大公の協力
拠点に戻って、お風呂に入って旅の埃を落とし、騎士服に着替えて、お布団に後ろ髪を引かれる思いを振り切って大公家の屋敷へと向かった。
今回の大公家からの要望は、第四王子ディオニージ殿下がダンジョンの新区画へと通じる地下道を視察する際の解説を頼みたいらしい。
正直、あまり気乗りしないのだが、大公家からの頼みは断れないし、もしディオニージ殿下がノイラート辺境伯爵領行きを画策しているならば牽制しておきたい。
王家の権威に物を言わせて、地竜が出て来た穴を掘り返させる訳にはいかないのだ。
大公家の屋敷を訪れると、すぐさまアンブロージョ様に取り次いでくれた。
「ご無沙汰しております、アンブロージョ様」
「久しいな、ノイラート辺境伯爵領から戻られたか」
「はい、ギルドへの報告を終えて、着替えて来たところです」
「そうか、疲れているところすまなかったな」
「いいえ、ディオニージ殿下がいらしていると聞きましたが」
「うむ、別室で休まれている。明日、地下道の視察をされる予定だ」
「私に解説をするように……という事ですが、それはディオニージ殿下のご要望ですか?」
「いいや、わしの考えだが……迷惑だったかな?」
「いいえ、解説程度であれば、いつでもお引き受けいたします。それに……ノイラート辺境伯爵からの頼みもございますので」
「ほぅ、その頼みとやらを聞かせてもらうことは可能かな?」
「ディオニージ殿下のお耳に入らなければ……」
ニヤっと笑みを浮かべたアンブロージョ様は、どこへともなく右手を挙げてみえると、俺に向かって頷いた。
「アンブロージョ様は、ノイラート辺境伯爵領に地竜が現れた件はご存じでしょうか?」
「うむ、聞き及んでおるぞ。エルメール卿は、その穴の調査に赴かれたと聞いているが」
「おっしゃる通りです。ご存じの通り、旧王都のダンジョンは地竜が現れた後で大規模な崩落を起こしました。我々チャリオットは、ノイラート辺境伯爵領の地竜の穴はダンジョンである可能性が高いと考えて調査に向かったのです」
「新しいダンジョンの可能性があるという噂も聞いている。実際のところはどうだったのだ?」
「結論から申し上げると、地竜の出て来た穴は先史時代の遺跡に繋がっている可能性が高いです」
「おぉ、つまり新しいダンジョンの可能性が高いという事だな?」
「その通りですが……同時に、豪魔地帯へと繋がっている可能性が高いです」
「豪魔地帯だと?」
新しいダンジョンの可能性に言及した時には、瞳を好奇心の光で輝かせていたアンブロージョ様だが、豪魔地帯の話を聞くと表情を引き締めた。
そこで、アーティファクトの地図も活用しながら、位置関係を含めた説明を行った。
「そうか、豪魔地帯か……」
「豪魔地帯には、多くの竜種が暮らしていると聞いています。実際、我々が調査に赴いた後も、地竜やフェルスといった狂暴な魔物が現れました」
ノイラート家の騎士や兵士が穴の入り口で守りを固めていても突破され、地竜に至ってはモンタルボの街まで接近を許していた状況を伝えた。
「地竜が出てきた穴は、先史時代の地下通路へと繋がっていますが、その先に何があるのかまでは確認が出来ていません」
「つまり、竜種が姿を現す危険性は確実に存在するが、その先に価値のある遺跡が存在する保証は無いという訳だな」
「おっしゃる通りです。最初の地竜の襲撃によって、ノイラート家の騎士団は大きな損害を被っており、更なる襲撃が続けば民衆に多大な損害が生じる恐れがあります。そのため、辺境伯爵は地竜の穴を埋める決断をいたしました」
アンブロージョ様はノイラート家の決断を聞くと、二度三度と頷いてみせた。
「うむ、賢明な判断だな。辺境伯爵からの依頼というのは、ディオニージ殿下が地竜の穴を掘り返すように命じるのを牽制してくれというものだな?」
