双子の王族
「ふはははは!」
王城の一室で近衛騎士からの報告書を受けとったエデュアールは、上機嫌な笑い声を上げた。
「まぁ、随分とご機嫌ですね、お兄様」
ノックもせずにドアを開けて姿を見せたのは、エデュアールの妹セレスティーヌだ。
二人は、いわゆる二卵性の双生児で、金髪やエメラルドグリーンの瞳だけでなく、顔つきや性格も良く似ている。
「見ろ、セレス。ノイラート辺境伯爵は地竜の穴を埋め戻したそうだぞ」
「まぁまぁ、それではクリスやディオの支度は無駄になってしまうのですね」
「いいや、奴らにはノイラート領まで足を運んでもらわねばならぬ」
「お宝が眠っている……かもしれない穴が、埋められてしまったのに?」
「そうだ……いいや、違うな。あそこに宝など眠っておらぬだろう」
ノイラート辺境伯爵領で、新たなダンジョンが発見されたという知らせは、瞬く間に王族の間で共有された。
同時に、新たなダンジョンで大きな発見をすれば、王位継承争いを優位に進められるという認識が、一部の王族の間に広まった。
この考えを広めたのは、エデュアールだ。
平民出の猫人ごときがダンジョンの新区画を発見できるなら、王族がそれを超える発見をしてもおかしくない。
むしろ、次の王を決めるための試練に他ならない。
などという噂を流しながらも、エデュアール自身はノイラート辺境伯爵領に行くための準備を進めている振りしかしていない。
エデュアールは、新しいダンジョン発見の話を聞いた時に、一つの博打を打つことにした。
それは、新しいダンジョンを発見しても、お宝が見つからない方に賭けた。
いずれは見つかるかもしれないが、簡単には見つからない、もしくはお宝を見つけても掛かった費用の方が高額になると予想したのだ。
予想の根拠は何も無かったが、自分と同様に発掘調査に関してはド素人な兄二人が簡単に実績を上げられるとは思えなかった。
むしろ、余計な口出しをして調査の足を引っ張るだけだろうと見込みを付けた。
つまり、第三王子クリスティアンと第四王子ディオニージが自滅するように誘導したのだ。
「いいかい、セレス。準備をしただけで出発を取り止めてしまったら、奴らは状況に応じて計画を中止できる判断力があると思われてしまうんだよ」
「でも、そんな判断は取り巻きがやってるんでしょ?」
「まぁ、そうだが、それでも世間は名も知らぬ取り巻きではなく、名の知れた王子の功績だと思うのだよ」
「だから、現地まで行かせる必要があるのね」
「その通りだ」
エデュアールは、セレスティーヌとの話を一旦打ち切ると、報告を持ってきた近衛騎士に指示を出した。
「ヴァーリン、奴らがノイラート領まで行くように扇動しろ」
「どのような内容にいたしますか?」
「そうだな……埋めた穴など、ノイラート家に掘らせれば良いとか……難局を打開して成果を上げれば、更に評価が高まるとか……だな」
「それで、乗ってきますでしょうか?」
「乗ってくるように。互いの陣営が出し抜こうと画策していると思わせろ」
「かしこまりました」
近衛騎士のヴァーリンは一礼して立ち去ろうとしたが、セレスティーヌに呼び止められた。
「お待ちなさい。エディ、ノイラート辺境伯爵が地竜の穴を埋めさせたのは、地竜やそれ以外の強力な魔物が頻繁に現れたからと書かれているわ」
「そうだな、奴らのどちらか、出来れば二人とも死んでくれれば有難いのだが……」
「地竜が頻繁に現れるような場所に、ディオは出向かないでしょ」
「ふむ、それもそうだな」
第二王子バルドゥーインを兄に持つディオニージは、気の弱い一面を持っている。
兄のバルドゥーインはダンジョンやグラースト侯爵領などへ身軽に出掛けて行くが、ディオニージが城から出るのは学校への行き帰りや王室の行事程度だ。
第一王子アーネストが暗殺されてからは、より一層その傾向が強まっている。
「ふん、腰抜けが、余計な面倒を掛けさせやがって……」
「ディオが尻込みするなら、近衛を煽れば良いんじゃない?」
「ほぅ、それは良い考えだ。ヴァーリン、ディオニージの近衛を焚き付けろ。地竜程度から主人を守れないなら、近衛をやってる意味が無い……とでも焚き付けろ」
「かしこまりました」
再び一礼したヴァーリンを今度はセレスティーヌも引き留めずに見送った。
「お兄様は、点数稼ぎはしなくてもよろしいの?」
「必要とあらばするさ。だが、ダンジョン絡みでは動かぬ」
「どうしてですの?」
「中途半端な功績を上げたところで、猫にも劣ると言われるだけだ」
「まぁ、そうでしょうね」
「ふん……」
面白くなさそうに鼻を鳴らしたエデュアールを見て、セレスティーヌは苦笑いを浮かべた。
名誉子爵となった猫人と競い合うのは馬鹿らしいと思いつつ、本気で競っても勝てないと自覚しているが故にエデュアールが不機嫌になっていると、セレスティーヌは理解している。
「あの猫は手に入れませんの?」
「無理だな……父の不興を買うだけだ」
競い合っても勝てないならば、囲い込んでしまえば良いのだが、現国王である父が囲い込むのに躍起になっている。
下手に手出しをして、他国に逃げられようものなら、王位を継承するどころか廃嫡されかねない。
「あれは国として囲い込んで利用する物だ。我欲を出せば身を亡ぼすことになる」
「クリスとディオは、分かっているのかしら?」
「さぁな、強引に囲い込もうとして自滅しようが、俺の知ったこっちゃない」
「そうだけど、国から逃げられるのは防いだ方が良くなくて?」
「手立てがあるならな」
エデュアールは、猫人の名誉子爵を名誉騎士になった時点で囲い込もうとしたが、逃げられた上に父である国王から小言を貰う羽目になった。
その時点では、後にダンジョンで大きな発見をするなどと思ってもいなかった。
「クリスやディオが断られたと聞いていたから、王家への敬意の示し方を教えてやろうとしたのだが、あれは悪手だったな」
「まぁ、お兄様でも反省することがあるのですね」
「何を言うか、我ほど謙虚な王族はおらぬだろう」
「そう思われているのは、お兄様だけだと思いますよ」
「ふん、何とでも言え」
妹から散々な評価を受けても、エデュアールは気にした様子は無い。
「お兄様は、本気で王位を継ぐおつもりですか?」
「別に、何がなんでも国王になりたい訳ではない」
「では、何故王位を目指すと宣言なさったのですの?」
「決まっている。我よりも無能な者が王になるのが気に入らぬだけだ」
「クリスとディオは駄目?」
「勿論だ」
「バル兄様は?」
「本人が座るなら良いが、ディオを傀儡にするなら駄目だ」
エデュアールはバルドゥーインの資質は認めているが、それが自身が国王になることではなく、弟であるディオニージを国王にすることに使われていることに不満を抱いている。
「ファビアンは?」
「当人にやる気が無かろう」
「結局、自分がなりたいだけじゃありませんか」
「そうではない、我は選ばれるべくして選ばれるだけだ」
そこで言葉を切ったエデュアールは天井を見上げ、ニンマリと笑みを浮かべて言い放った。
「我は有能だからな」
満足げな笑みを浮かべるエデュアールを横目で眺めつつ、セレスティーヌは小さく溜息をついた。





