フェルス尽くし
モンタルボの街に、夕方の鐘が鳴り響く。
夕方の鐘の音を聞くと、人々は一日の仕事を終えて家路につく。
買い取りを終えた冒険者たちが、酒場へ繰り出して気勢を上げる時間でもある。
「よし、そろそろ出掛けるか」
ライオスの一言で、俺達チャリオットはギルドの裏手に止めた宿舎代わりの馬車を出て、街の酒場へと向かう。
ギルドの職員から紹介された店で、料理も酒も美味いと最近評判の店らしい。
「ちゃんと、フェルスの肉は届いてるのかな?」
「ギルドの職員は大丈夫だって言ってたぞ」
今夜のお目当ては、地竜が出てきた穴を見物しに行った時に倒した、巨大な鳥の魔物フェルスの肉だ。
警備をしていた兵士の体格でも、仰ぎ見るほど大きな魔物で、解体するだけでも大仕事だったらしい。
ライオスが聞いた話だと、モンタルボの殆どの食堂や酒場にフェルスの肉が提供されているそうだ。
「ただ、皮は防具の材料に出来るほど分厚くて、食用には向いていないって話だ」
前世の地球でも、ダチョウの革は財布や鞄の材料として使われていた。
フェルスほどの大きさならば、防具に使われてもおかしくないだろう。
「おぅ、ここだ……」
ギルドから紹介された酒場は、歩いて十分ほどの場所にあった。
「うわぁ、もうちょっとで地竜に突っ込まれるところだったみたいだね」
「亭主の運は良さそうだな。あとは料理の腕前か」
酒場の隣の建物は、地竜に削られて半壊している。
地竜の通ったコースがあと少しずれていたら、紹介された酒場も踏み潰されていただろう。
セルージョの言う通り、店主は相当な強運の持ち主なのだろう。
「いらっしゃいませ!」
店の戸を開けると、ウサギ人の女性が元気よく出迎えてくれた。
ウサギ人だから、天然のウサ耳の持ち主だが、バニーガールのような際どい衣装ではなく、普通のウエイトレスさんという感じだ。
猫人と同様に小柄な体格だが、体毛の生え具合は普通の人に近い。
小柄だから、幼く見られがちだが、酒場で働いているのだから実年齢は……おっと睨まれたぞ。
ウサギ人の女性は小柄故に、合法ロリとか、合法ロリ巨乳とか、その手の紳士の方々からは高い支持をうけている。
ちなみに、合法ショタとしてウサギ人の男性を飼う富裕層の女性もいるらしい。
「ギルドを通じて予約しているチャリオットだ」
「はい、伺ってます。あの……エルメール卿もいらしてらっしゃるのでしょうか?」
「あぁ、レイラに抱えられているのがニャンゴだ」
「どうも……」
「わっ、わっ……本物だぁ」
ウサギ人のお姉さんが黄色い声を上げたので、店に居合わせた人達の視線が一斉に俺に向けられた。
「あれが竜殺しなのか?」
「ブレスまで防いだって話だぞ」
「不落の魔砲使い……」
「ただのニャンコロにしか見えねぇぞ……」
恐れ、羨望、値踏み、嫉妬……色んな感情が籠った囁きが聞こえた後で、なぜだか拍手が起こった。
「ありがとう、あんたが居なかったら、また街が潰されていた。感謝する」
名も知らぬ犬人の中年男性が立ち上がって深々と頭を下げると、拍手のボルテージが一段と上がった。
「ど、どうも……」
こういう時、パリピだったら、うぇ~い……みたいな反応するのかもしれないけど、前世オタボッチだった俺は、どう返して良いのか分からなくなってしまう。
討伐の直後は興奮しているからニャーニャー叫んでいるけど、一旦落ち着いてしまうと上手く対応できないんだよねぇ。
店の一番奥の大きなテーブルに通され、全員にカップが行き渡ったところで、店全体で乾杯となった。
勿論、店のお客さん全員に、一杯おごらせてもらった。
そして、待ちに待ったフェルス尽くしの料理が運ばれてきた。
「最初は、冷製です」
最初の一皿は、蒸した胸肉や腸の細切りをワインビネガーで和えたものだった。
「うんみゃ! 胸肉はホロホロとほどけて、腸はコリコリで、うみゃ!」
