。二人の協力があれば、地竜など恐れるに足らぬ。そうだな、ブラーガ」
「はい、お任せ下さい、殿下」
屈強な体付きをした熊人の近衛騎士は、当然だとばかりに胸を張ってみせる。
えぇぇぇ……その自信は一体どこから来ているんだよ。
攻撃魔法の使い手って言うけどさ、地竜のまとった土の鎧を貫けるほどの威力があるのかい。
土の鎧のせいでノイラート家の騎士達は、勇者カワードなんてものまででっちあげなきゃいけないほど大苦戦したんだよ。
「どうだ、エルメール卿。我と一緒にノイラート辺境伯爵領に行き、新たなダンジョンの探索を進めようではないか」
「ディオニージ殿下、どうかご再考を願います」
「なぜだ! 未知なる遺跡が確認されているのに、なぜ調査をしない! まさか、クリスティアン兄様から我への協力を止められているのか?」
やっぱり王位継承争いが目的なのか……てか、ノイラート辺境伯爵領から帰ってきたばかりなのに、どこでクリスティアン殿下と接触したって言うんだよ。
「いいえ、クリスティアン殿下からは何の指示も受けておりません。地竜の穴を掘り返すのを反対しているのは、あくまでも私の考えです」
アーティファクトも使って説明をしている間は、上機嫌に話を聞いていたディオニージ殿下だが、俺が協力を拒み続けていると機嫌が悪くなり始め、今では苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
正直、王族の反感を買うぐらいなら、大人しく従っていた方が楽なのだが、今回はノイラート辺境伯爵領の領民の安全を考えると、少々のリスクを負ってでも反発せざるを得ない状況だ。
「なぜだ、エルメール卿。我の近衛も手を貸すし、望み通りの報酬も支払うと言っているのに、いったい何が不満なのだ」
「地竜の穴が豪魔地帯に繋がっているのであれば、姿を現す地竜が一頭で済む保証はございません。もし、私とブラーガ殿が力を合わせて地竜と戦っている間に別の地竜が現れたら、完全に戦力不足に陥ってしまいます」
「そのような、起こるかどうかも分からない危険性ばかり考えていたら何もできんぞ!」
「それでも、もし起こってしまったら、その被害の大きさは甚大なものとなってしまいます」
実際、一頭目の地竜のせいで村一つが壊滅し、モンタルボの街にも大きな被害が出ている。
たった一頭でも強固な城壁を破壊して、家を薙ぎ倒して暴れ回るだけの力が地竜にはあるのだ。
「それに、私もブラーガ殿も、寝ずに戦い続けられる訳ではございません。連戦が続けば疲弊し、戦力は必ず落ちます」
「では、どうあっても我に同行するのは嫌だと申すのだな?」
「いいえ、どうしてもノイラート辺境伯爵領に行き、地竜の穴を掘り返すとおっしゃるのでしたら、私を含めた現状の戦力の少なくとも四倍の戦力を揃えて頂けるならば、検討させていただきます」
「なんだと、今の四倍だと! ふざけたことを申すな!」
「いいえ、地竜を相手に被害を最小限に留めるためには、それでも少ないぐらいです」
「ぐぬぅぅぅ……この臆病者め!」
討伐現場に立ったことすらない王族が、言うに事欠いて俺を臆病者呼ばわりするとは……。
ブチ切れてやろうかと思ったけど、危うく出かかった罵声を何とか飲み込んだ。
「それは臆病にもなります。地竜の穴を掘り返して、もし民衆に大きな被害が出れば、殿下の将来が閉ざされてしまうかもしれないのですから……」
「なっ、なんだと……?」
「私のような元平民の成り上がり者には難しい話は分かりませんが、失策を犯せば王位は遠のいてしまうのではありませんか?」
「うぬぅ、不敬だぞ!」
「申し訳ございません。ですが、クリスティアン殿下もエデュアール殿下も、ディオニージ殿下の失策を待ち望んでいらっしゃるのではありませぬか?」
「それは……」
地竜の穴を掘り返す危険性を伝えるだけでは、それが王位継承争いにどう繋がるのか分かっていないようなので、あえて直接的な言い方をしたのだ。
「だ、だが、クリスティアンが地竜の穴を掘り返したらどうするつもりだ!」
「あり得ません」
「なぜ、そう言い切れる!」
「現状、王位継承順位ではクリスティアン殿下が最上位です。危険を冒す必要などありません」
「では、エデュアールが出し抜こうとするのではないか」
「それも無いでしょう。エデュアール殿下は、わざわざ自分で動いたりしませんよ」
あの天邪鬼で性格最悪のエデュアール殿下が、地道な活動をするとは思えない。
むしろ、他人を動かして、その成果を横取りするイメージがある。
「エデュアール殿下が動かれるとしても、ご本人はノイラート辺境伯爵領まで足を運ばないでしょう。手駒だけを送り込み、成果があれば自分のものとし、失敗は手下の独断で片付ける……違いますか?」
「確かに……エデュアールならば、そうするであろうな」
「これでもまだ、ノイラート辺境伯爵領へ向かわれますか?」
本当は、最初の説明で気付いてもらいたいのだが、ここまで説明を重ねたおかげで、ようやく自分の置かれている状況を理解し始めたようだ。
ディオニージ殿下は、暫し黙り込んだ後で近衛騎士に話を振った。
「ブラーガ、お前はどう思う?」
「私は……地竜に負ける気はございません。ございませんが、今回は自重された方がよろしいかと思います」
「ふむ……無駄足か」
ようやくノイラート辺境伯爵領行きを諦めたようで、ディオニージ殿下もブラーガも意気消沈といった様子だ。
「殿下、無駄足ではございませんよ。ダンジョンの新区画へと通じる地下道がどのような物なのか、実際に足を運ばれて確かめる姿勢が無駄なはずはございません。少なくとも、足を運ばれていらっしゃらない方々よりも、一歩先んじておられるのは確かです」
「そうか……うむ、確かにその通りだな。エルメール卿、明日の視察はよろしく頼むぞ」
「はい、微力ながらお手伝いさせていただきます」
これで明日も、殿下のお守りに駆りだされるのは決定じゃん。
アンブロージョ様、よくやったみたいな顔をしてるなら、美味しいご飯を食べさせてください。





