竜種(前編)
怪鳥フェルスを積んだ大型馬車と一緒に戻ると、モンタルボの街は大騒ぎになった。
地竜に襲われて、大きな被害を出したばかりだから、当然と言えば当然だろう。
ただ、フェルスは首を切断されているので、誰の目で見ても死んでいるのは明らかなので、騒ぎは不安というよりも驚きによるものだ。
街に入るのに面倒な手続きとかが必要か心配だったが、そこは王家の紋章入りのギルドカードが物を言ってくれた。
「ニャンゴ・エルメール卿! ど、どうぞ、お通り下さい」
門を通過して、ギルドを目指す間に、沿道は見物人で一杯になっていた。
誰か野次馬が知らせたのだろうか、ギルドの前では職員が待ち構えていた。
「フェルスはギルドの裏手にお願いします。こちら、こちらです!」
モンタルボのギルドは、地竜の襲撃を免れていたが、裏手の広場は復興工事のために集まった職人たちのための野営場所として使われていた。
野営用の天幕や幌馬車の間を縫うようにして、買取場所へと大型の馬車を進める。
「おぉ、なんだなんだ、なんなんだ、あのデカい鳥は!」
「フェルスって魔物らしいぞ、エルメール卿が仕留めたらしい」
「おぉ『不落の魔砲使い』か、すげぇな!」
買い取りの交渉は、いつものようにセルージョが担当したが、モンタルボが復興特需状態なので、思っていた以上の値段が付いた。
黒オークの七、八倍の値段が付いたのは、やはり食用として用いられるからだそうだ。
ただし、もう日が暮れそうになっているので、フェルスの肉が食べられるようになるのは、早くても明日以降という話だ。
すでに日は西に傾いて、空は茜色に染まっている。
確かにこれから解体作業を進めても、夕食の時間には間に合わないだろう。
「うにゅぅ……フェルスをうみゃうみゃしたかった……」
「明日になれば食べられるんだから、今夜は我慢なさい」
「仕方ないか……」
レイラに諭されて、今夜は大人しく諦めることにした。
フェルスは、食肉として以外にも羽や足の鱗、足の骨などが素材として使われるそうだ。
中でも、フェルスの腹の羽毛は断熱性に優れているそうで、高級な羽毛布団の材料になるらしい。
そう聞いてしまったら、ただ売り飛ばす訳にはいかない。
胸の羽毛の一番良い所は、チャリオットに回してもらえるように頼んでおいた。
旧王都に持ち帰って羽毛布団に仕上げてもらい、カリサ婆ちゃんにも届けよう。
ギルドでフェルスの査定を待っていると、ジブリアーノ騎士団長が駆け付けてきた。
「エルメール卿、フェルスを討伐されたと聞きましたが」
「止めを刺したのは、俺じゃなくてシューレですけどね」
ギルドの解体場へと運び込まれたフェルスを指差すと、ジブリアーノ騎士団長も驚きの声を上げた。
「これは……噂以上の大物ですね」
「騎士団長は、フェルスに遭遇されたことがあるんですか?」
「はい、といっても、豪魔地帯を見下ろす断崖の上から見下ろしただけですけどね」
地面を走るだけで飛べないフェルスは、殆ど豪魔地帯から出て来ることはないので、ノイラート辺境伯爵領の人であっても見る機会は少ないそうだ。
「地竜の穴から出て来たと聞きましたが……」
「はい、丁度俺達が到着して、魔法を使って内部の様子を探っている時でした」
フェルスを感知してから、討伐を終えるまでの状況をジブリアーノ騎士団長に語って聞かせた。
「騎士団長、あの穴は埋めてしまった方が良いのでは?」
「そうですねぇ……私の一存で決められる話ではないので、領主様と相談することにします」
実際問題として、再び地竜が出てきたら、またモンタルボの城壁が壊されてしまうかもしれない。
踏み荒らされてしまった村の復興など、いつになるのか分からなくなってしまう。
一方で、こうした辺境の街では新たな産業としてダンジョンを必要としている。
地竜が作った穴の先、先史時代の高速鉄道のトンネルには、アーティファクトは眠っていない可能性が高いが、魔導線が敷設されている可能性は高い。
