地竜の穴(後編)
「ギェェェェェ……」
その鳴き声は、ドラゴンというよりも鳥を連想させるものだった。
「作業員は全員退避! 急げぇ!」
シューレの警告と穴の中から響いてくる声を聞いて、門の周囲にいた騎士が一斉に構えた。
全員が火属性の魔法使いのようで、掲げた右手の上に大きな火球を浮かべている。
「来るぞ、放てぇ!」
穴の中に向かって放たれった火球は全部で十個。
どれもなかなかの威力がありそうだ。
少し離れた場所にいる俺たちからは、穴全体が炎で埋め尽くされたように見えた。
「やったか?」
もう、誰だよ、フラグ立ててる奴は……。
誰とも知らない声を聞いた直後、炎を突き破って大きな影が飛び出してきた。
「ギェェェェェ!」
ダミ声を上げたのは、地竜ではなく羽毛に覆われたデカい鳥のような生き物だった。
スイっと首を伸ばして周囲を見回す体高は軽く三メートル以上あり、大きな嘴を持っている。
腹の辺りは茶色、背中側は深緑で、森の中で目立たないような色に見えるが、頭頂部には真っ赤な飾り羽が生えている。
羽毛に覆われているが、空を飛べるような大きな翼は無く、地面を走るため後ろ足が発達しているようだ。
「フェルスだ! 逃げろ!」
さっきまで自信たっぷりに魔法を放っていた騎士達が、蜘蛛の子を散らすように逃亡を始めた。
鳥特有の首の動きで周囲を見回していたフェルスは、逃亡する騎士の一人に目を付けると、サギが魚を捕るように俊敏な動きを見せた。
「ラバーシールド!」
分厚く作ったラバーシールドに阻まれて、騎士はフェルスの嘴から逃れたが、同時にシールドも破られて消えてしまった。
「ライオス、あいつヤバい」
「仕留めろ、ニャンゴ!」
「了解、デスチョーカー・タイプR!」
羽毛の性能を探りたかったので、久々にデスチョーカーを使ってみた。
「ギェ! ギッ……グア……」
フェルスの羽毛には、刃物を防ぐほどの硬さは無いようで、槍の穂先を円形にならべたデスチョーカーは、ザクザクと首筋に刺さって血飛沫を降らせた。
オークやオーガなどにデスチョーカーを使うと、ダメージを与えられるが握り潰されてしまったりする。
ところがフェルスには握り潰すための腕が無いので、面白いようにダメージが蓄積していった。
フェルスが藻掻くほどにデスチョーカーは深く刺さり、首筋から吹き出す血飛沫は勢いを増していく。
「なんだ、どうなってる!」
「フェルスの首から血が出てるぞ」
「ニャンゴ・エルメール卿の魔法だ! 不用意に近づくなよ!」
「おぉぉぉ……」
セルージョが大声で告げると、逃げ遅れていた作業員たちから感嘆の声が上がった。
「ギィ……ギ……」
フェルスは、みるみるうちに弱り始めた。
「うーん……思ったほどじゃなかったかも」
「そんな事を言えるのは、ニャンゴだけじゃない?」
「ねぇ、レイラ、あいつ美味しいかな?」
「ふふっ、食いしん坊の名誉子爵様にとっては、フェルスも食材でしかないのね」
「だって、地竜はあんまり美味しくなかったからね」
レイラと話している間に、フェルスの体から力が失われ、デスチョーカーに首を貫かれた状態で座り込んでしまった。
「シューレ、念のために首を切り落としちゃってよ」
「いいわよ……」
スルスルっと歩み寄ったシューレが右手を一閃すると、風の刃によってフェルスの首が切断されて頭が落ちた。
「風属性の魔法が使える者は、穴の方に血の臭いが流れないようにしろ! 下手すると、また出て来るぞ!」
ライオスが大声で指示を出すと、慌てて数人の騎士が地竜の穴の方へと走っていった。
「デカいな……」
セルージョが呆れたような顔をしながら、横倒しになったフェルスを眺めて回っている。
シューレが頭を落として止めを刺したので、逃げ惑っていた者達も戻ってきた。
