お預け
地竜は無事に討伐できたけど、フェルスを討伐した打ち上げの途中で飛び出してきたので、お腹が空いてしまっている。
それに、猫人の俺としては、そろそろお眠の時間だ。
眠いんだけど、小腹も空いているし、ギルドの酒場も閉店時間になりそうだし、馬車に戻って何か食べてから眠りたい。
「ニャンゴ、先に馬車に戻っていていいぞ」
ライオスが、地竜の権利云々は片付けてくれるそうなので、お任せして先に馬車に戻ることにした。
「頼んじゃっていいの?」
「俺は討伐の役に立ってないからな」
放出系の魔法が不得手なライオスは、結局本当に見物しただけで終わってしまった。
「じゃあ、私も役に立ってないから名誉子爵様をお運びするわ」
水属性のレイラも討伐には参加できていないので……という理由は建前っぽいが、いつものように俺を抱えて城壁の階段へと向かう。
「あれが、不落の魔砲使いか……」
「単独での地竜撃破なんて伝説級だろう……」
「くっそぅ、いい女つれてやがんなぁ……」
いつの間にか、ミリアムを抱えたシューレも横にいるけど、二人も俺の愛人とでも思われてるんだろうか。
シューレはドヤ顔してるけど、ミリアムは迷惑そうな顔してるよねぇ。
城壁からは、東門の階段を使って地上に降りようとしたのだが、その前に北門の方から慌てた様子で走ってくる兵士の姿が目に入った。
駆け寄ってきた兵士は、東門の上から地上にいる兵士に指示を出していた騎士団長を見つけると、大声で呼び掛けた。
「騎士団長! 騎士団長、大変です!」
「何事だ!」
「地竜の穴を見張っていた兵士が戻って来て、地竜の後にレッサードラゴンの群れが出てきて、地上に散っていったと申しております!」
「何だと! 戻って来た兵士は、今どこに居る?」
「北門です!」
「よし、すぐ戻る!」
騎士団長は呼びに来た兵士と共に、北門を目指して走り去って行った。
それまで城壁の上は地竜討伐に沸いていたが、レッサードラゴンの話を聞いて空気が重たくなった。
「でも、レッサードラゴン程度だったら、俺は居なくても大丈夫だよね?」
「どうかしら、数次第ね」
確かにレイラが言う通り、一頭二頭ならレッサードラゴンは脅威という程強力ではないが、五十頭、百頭と数が増えれば当然脅威度も上がる。
「まだ起きてないと駄目そうかな?」
「んー……大丈夫じゃない? 駄目なら探しに来るでしょ」
「そうだね。てか、ふわぁぁぁ……起きていられにゃい……」
「馬車まで運んであげるから、眠っていていいわよ」
「うん、そうする……」
地竜は無理だとしても、レッサードラゴン程度はノイラート騎士団で何とかしてもらいたい。
例え、無理だったとしても、これだけの冒険者がいるなら大丈夫だろう。
うつらうつらしながら、レイラに馬車まで運んでもらい、辿り着いたら空属性魔法でマットを作ってレイラと横になる。
明日は、フェルスと地竜尽くしのうみゃうみゃ大会が開催されるはずだ。
小腹が空いているのは、我慢して眠ることにした。
翌朝、お腹が空いて目が覚めてしまった。
レイラも目覚めていたのは、俺が寝ぼけて踏み踏みしたせいらしい。
うん、それもまた空腹なのがいけないのだ。
セルージョとライオスは、まだ起きてきそうもないので、シューレたちと一緒にギルドの酒場に行ってみた。
ギルドの酒場は、依頼前に腹ごしらえをする冒険者向けに、手頃な価格で朝食を提供している。
モンタルボのギルドも例外ではなく、朝の営業をしていた。
「見ろよ、エルメール卿だ」
「地竜殺し……まさかレッサー狩りに行くのか?」
「ボヤボヤしてると、みんな持っていかれちまうぞ」
「やべぇ、さっさと食って出掛けるぞ」
