ノイラート家の騎士団長(後編)
最初は和やかに始まった会談だったが、今は空気がピリピリしている。
ジブリアーノ騎士団長は生粋の騎士という感じで、言葉通りにノイラート家に仇なす者は全て排除するつもりなのだろう。
俺の存在は、昼間上空から地竜が通った跡を調べている時に、地上が騒ぎになったことで知ったようだ。
王家から目を掛けられている猫人の名誉子爵が、ノイラート家として隠し事をしている場所をウロウロしていれば疑うのも当然だろう。
ただ、俺が本当に王家からの調査を依頼されていたならば、あんな目立つ方法は……やってたか。
どうも、俺は隠密調査とかには向いていないらしい。
「でも、なんで勇者カワードなんて人物を作る必要があったんですか? 普通に騎士が討伐したことにすれば良かったのでは?」
「残念ながら、我が騎士団には地竜の頭を吹き飛ばすような魔法の使い手は存在していません。騎士が地竜を討伐したのであれば、その者を英雄として称えなければなりませんが、存在しないのでは余計な疑いを持たれます」
「存在が疑われるのはカワードでも同じじゃないんですか?」
「確かに勇者カワードは存在を疑われていますが、吟遊詩人の歌の中身なんて脚色されているのが当たり前です。命を落とした平民であれば、その生き様が脚色されていても、そんなものなのだろうで済みますが、騎士の場合は身許を探られてしまいます」
平民ならば、身許のあやふやは誤魔化せるが、騎士の場合には身許のハッキリしていない者などいないので、誤魔化しが利かなくなると考えたらしい。
いずれにしても、その時点で最善と考えた方法を続けていくしかない状況のようだ。
「勇者カワードの裏事情については理解しました。パーティーのメンバーに対しても内密にしておきましょう」
「ありがとうございます」
「俺はこの話を聞かなかったことにします」
「はい、私も勇者カワードについては何もお話ししておりません」
ジブリアーノ騎士団長がニヤっと笑みを浮かべたところで、ようやくヒゲがビリビリするのが止まった。
すっかり冷めてしまったお茶を一口飲んで、話題を変える。
「ところで、地竜の出て来た穴の調査はどうなっていますか?」
「そうでした、エルメール卿の目的はそちらでしたね」
「はい、地竜の出て来た穴が新たなダンジョンであるならば、パーティーの活動拠点を移すことも視野に入れようかと考えているところです」
「旧王都からの移籍を考えていらっしゃるのですか?」
「それだけの価値があれば……ですが」
「そうですか……」
チャリオットが移籍するかもしれないと匂わせると、ジブリアーノ騎士団長は少し考えた後で話を切り出した。
「結論から申し上げますが、我々は地竜の出てきた穴の先は新たなダンジョンであると考えています」
「なにか確証があるのでしょうか?」
「はい、地竜の出て来た穴は入り口付近は土を掘っただけのものですが、ある地点を境にして様相を一変させます」
「というと、その先は人為的に作られたものなんですね?」
「おっしゃる通りですが、この話も暫くの間は内密にしていただきたい」
「何か理由があるのですか?」
「お恥ずかしい限りですが、地竜の襲撃によって多くの人員を失い、新たなダンジョンらしいという情報を公表した場合、集まってくる冒険者に対応しきれなくなる恐れがあります」
モンタルボの街自体も大きな街ではないし、その先の村は地竜によって壊滅状態だ。
もし、シュレンドル王国の各地から冒険者が集まって来た場合、廃村となっている村に勝手に住み着いて、拠点を置き、攻略を始める可能性がある。
そうなった場合には、現在の騎士団では治安の維持などが難しいそうだ。
「まずは、モンタルボの復旧が最優先です。そちらに目途が付けば騎士団の人員を治安維持に回せますので、それまでは内密にしていただきたい」
「ノイラート家が公表するまでは公表不可という条件付きで、旧王都のギルドに報告するのは構いませんか?」
「そうですねぇ……出来れば報告してほしくありませんが、条件付きならば構いません」
