竜種(中編)
地竜とは、色々と距離感がバグる生き物だ。
酒場で咆哮を聞いて城壁まで移動してきたのに、まだモンタルボまで到着するには時間が掛かるらしい。
だが、城壁の上からは既に地竜の姿が、遠くにであるが見えている。
咆哮も図体も、デカすぎるぐらいデカいので、遠くにいても聞こえるし見えているのだ。
月明かりの下、地竜は体を左右に揺らしながら、真っ直ぐにモンタルボの街に向かってきているようだ。
搔き集められた冒険者と、ノイラート辺境伯爵家の騎士や兵士が城壁に登ると、一段高い指揮所にジブリアーノ騎士団長が姿を現した。
「よくぞ集まってくれたモンタルボの勇者たちよ。地竜打倒のために力を貸してくれ!」
騎士団長は、俺と面談していた時とは打って変わって厳しい表情を浮かべている。
「知っての通り地竜の鱗は強固だ。バラバラに攻撃したところで、ダメージなんか通らない。そこで、私の合図に従って一斉攻撃をしてもらう。地竜にビビって、合図を待たずに撃った奴の名は、孫子の代まで語り継いでやるからな!」
面談した時には、騎士団長としては線が細いと感じたが、こうして現場で見ると流石と思わせられる迫力だ。
騎士団長は、攻撃を行う者を火属性と風属性に限定した。
この二つの属性は互いを邪魔せず、むしろ効果を高め合うからだ。
ここに水属性が混じってしまうと、風属性とは反発しないが、火属性を弱めてしまう。
水属性と火属性を比べたら、威力に勝るのは火属性なので、必然的に水属性が除外されるという訳だ。
城壁の上に、火属性と風属性の騎士や兵士、冒険者が並べられた。
チャリオットからは、セルージョ、シューレ、ミリアムが参加する。
ライオスも火属性だが、放出系の魔法は不得手なので参加は見送った。
「ニャンゴは参加しないの?」
「俺は、上から撃つよ」
他の冒険者達に混じって攻撃するよりも、自前の足場を城壁よりも高い場所に設置した方が狙いやすい。
城壁上の配置が完了し、合図の出し方などの打ち合わせが終わる頃には、いよいよ地竜の姿が大きくなってきた。
配置を終えた冒険者たちの間から、接近してくる地竜を眺めつつライオスが呟いた。
「地竜が真っ直ぐモンタルボに来たのは、やはりフェルスの血の匂いに誘われたのだろうな」
地竜の穴の入り口にいた騎士たちには、匂いが流れないように忠告しておいたが、上手くいかなかったのだろう。
あるいは、フェルスとは無関係に穴から出て来て、そこで血の匂いを嗅いで追ってきたのかもしれない。
「だとしたら、地竜はこっちに来ないんじゃない?」
レイラの一言を聞いて背筋がぞっとした。
今現在、攻撃陣が配置されているのは、先日の地竜が突き破り、修復された城壁の上だ。
一方、俺達がフェルスを運び入れた北側の門は、大型の魔物の直撃を受けないように。少し東側にシフトされている。
地竜がフェルスの血の匂いを辿っているなら、突っ込んで来るのは門の方だ。
「俺、騎士団長に……」
「待て、ニャンゴ、今から配置を変えるのは無理だ。進言しても混乱を招くだけだ」
ライオスの言う事ももっともだが、このままでは無防備な門に突っ込まれてしまう。
「まだ、地竜が門の方へ行くとは限らない、ニャンゴ、一人で足止め出来るか?」
「足止めだけなら、何とか」
「行ってくれ、なんなら一人で倒しても構わんぞ」
「それは、やってみないと分からないけど……とにかく行ってみるよ」
「私も行くわ」
レイラと一緒に、モンタルボの北門へと向かう。
思った通り、あちら側に戦力の殆どを集結させているので、門の上の守りは驚くほど手薄だった。
「なんだ、お前らは……」
「ニャンゴ・エルメール名誉子爵です。地竜がこちらに来る可能性があります」
「えっ? はっ、失礼いたしました」
「時間が無いので手短に説明しますね」
俺達が地竜の穴から出て来たフェルスを討伐してモンタルボまで持ち帰ったこと、地竜が血の匂いに誘われている可能性があることなどを説明すると、兵士の顔が青ざめた。
「こちらに来たら、俺が足止めしますので、その間に応援を連れて来てください」
「かしこまりました」
騎士団長は、真っ直ぐに突っ込んでくる地竜を城壁近くまで引き寄せてから叩くつもりでいるが、その前に地竜が進路を変える可能性がある。
もし地竜が進路を変えたなら、北門に近付かせないように足止めし、あちらに配置した人員がこちらに来るまでの時間を稼ぐ。
「ニャンゴ、大丈夫?」
「どうかなぁ……地竜と戦うのは初めてだから……一人で倒しちゃうかも」
「ふふっ、それでこそニャンゴね」
足止めには、雷の魔法陣を使うつもりだ。
電気ショックは、普通に暮らしているだけの地竜なら、味わったことは無いだろう。
動きさえ止めてしまえば、鱗の柔らかそうな所を狙って砲撃を食らわせれば仕留められるはずだ。
「ギリギリまで引き付ける、先走るなよ!」
騎士団長の声が門の方まで響いてくる。
地竜は、まだ真っ直ぐ進んでいる。
このまま進むなら、俺は側面から攻撃を仕掛ければ良い。
そして、真っ直ぐに進んできた地竜は、街道に沿って門の方向へと向きを変えた。
「なんだと!」
「なんで向こうに……」
城壁の上で攻撃態勢を整えていた騎士たちからどよめきが起こった。
そして、地竜は……唐突に動きを止めた。
「なんだ、どうなってる……」
「撃つなよ、待機だ!」
それまで地面に向かって頭を下げていた地竜は、ぬっと首を高く伸ばして、匂いを嗅いでいるようだった。
「なんか警戒しているような……」
「仲間の血の匂いを嗅ぎつけたんじゃない?」
レイラの推測は、的を射ていそうな気がする。
「なるほど……って、それだと怒り狂って襲ってこない?」
「どうかしら、地竜が群れで暮らす生き物なら、仲間の敵討ちをするかもしれないけど、単独で生きる性質ならば、自分の安全を優先するんじゃない?」
「餌の匂いを嗅ぎつけて追って来てみたが、そこには同族の血の匂いが漂っている……」
「危険な相手が潜んでいるかも……とか、罠かと疑っているんじゃない?」
確かに、地竜はしきりに匂いを嗅いでいて、なかなか動き出そうとしない。
たっぷりと五分以上は匂いを嗅いでいたが、やがて街道に沿って門の方向へと動き出した。
モンタルボの街の周囲には堀があり、さらに草地で囲まれている。
北からの街道は、草地の手前で東に向かって折れて百メートルほど進んだ所で南に折れて門へと向かう橋を渡ることになる。
地竜から見れば、街道に沿って街に向かうならば、クランクを折れて進む形になるのだ。
ただし、橋は跳ね橋になっていて、既に引き上げられている。
地竜は、橋の正面まで来た所で、再び足を止めて匂いを嗅ぎ始めた。
「ニャンゴ、討伐地点から空気を誘導して、地竜に嗅がせてみたら?」
「おっ、いいかも……」
討伐場所から門の所まで、風の魔法陣を並べて空気を誘導すると、地竜がビクっと体を震わせた。
やはり、同族の血の匂いが気になっているようだ。
暫く匂いを嗅ぎ続けていた地竜は、のそりと動き出すと、城壁に沿って東の方へと歩き出した。