酒場に居た冒険者は、俺達がレッサードラゴンを狩りに行くと思っているようだ。
勿論、そんなつもりは全く無くて、単純にお腹が空いているだけだ。
「なんか、人の噂って面白いね」
「そうね、でも彼らにしてみれば、強力な商売敵が現れたと思うのも当然じゃないの?」
「そうそう、あれだけの実力を見せつければ……」
「自覚無さすぎ」
シューレとミリアムの言う通り、地竜退治をやってのければ、レッサードラゴン程度は簡単に倒してしまうと思われるのも当然なのだろう。
まぁ、レッサードラゴン程度なら、実際倒せてしまうしね。
「結局、レッサードラゴンは何頭ぐらい出て来たんだろう?」
「さぁ、聞いていれば分かるんじゃない?」
レイラが聞いていれば……と言うのは、周りの冒険者達の話のことだ。
だが、冒険者達の話に聞き耳を立てていても、レッサードラゴンの数は分からなかった。
そもそも、知らせに来た兵士も群れの規模を把握していないらしい。
レッサードラゴンは、旧王都のダンジョンにも現れる魔物で、体長は尻尾も入れて三メートル程度。
二本足で立っている頭の高さは、一般的な成人男性と同じか少し高い程度だ。
ダンジョンで遭遇する時も、単独ではなく複数で行動している事が多いので、群れで行動する習性があるのだろう。
「でもさ、ダンジョンのレッサードラゴンって、群れていても十頭以下じゃない。昨日現れた群れも、そんなに大きな群れではないんじゃない?」
「どうなのかしらね。フェルスとか地竜が出て来る穴だし、豪魔地帯に繋がっているんでしょ? もっと大きな群れだとしても不思議じゃないわね」
「そっか、ダンジョンとは環境が違うもんね」
レッサードラゴンは肉食……というよりも雑食のようだが、フェルスとか地竜から見れば捕食対象だろう。
通常、食物連鎖の上位になるほど、群れの規模は小さくなるものだ。
レッサードラゴンが、どの程度の位置付けになるのか分からないが、意外に大きな群れである可能性も否定できない。
「モンタルボやテリコは城壁があるから大丈夫……でも、小さな村は危ない……」
シューレが言うように、レッサードラゴンが城壁を超えて侵入してくる可能性は低いが、城壁の無い小さな村では住民が襲われる可能性がある。
「みんな、周辺の村に行くみたいよ」
ミリアムの言う通り、冒険者達は周辺の村へ行く相談をしている。
どうやら、レッサードラゴンの群れが出て来たので、緊急の討伐依頼が出されたようだ。
「うちはどうするのかな?」
「ライオス達が起きてからだけど、たぶん行かないでしょ」
「私も行かないと思う……」
「下手に出掛けると、フェルス食べそこなうわよ」
そもそも、俺達はノイラート辺境伯爵領のギルドに所属してる訳ではない。
地竜の穴に関して調査するために訪れただけなので、地元民の稼ぎを横取りするのは本意ではない。
「地元の冒険者の仕事を横取りして、変な恨みとか買いたくないもんな」
「それは大丈夫でしょ。仕事は提供してるし」
「仕事? 俺達が?」
「地竜をほりださないといけないからね」
「えっ? 掘り出す?」
地竜は、纏っていた土の鎧に埋もれているらしい。
運び出すには、乗っかっている土をどかす必要があるようだ。
「うちから依頼しないといけないのか」
「その辺りはライオスがやってるでしょ」
レイラが言うとおり、地竜の掘り出し作業は依頼が出されているようで、ギルドまでの搬入もセットになっているようだ。
「地竜を倒し、低ランク冒険者向けの仕事も提供する……ニャンゴは超有能……」
「そもそも、竜殺しを恨む奴とかいないわよ」
なんとなく、シューレとミリアムは、持ち上げてから落とすセットのように感じる。
という訳で、うみゃうみゃは夜までお預けのようだ。