比べられる王族
※ 今回は第四王子ディオニージ目線の話になります。
兄バルドゥーインは、弟の私の目から見ても優秀な王族だ。
学業においても、剣術の才能でも、王族としての立ち居振舞いでも、周囲の者への気遣いでも、子供の頃から秀でていた。
時折みせるやんちゃな一面も、兄の魅力を引き立たせるエッセンスとなっている。
そんなバルドゥーイン兄様と行動を共にしていると、度々耳にする言葉がある。
「あぁ、バルドゥーイン様が獅子人であったなら……」
我がシュレンドル王国では、慣例として国王となる者は獅子人の王子から選ばれる。
これは、遠い昔に王以外の男との間に授かった子供を王位に就けようとした妃がいたからだという話を聞いたが、正確な所は分かっていない。
白虎人のバルドゥーイン兄様は、どんなに有能であろうとも獅子人ではないために国王にはなれない。
もし、バルドゥーイン兄様が獅子人であったなら、アーネスト兄様が存命だったとしても国王の座に就いていただろう。
アーネスト兄様が殺害された今ならば、すでに王太子に任じられていたはずだ。
「本当に、バルドゥーイン様が獅子人であらせられたら……」
それは、バルドゥーイン兄様の才を惜しむ言葉であると同時に、私の才能に失望する言葉でもある。
同じ父と母の間に獅子人として生まれた私の才能が、バルドゥーイン兄様に匹敵するものであったなら、誰も兄様の才を惜しんだりしないだろう。
実際、私の才能がバルドゥーイン兄様に比べると見劣りすることは、私自身が一番良く分かっている。
勉学においても、剣の才能においても、私の素質はバルドゥーイン兄様の足元にも及ばない。
別に怠けている訳ではない、私自身は一生懸命に努力しているつもりだが、集中力を持続できないのだ。
例えば、バルドゥーイン兄様は本を読み始めると、周囲が見えなくなるほど没頭し、食事を取ることさえも忘れてしまう事がある。
それに比べて、私は文字の羅列を見るだけで眠気に襲われ、本の中身を理解できないばかりか、一冊読み終えられた事すらない。
私は自分が全くの無能だとは思っていないが、バルドゥーイン兄様の才能が眩しすぎるのだ。
アーネスト兄様が殺害され、バルドゥーイン兄様の才能を惜しむ声は更に大きくなっていった。
「バルドゥーイン殿下が獅子人であったなら……」
その言葉は、私だけでなく第三王子クリスティアン、第五王子エデュアールの才能や振る舞いに失望する声でもある。
現在、シュレンドル王国の次期国王と目されているのは、クリスティアン、エデュアール、そして私の三人だ。
正直なところ、私を含めた三人の資質は大差無いと感じている。
バルドゥーイン兄様にくらべれば、クリスティアンもエデュアールも凡庸そのものだ。
王家の慣習に邪魔されてバルドゥーイン兄様が王位に就けないのに、その才能の足元にも及ばない者達が王となって良いはずがない。
許されるとするならば、バルドゥーイン兄様と同じ母をもつ私が傀儡の王となることだろう。
私ならバルドゥーイン兄様と手を携えて、シュレンドル王国を明るい未来へと導けるはずだ。
そのためには、三人横並びの状態から抜け出す必要がある。
私は王に相応しいと思われる実績を残し、周囲の者から認められなければならない。
王に相応しい実績とは何かと考えた時に、真っ先に頭に浮かぶ一人の猫人がいる。
ニャンゴ・エルメール名誉子爵は異例づくしの男だ。
北の端の片田舎に生まれ育ったという男は、類稀なる魔法の才能をもって妹エルメリーヌや貴族の子息を襲撃から救い、枯渇したと思われたダンジョンで新たな区画を発見した。
再度、王都の『巣立ちの儀』を襲撃しようとした反貴族派を探し出し、バルドゥーイン兄様と共に民を虐げていたグラースト侯爵を摘発した。
その手腕と国への貢献度は、並みいる貴族の中でも群を抜いている。