「その通りですが……ディオニージ殿下はノイラート辺境伯爵領に向かわれるのでしょうか?」
「ディオニージ殿下の一行には風変りな幌馬車が混じっていたそうだぞ」
「風変りな幌馬車ですか?」
「エルメール卿は乗った経験があるのではないか」
「えっ、まさかバルドゥーイン殿下が作らせた幌馬車ですか?」
「そのまさかだ」
バルドゥーイン殿下と一緒にグラースト侯爵領へ向かった幌馬車は特注で、幌の内側に鉄板が張られ、魔法や矢の攻撃を防げるように作られていた。
同時に、野営になった場合でも、ゆったりと休めるように作られている。
「ここまで来るだけならば、あんな馬車は必要ないですよね」
「ノイラート辺境伯爵領まで行くつもりなのだろう」
「ただ見物するだけで満足されるでしょうか?」
「無理だな」
「にゃぁぁぁ……」
アンブロージョ様に断言されて、思わず頭を抱えてしまった。
「まだ王太子は選定されないのでしょうか」
「ワシが知る限りでは、まだだな」
「やはり国王陛下は、三人のうちの誰にするのか迷っているのでしょうか」
「そうだと思うが、そうでないかもしれないな」
「それって、まさか……」
「王位継承に関わる話は、軽率にする訳にはいかぬよ」
「そうですね、失礼しました」
国王陛下には、三人から選ぶのではなく、慣例を破ってでもバルドゥーイン殿下を指名してもらいたいのだが、そう簡単にはいかないのだろう。
「アンブロージョ様、ノイラート辺境伯爵に頼まれたのも確かなのですが、地竜の穴を掘り返すのは余りにもリスクが高すぎます。その点をディオニージ殿下にお伝えするつもりなのですが、協力していただけますか」
「言うまでもない。民衆の不利益になる事を王族が強制するなどあってはならぬからな」
アンブロージョ様は二つ返事で協力を了承してくれた。
「やはり、竜種による危険が確実である事、危険を冒しても実績を得られる可能性が低い事、そして失敗すれば王位継承に関して致命的である事を良く理解してもらうとしよう」
「それで止まってくれるでしょうか?」
「それで止まらぬようならば、王の器ではないとワシは判断すると本人に伝えよう」
大公殿下から王太子候補落第と言われたら、その影響は計り知れない。
どこの派閥に属しているのか分からないが、敵対する派閥の者でもアンブロージョ様の評価には一目置くだろう。
「ありがとうございます。正直、ノイラート領へトンボ返りするのは面倒だと感じていたので、助かります」
「なぁに、シュレンドル王国貴族として当然の事をするだけだよ」
ここまでアンブロージョ様が協力してくれるならば、ディオニージ殿下がノイラート辺境伯爵領へ向かう可能性は殆ど無いだろう。
問題は、残る二人の王太子候補がどう動くかだ。
特に、俺様王子のエデュアール殿下がどう動くか全く予想が出来ない。
いや、本命視されているクリスティアン殿下だって、何を考えているのか分からない。
そう考えると、あれこれ悩んだところで、俺なんかでは事前に解決するなんて無理だ。
よほどの幸運に恵まれない限り、王族の暴走を名誉子爵が止められるはずがないのだ。
「ところでエルメール卿、二頭目の地竜はどうやって討伐されたのだ?」
「二頭目は、私が魔法で討伐しました」
「エルメール卿、一人でか?」
「いえいえ、多くの兵士や冒険者が討伐に参加していました」
「それでも止めを刺したのはエルメール卿なんだね」
「はい、私が止めを刺しました」
「それでは、本物の竜殺しだな。いや、大したものだ」
「たまたま、地竜とは相性が良かっただけですよ」
「そのように言える者が何人いるか、ますます陛下に目をかけられるようになるだろうな」
「それは……なんとか避けられませんかね」
「無理だろう、有能な人間の宿命だと思いたまえ」
ディオニージ殿下の件は何とかなりそうだが、竜殺しとして注目を浴びるのは避けられそうもないようだ。