「旧王都のギルドマスターは信用できる人物ですので、情報が安易に洩れることは無いはずです」
ギルドからの情報漏れよりも、セルージョがうっかり喋ってしまう可能性の方が遥かに高い気がする。
「エルメール卿、地竜の穴を実際に調査なさいますか?」
「はい、そのつもりでいますが、何か問題がございますか?」
「現在、穴の内部への立ち入りは禁止しております。先程も申し上げた通り、こちらの対応が難しい状況なので、冒険者たちにも調査の中断を言い渡し、情報統制を敷いています」
「では、現状は魔物が溢れて来るのを監視して防いでいるような感じですか?」
「はい、その通りです。ダンジョンとして発掘品を手に入れるのは重要ですが、地竜のような魔物に頻繁に出て来られるのは困ります。まずは防衛体制を整え、調査はその後ということになりました」
現在は、穴の入り口に門を築く工事が進められ、その周囲には拠点作りが同時進行で行われているそうだ。
「では、俺たちが現地に行ったとしても、穴の外から眺めることしか出来ない訳ですね?」
「現時点では、そうなります」
「了解しました。強力な魔物が湧き出す可能性があるのでは、仕方ありませんね」
チャリオットとしても、いきなり地竜の出て来た穴に突入して、攻略してやろうなどと考えている訳ではない。
あくまで、今後のパーティーの方針を決めるための調査でしかないので、危険を冒してまで強引に進める予定は無い。
「話は変わりますが、豪魔地帯について教えていただけませんか?」
「まさか、調査を考えていらっしゃるのですか?」
「竜種を含めた強力な魔物が闊歩する場所……ぐらいの知識しか無いので、調査以前の段階ですね」
「そうですか、我々としては立ち入りはお薦めいたしかねます」
「それほど危険ですか?」
「はい、調査に入った者の半数以上は戻ってきません。戻って来られた者たちも、調査出来た範囲はごく一部に限られています」
豪魔地帯は、モンタルボから北東に歩いて二日ほどの距離にある、断層の下側に広がっている。
切り立った崖は降りることだけでも困難で、逆に上ることも困難だから危険な魔物が現れずに済んでいるそうだ。
崖の下まで降りるには、ロープを使った垂直懸垂の技術が必要らしい。
しかも、降下するあいだもワイバーンなどの空を飛ぶ魔物に襲われる可能性があるそうだ。
「そうした場所なので、上り下りする場所も限定していますし、その他の場所も魔物が上がって来ないか巡回を行っています」
「騎士団長は、実際に行かれたことはございますか?」
「私は断層の上から見下ろしただけですね。それでも、崖の上からでも竜種が歩いているのを見れる場合があります」
「そんなに簡単に竜種が見られるんですか」
「簡単……他の地域に比べれば簡単なのでしょうが、そう頻繁に見られるものではありませんよ。でも、冒険者が見分を広めるために、崖の上から眺めてみるのは良いかもしれませんね」
崖の上から見下ろす鬱蒼とした森は、他では味わえない絶景らしい。
「そうですね。地竜が出て来た穴に入れないなら、豪魔地帯を上から眺めるのも良いかもしれませんね」
この後、ジブリアーノ騎士団長からモンタルボの街、地竜の出て来た穴、豪魔地帯の位置関係を地図で見せてもらい、アーティファクトで撮影しておいた。
「そ、それが噂のアーティファクトですか」
俺がスマホを使って地図を撮影する様子を見ると、これまで冷静沈着だったジブリアーノ騎士団長も興奮を隠せなかった。
「はい、先史時代の技術の粋を集めたような物なので、新たに作り出すには相応の年月が必要になると思いますが……昔の人に出来たのですから、今の我々にだって不可能ではないはずです」
「地竜の出て来た穴の先に、そのような物が眠っている可能性があるのですね?」
「可能性はゼロではないと思いますが、強力な魔物がいる状況では辿り着けるかどうか……」
「確かに……ですが、辿り着ければ可能性も高まるのですね」
「まぁ、そうですね」
可能性はゼロではないが、この位置関係を見るに、地竜の出て来た穴は豪魔地帯に繋がっている気がする。





