地竜の穴(前編)
ノイラート家の騎士団長と会談した翌朝、俺たちチャリオットは地竜が出て来たという穴を目指して、モンタルボの街を出発した。
みんなからは会談の内容を尋ねられたが、ある口止めをされた代わりに便宜を図ってもらったと伝えた。
現在、地竜が出てきた穴の周辺には、穴を封鎖する門の建設や攻略のための拠点造りをする者以外の立ち入りを制限しているそうだ。
そこへ、俺たちチャリオットが調査に入る権限を騎士団長から貰ってきた。
勇者カワードの裏事情を口外しない約束をしたのだから、その程度の融通を利かせてもらっても罰は当たらないだろう。
途中、地竜に壊滅させられた村を通ったのだが、言葉を失うような状況だった。
「こいつは酷いな……」
手綱を握るライオスは村の入り口で馬車を停め、暫く惨状を見入っていた。
小さな村だけに、家の数は限られていたのだろうが、一軒もまともな家は残されていない。
全ての建物が突き崩され、踏み潰され、掘り返されている。
「騎士団長の話では、避難していた住民を匂いで見つけ出し、建物を破壊して襲ったそうだよ」
「騎士団は、ここでも戦ったのか?」
「戦ったけど、全く歯が立たなかったみたい。土の鎧をまとっていたんだって」
騎士団長から聞いた、地竜の土の鎧の話をすると、セルージョは思いっきり顔を顰めた。
「そんな奴、ニャンゴレベルの魔法が使えなきゃ倒しようがねぇじゃんか」
「だから、勇者カワードが必要だったんじゃないの?」
「まぁ、そういう事なんだろうな」
セルージョも魔力が低い訳ではないが、それでも威力よりも精度で勝負するタイプだ。
それだけに、攻撃が通りにくい土の鎧を身に付けた地竜は、天敵のような存在だろう。
「セルージョだったら、どうやって土の鎧を攻略する?」
「まぁ、無難な方法は目だな。目は、脳に直結しているから、目を狙って脳にダメージを与える感じだな」
「なるほど……でも、相当な精度が必要じゃない?」
「まぁ、そこは腕の見せ所だな」
セルージョは風属性魔法を使って、放った矢の軌道を変えるなんて器用な真似をする。
地竜がどの程度の反射神経の持ち主か分からないが、油断しているならセルージョの矢の餌食だ。
再び馬車を動かし始めたライオスは、慎重にコース取りを行っていた。
村を抜ける街道のあちこちが、地竜によって壊されてしまっている。
畦が巨大な爪で抉り取られ、道幅の半分ほどが通れない場所もあった。
「好き放題、暴れ回ったみたいだな」
ライオスが言う通り、地竜の暴挙を止める者は、ここには存在していなかったようだ。
そして、村の中央を通っている道の先、恐らく地竜が通った跡が整地されて、新たな道になっていた。
林を抜け、牧草地らしい草地を抜けた先で、拠点造りが進められていた。
既に、数軒の建物が出来上がっていて、その周囲で新たな建物の建設が進められていた。
拠点造りが進められている場所の手前では、四人の兵士が道に立って検問を行っていた。
「止まれぇ! この先は、許可を得た者しか通れない。許可証は持っているか?」
追い返す気満々といった感じの兵士だったが、ライオスが預けておいた許可証を見せた途端、ビシっと敬礼してみせた。
「し、失礼いたしました! どうぞ、お通り下さい」
許可証には騎士団長の印が押されていて、ニャンゴ・エルメール名誉子爵の一行であると書き添えられている。
「馬車は何処に止めれば良い?」
「はっ、ご案内いたします」
ライオスが馬車を止める場所を尋ねると、検問を行っていた兵士の一人が馬車を先導して走り始めた。
ノイラート家の紋章が描かれた幌馬車が止まっている場所へと案内されると、調理場からほど近い場所に止まっていた馬車を退けて、俺たちの馬車を停める場所を確保してくれた。
「さすがは、王族から憶えの目出度い名誉子爵様々だな」
「セルージョ、今夜は空属性魔法で作ったマット無しね」
「何でだよ、名誉子爵様を称えただけだろう!」
「言い方が嫌味っぽく聞こえるから」