フェルスの肉は味わいが深く濃厚だが、ビネガーで和えてあるから後味がスッキリする。
「こちら、腸詰になります。こちらが腎臓、こちらが肝臓です」
二品目は、内臓を使った腸詰だった。
「うんみゃ! レバー濃厚!」
「腎臓も、プリっとしてて美味しいわよ」
肝臓はペースト状にして、腎臓は粗く刻んでいるので食感も異なっていて面白い。
しっかり火が通っているのだが、それでも心なしか体の中で魔素が蠢く感じがする。
あれだけ大きな魔物になると、生の心臓以外でも影響が出るのかもしれない。
「こちら、首の肉を使ったスープです」
普通の鶏ならば、首の肉は削ぎ落さないと食べられないが、フェルスほどの大きさになると、首の筋肉も分厚く、普通の肉と同じように使われるらしい。
「うんみゃ! 胸肉とは違うシッカリした歯ごたえで、うみゃ!」
味わいも、良く動く部位だからか、更に濃厚な気がする。
スープにしても、味が抜けてパサパサになったりせず、しっとりしている。
「こちら、モモ肉のグリルです」
メインの一品は、モモ肉の串焼きだった。
普通の鶏だと片手で持って食べられる大きさだが、フェルスのモモ肉は人間二人分以上の重量があるはずだ。
なので、十センチ程度の大きさに切り分けて、金串に刺して焼いてある。
味付けは、モンタルボの近くで栽培されている、柑橘系の果実のソースだ。
「うんみゃ! モモ肉のどっしりした味わいと甘酸っぱいソースがマッチして、うんみゃ!」
あれだけの体格を支えている足の肉だけあって歯ごたえがあるが、最初に外を高温で焼き固めた後、低温でじっくりと火を通したらしく硬くはない。
そして、噛みしめるごとに濃厚な肉のエキスが口一杯に広がっていく。
「うんみゃみゃ……にゃみゃっ……にゃうみゃ……」
「そんなに、がっついて食べなくても誰も取らないわよ」
「分かってるけど、止まらないんだよ」
レイラに呆れられたとしても、咀嚼する楽しさを止められない。
「こちらは手羽の揚げ焼きでーす」
「にゃにゃ? 唐揚げ?」
続いて出て来た一品は、綺麗にカットされた唐揚げという感じだった。
店員さんの説明によれば、ハーブと塩を混ぜた粉をはたいた手羽の肉を油多めの鍋で焼いたものらしい。
「うんみゃぁぁぁ! 何これ、外サックサクで中トッロトロにゃぁぁぁ!」
フェルスは、いわゆる飛べない鳥の魔物で、その羽は鶏などよりも退化していて、殆ど動かすことも無いようだ。
そのため、肉が柔らかく、脂ものっている。
その脂の旨味が流れ出さないように、粉を叩いて揚げ焼きにしてあるらしい。
モモ肉と違って、噛まなくても溶けてしまう霜降り肉ような肉質で、味わいは凄く上品な鶏という感じだ。
「これは美味しいわね」
「サクサク、トロトロ……もう無くなっちゃった」
フェルスの手羽は、体格の割には小さく、味が良いので希少らしい。
この店には、俺達が立ち寄るという知らせと共に、ギルドから融通されたそうだ。
残りの手羽は、領主であるノイラート辺境伯爵家に献上される分を除いて、かなりの高値で取引されたようだ。
チャリオットにもその恩恵はもたらされるらしい。
「いらっしゃいませ!」
「失礼、こちらにエルメール卿がいらしゃると聞いたのだが……」
フェルス尽くしを堪能していると、ノイラート家の騎士が酒場に現れた。
騎士は緊張した面持ちで、俺達のテーブルに歩み寄って来て、ビシっと敬礼してみせた。
「お楽しみのところ大変失礼いたします」
ノイラート家の騎士の用件は、帰り道で領都テリコを通る際には、居城に立ち寄って欲しいという伝言だった。
名誉子爵から見れば上位の貴族である辺境伯爵からお誘いなので、無下に断る訳にもいかない。
ライオスに視線をむけると頷き返してきたので、立ち寄らせてもらうと返答した。
フェルスに地竜、厄介な魔物を片付けたんだから、難癖をつけられたりはしないと思うのだけど……。
ちょっとだけ不安を感じてしまった。