効率よく魔力を伝達する魔導線は、魔道具作りには欠かせない素材となっている。
そして、今後大規模な魔力発生プラントなどが開発された場合には、各家庭や施設に魔力を届ける魔導網の構築に必要になってくるはずだ。
発展と危険、両者を天秤に掛けるのは危険すぎると思うが、それでも考えざるを得ないというのがノイラート辺境伯爵領の現状なのだろう。
昨晩は、街の外の野営地に泊まったが、今日はギルド裏手に馬車を停める場所を空けてくれるそうだ。
というか、チャリオットにギルドの酒場で酒を振舞ってもらうための措置なのだろう。
チャリオットから振舞われることになった酒も、通常よりも値段が上がっているそうだが、フェルスを売却したお金も入って来るから良しとしよう。
「チャリオットの功績に、乾杯!」
「フェルス討伐を祝して、乾杯!」
「ニャンゴ・エルメール卿に、乾杯!」
とにかく、酒を飲むための理由があれば、それで良いのだろう。
ライオスとセルージョは、綺麗どころに挟まれて、上機嫌で酒を飲んでいる。
俺は、いつものごとくレイラの膝の上だから、綺麗どころが寄って来る余地がないんだよねぇ。
いや、別に羨ましいとか思ってないしぃ……。
ただ、酒場は振舞い酒で賑わっているけれど、料理が乏しい。
地竜は、ノイラート辺境伯爵領の領都テリコに送られて解体されたそうで、モンタルボに届いた肉はもう消費されてしまったらしい。
一応、オークなどの肉は入ってきているようだが、それとても潤沢といえる量ではないようだ。
明日のフェルスの肉を期待しつつ、定番メニューをうみゃうみゃしていたら、突然酒場の空気が凍りついた。
「グォォォォォ……」
地の底から響いてくるような声は、以前にも聞いたことがある。
旧王都のダンジョンの縦穴を通って、地下から聞こえてきた声だ。
「地竜だ!」
誰かの叫び声と前後するように、街に警報を知らせる鐘がけたたましく打ち鳴らされた。
どうやら、俺達が離れた後に、穴から這い出て来たのだろう。
「ライオス、どうする?」
「折角だから、見物に行くとしよう」
前回の襲撃でノイラート騎士団は大きな損害を出している。
他の街に配置されていた騎士や兵士を搔き集めて、どうにか体裁は保っているようだが、それでも戦力の低下は否めないだろう。
「戦闘に参加できる方は申し出て下さい! ご協力をお願いします!」
ギルドの職員も街を守るための戦力を搔き集めるのに苦慮しているようだ。
ライオスとセルージョ、それにシューレやレイラも盃を重ねていたが、まだ泥酔するほどは酔っていないようだ。
戦闘への参加登録をしてギルドを出ると、外の通りでは騎士団が戦力を募っていた。
「魔法が使える者! 街を守るために力を貸してくれ!」
「力を振るって戦える者、北門へ集まってくれ!」
魔法を撃てる者は城壁の上へ、武器を振るって戦う者は城門へと集められていた。
俺達チャリオットは、城壁の上に陣取ることにした。
本来、ライオスは魔法の放出は不得手だが、さすがに酒に酔った状態で肉弾戦は無理らしい。
「というか、竜種と言えども、ニャンゴの魔法の餌食じゃないのか?」
セルージョは気楽に言ってくれるけど、地竜を見たことが無いから何とも言えない。
「どうだろう、地竜とかワイバーンより硬そうだよね」
「ロックタートルほどは硬くねぇんじゃねぇか?」
「あぁ、そうか……なら撃ち抜けるかな」
以前、ラージェ村で討伐したロックタートルは巨大な亀の魔物で、甲羅がめちゃくちゃ硬かった。
それでも、砲撃を使えば貫通できたから、竜種にも通用するだろう。
「グォォォォォ……」
街の北側、暗闇の向こうから咆哮は届いているが、まだ地竜の姿は見えて来ない。
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赤い帯とニャンゴのイラストが目印です!
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