ニャンゴ・エルメールを近衛騎士として囲い込めなかったのは残念だが、私が王としての実績を残すための指針にはなってくれた。
そして、私の下へ一つの報告が舞い込んで来た。
ノイラート辺境伯爵領で新たなダンジョンが見つかったらしい。
地竜が出て来た穴を調査したところ、明らかに人の手で作られた構造物が確認できたそうだ。
地竜とダンジョンには、密接な関係があると私は睨んでいる。
旧王都地下のダンジョンにも地竜が現れ、それが原因となって現在は発掘作業が中断している。
地竜が出て来た新たなダンジョンには、大きな可能性が秘められているはずだが、ノイラート辺境伯爵領は村や町の損害復興に人員を奪われ、探索を進められずにいるらしい。
今こそ、未来の王である私が、近衛騎士の戦力を持って探索を進め、新たな先史時代の遺産を発見すべき時であろう。
ただし、それを成すにはいくつか乗り越えなければならない壁がある。
一つはクリスティアンとエデュアールを出し抜く事、もう一つは王族の遠出が禁じられている事だ。
我々王族は、王都から離れた領地まで足を運ぶことは滅多に無い。
王族に会いたくば、自ら足を運ぶのが当然だからだ。
私も、旧王都やレトバーネス公爵領には足を運んだ経験があるが、その先は未知の土地だ。
ただし、バルドゥーイン兄様が隠密裏にグラースト侯爵の摘発を行ったように、抜け道は存在しているはずだ。
「ブラーガ、父上やバルドゥーイン兄様にバレずに、クリスティアンやエデュアールを出し抜いてノイラート辺境伯爵領に行きたい。早急に方策を考えてくれ」
「かしこまりました」
「金を惜しむな、時間を惜しめ」
「はっ!」
この数年で、己の才には限界があると悟った私は、一つの策に辿り着いた。
自分に出来ないことは、他人に任せてしまえば良い。
王である父でさえも、全ての政策を己で考え、実行している訳ではない。
王たる者の仕事とは、有能な者に仕事を任せ、必要な決断を下すことだ。
ブラーガが考えだした策は、完成間近だという旧王都の新しい地下道の視察を口実として王城を出立し、その後に行き先をノイラート辺境伯爵領へ変更するというものだった。
旧王都までの道中には、王国騎士団からも護衛が付くし、戦時ではないので、金さえ持っていれば食料などはいくらでも手に入る。
「このような事もあろうかと思い、バルドゥーイン殿下がグラースト領へ向かわれる時につかった馬車を持ち出せるようにしておきました」
「でかしたぞ、ブラーガ。この度のノイラート辺境伯爵領行きが成功すれば、我は王位に大きく近づく。そのためならば、野営も辞さない覚悟はできている」
「はっ! 必ずや新たなダンジョンにて未知なるアーティファクトを見つけてみせます」
ブラーガを筆頭とした近衛騎士の貢献によって、ノイラート辺境伯爵領へ向かう準備は着々と整いつつある。
ただし、クリスティアンやエデュアールの陣営も動きを見せているらしいので油断は出来ない。
エデュアールは、口先だけで自ら動く可能性は低いとみているが、問題はクリスティアンだ。
アーネスト兄様が存命の頃から王位を目指すと公言していただけあって、意欲だけは評価に値する。
エルメール卿がアーティファクトを披露した時も、金だけでなく王都の貴族街に屋敷を用意するとまで言い放った。
今回も金に糸目を付けずに、私を出し抜くつもりだろう。
「準備を急げ、ブラーガ。クリスティアンに後れをとることは許さぬ」
「はっ! 明日には準備を終え、明後日には出立出来るはずです」
「ブラーガ、頼りにしているぞ」
「はっ! お任せ下さい!」
ドンと胸を拳で叩いて準備に戻るブラーガを見送った後、ノイラート辺境伯爵領のダンジョンに思いをはせる。
「漂流船に積まれていたような未知のゴーレムを発見して凱旋すれば、私の王位継承は揺るがないものとなるであろう……」
今にも私を出迎える王都の民の歓声が聞こえてくるようだ。