「みゃみゃっ、思っていたよりもフワフワだ!」
フェルスの腹側の羽毛は、想像していたよりもフワフワだった。
「気を付けろ、ニャンゴ。ダニとか巣くってるかもしれないぞ」
「にゃっ! そうだった」
羽毛はフワフワで気持ち良さそうだが、野生の魔物だからダニやノミにたかられていても不思議ではない。
こんなにフワフワの羽毛ならば、持って帰って羽毛布団にしようかと思ったのだが、加工が色々と面倒そうだ。
「あの……失礼ですが、ニャンゴ・エルメール卿でいらっしゃいますか?」
「はい、そうですけど」
未練がましくフェルスの腹を眺めていたら、ノイラート家の騎士に話し掛けられた。
「私は、こちらの現場を統括しております、ユヌスと申します。この度は、御助力いただき、ありがとうございます」
「倒さなければ俺達も危なかったでしょうし、お礼をされるほどではないですよ」
「いえいえ、私たちだけでは、少なからぬ犠牲者を出していたでしょう。是非ともお礼をしたいのですが……」
「それでは、これをモンタルボまで持ち帰る手助けをしてもらえると有難いです」
「分かりました、それでは資材を運ぶ大型の馬車がございますので、それをお貸ししましょう」
倒したのは良いが、どう処理したら良いか悩んでいたので、騎士団からの申し出は渡りに船だった。
用意された荷馬車への積み込みは、俺が重量軽減の魔法陣を張り付けて補助した。
「どうする、ライオス。もう少し偵察していく?」
「いいや、大体の状況は分かったから、もう良いだろう?」
ライオスと目線を交わしたセルージョやシューレも頷き返し、撤収に賛成した。
到着してから、探索していた時間は一時間も無かったと思うが、フェルスみたいな魔物が頻繁に現れるようでは、危なくて潜っていられない。
ノイラート家では、地竜の穴を新たなダンジョンとして管理したいようだが、フェルスの突進を止められるような門が作れるのだろうか。
俺個人の感想としては、さっさと埋めてしまった方が身のためのような気がする。
俺達が乗った馬車が先行し、フェルスを載せた馬車が後を付いて来る。
運搬中もフェルスには重量軽減の魔法陣を張り付けてあるので、馬車や馬の負担は小さいはずだ。
「ねぇ、ニャンゴ。豪魔地帯の偵察はしないで良かったの?」
「うーん……興味が無い訳じゃないけど、あんなのがゴロゴロいるんじゃ危なすぎない?」
「まぁ、そうね。私もレッサードラゴンぐらいだったら相手をする自信があるけど、あの大きさは考えものね」
「うん、俺とかミリアムだったら、パクっと一飲みにされそうだよ」
「それに、あの脚、触ってみたけど目茶苦茶硬そうだったわ」
フェルスの発達した後ろ脚は、鎧のような鱗に覆われていて、普通の斬撃程度では跳ね返してしまうだろう。
攻撃の通る首を狙うには、自分も嘴の攻撃に晒される覚悟が必要というわけだ。
「俺はフェルスとは相性が良かったみたいだけど、中には攻撃が通らない魔物とかもいそうだし、豪魔地帯に入るのはリスクが大きすぎるかな」
「そうね、余程のお宝が眠っていなければ、ちょっと手を出しにくいわね」
地竜とか、フェルスとか、豪魔地帯にいる魔物は、生物としてのランクが違う気がする。
冒険を楽しみたいという気持ちが無い訳ではないが、ちょっとリスクが高すぎる。
「豪魔地帯よりも、今はフェルスだよ。早くモンタルボに戻って捌いてもらおう」
「ふふっ、名誉子爵様は冒険よりも食い気みたいね」
ユヌスの話によれば、フェルスの肉は絶品だと言われているそうだ。
勿論、伝説級に珍しい魔物だそうなので、嘘か本当か分からないが、それは食べてみれば分かることだ。
さっさとモンタルボに戻って、うみゃうみゃするのだ。