野営をする場合、俺が空属性魔法で全員分のマットを作っている。
いわゆるエアマットのおかげで、背中や腰が痛くならずに済んでいるし、何よりも安眠できるのだ。
馬車が止まったところで、アーティファクトのスマホを起動して、地図アプリを立ち上げると、二、三秒のタイムラグの後で現在地が表示された。
横からレイラが覗き込んでくる。
「どう? ニャンゴ」
「うん、間違いないね。地竜の穴は、先史時代の高速鉄道のトンネルに続いていると思う」
現在地を中心にして地図を拡大拡大していくと、例の高速鉄道のトンネルを表示する点線のほぼ真上を通っているのが分かった。
「現在地がここでしょ? 高速鉄道が……ほら、ほぼほぼ真上だよ」」
「ホントね。それで、この先は豪魔地帯に繋がっているのね」
予想していた通り、地竜は高速鉄道のトンネルを通って、豪魔地帯から出てきたのだろう。
トンネルの先がどうなっているのか分からないが、先史文明の都市に到着する手前から地竜が入り込んだのだとすると、探索の難易度は上がりそうだ。
「ねぇ、ニャンゴ。旧王都のダンジョンに現れた地竜も、ここから来たんじゃないの?」
「うん、可能性はあるよね」
ノイラート辺境伯爵領から旧王都までは、かなりの距離がある。
それでも、旧王都のダンジョンの最下層にあった横穴から危険な魔物が湧き出ていた事なども考えると、地下で繋がっている可能性は十分に考えられる。
俺とレイラの話の横で聞いていたセルージョが問い掛けてきた。
「ニャンゴ、仮にそのトンネルが今も通じているとして、魔物を排除すれば輸送路として活用出来るのか?」
確かに輸送路として使えれば、ほぼ直線に近いルートだし、地下だからアップダウンも大きくないから、大幅な時間短縮が望めるだろう。
ただし、建設されてから相当な時間が経過しているのも事実だ。
「うーん……どうだろう。ダンジョンの中も結構崩れそうな場所があったし、安全に使える状態ではないと思うよ」
「それもそうか」
「それに、輸送路として使うとして、何を運ぶかだね」
「まぁ、運ぶ物が無かったら、輸送路として使う意味はねぇな」
馬車に輪留めをかませ、馬を馬具から外してから、地竜の出て来た穴へと向かう。
建設中の拠点から穴までは、歩いて五分も掛からない。
まだ魔物が飛び出してくる可能性があるので、全員戦闘準備を整えた。
「思ったほどはデカくないか……」
穴の直径は三メートル半ぐらいだろうか、俺の体格からすると十分にデカいと思うが、村を壊滅させ、城壁を突き抜け、街に大損害を与えた地竜が通った穴と言われると、小さく感じる。
たぶん、穴を掘る時には、うつ伏せの状態で必要最小限の大きさしか掘らないからだろう。
それでも、人が出入りするには十分な大きさだし、レッサードラゴンとかなら楽に通り抜けて来るだろう。
ここでも門の建設を監督している兵士から詰問されたが、ライオスが許可証を提示したら態度を一変させた。
「エルメール卿、中にお入りになりますか?」
「いえ、工事の邪魔はしたくないので、外から見るだけで結構です」
工事の妨げにならないように気を付けながら、空属性魔法の探知ビットを飛ばして内部の様子を探る。
シューレとミリアムも、風属性の探知魔法を使い始めた。
地竜の出て来た穴は、入口からはゴツゴツとした状態が続き、五十メートルも進まないうちに広い空間に出る。
その先は、高速鉄道のトンネルのようで、壁も人工的に作られた感じに変わった。
「あれっ、レールが無い……」
トンネルの床面を探っていくが、レールと思われる物が無かった。
旧王都ダンジョンの最下層の横穴には、列車のためのレールが敷かれていた。
「リニアか? リニアなのか?」
探査によってリニアモーターカーであった可能性を発見して、ワクワク感が増していたのだが、突如として大きな反応が通り抜けた。
「何か大きいのが来るわよ!」
俺が声を上げるよりも早く、シューレが大声で警告を発した。
それと同時に、地の底から大きな生き物の咆哮が響いてきた。