ノイラート家の騎士団長(前編)
上空からの視察を終えて、地上にいるライオス、セルージョと合流した。
空から降りてしまえば注目を集めることも無い……訳ではなく、レイラに抱えられての移動はそれなりに注目を集めてしまう。
レイラは人目を引く美人だし、猫人を抱えて歩いていれば嫌でも注目されるのだ。
まぁ、空を飛んでなければ、身バレまではしないだろう。
「それで、城壁までは行ってみたのか?」
地上から眺めたセルージョたちは、地竜が通り抜けた場所の全景までは見られなかったらしい。
「ううん、地竜が壊した城壁は騎士団の施設の中らしくて、近くまでは行かなかったよ」
「何だよ、名誉子爵でござーい……てな感じで見物してくりゃ良かったのに」
「いや、下手に身元がバレると余計な依頼とかされそうじゃない?」
「まぁ、それはありそうだが、依頼なら金貰って受ければ良いんじゃね?」
「そうだけど、あんまり面倒な依頼はやりたくないかなぁ」
俺が名誉子爵だと分かっているなら、依頼をするのは他家に頼み事をするという事だ。
普通、自分の家の問題は、自分の家の中で解決するものだし、それでも他家に依頼をするという事は、余程解決が困難な問題という事になる。
内容と報酬次第だが、滞在できる期間も限られているし、余計な依頼は受けたくない。
地上に降りてから、あちこちで地竜討伐の様子を聞いてみたのだが、実際に現場を見たという人には出会えなかった。
一般の人は避難していたし、冒険者も退避していた者が多く、討伐の瞬間に現場近くにいたのは殆どがノイラート騎士団の騎士たちだったらしい。
つまり、地竜が討伐されたモンタルボの街でも、実際に討伐の様子を目にした者は殆どいないようだ。
「こりゃあ、ますます勇者カワードの存在は眉唾ものになってきたな」
「セルージョの言う通りだが、吟遊詩人の歌なんてのはそんなものだ」
「でも不落の魔砲使いなら、私の腕の中にいるわよ」
「そりゃ例外ってもんだぜ」
どうやら、ライオスとセルージョは勇者カワードは創作の産物だと考えているようだ。
愛する人や街を守るために、自らの命を犠牲にした勇者が存在していなかったならば、いったい誰が、どんな方法で地竜を仕留めたのだろうか。
街を歩きながら、既に営業を始めている店を覗き、少々割高な酒や食料などを買い込みながら聞き込みを続けたが、目新しい話には出会えなかった。
街の外の野営地に戻ると、シューレは近くに馬車を停めた人達と情報交換を行っていたが、こちらも有用な情報には出会えなかったそうだ。
やはり、野営地でも吟遊詩人の歌の印象が強くて、実際の状況が殆ど分からず仕舞のようだ。
「ライオス、明日はどうする?」
「そうだな、このままモンタルボで聞き込みを続けても、得られる物は無さそうだし、地竜が出て来たという穴に行ってみるか」
「それなんだけど、やっぱり先史時代の高速鉄道に通じているような気がするんだよねぇ」
アーティファクトのスマホで地図アプリを起動してみると、例のリニアっぽい高速鉄道の線が現在地の近くを通っている。
地竜の出て来た穴は、ここよりも北に位置しているらしいので、ほぼほぼ高速鉄道の線上になるはずだ。
「そのコウソクテツドウってやつには、お宝は眠ってないのか?」
「うん、その線上には大したお宝は無いと思う」
「何だよ、わざわざ足を運んだ甲斐が無ぇじゃんかよ」
セルージョがぼやくのも当然だが、ある程度の見極めがついている俺たちよりも、現在進行形で地竜が出て来た穴を探っている連中の方が、後々のガッカリ感は大きいだろう。
ただ、なんの収穫も無い訳ではない。
「地竜が出て来た穴そのものの価値は無いけど、その先には価値があるかもよ」
「その先? どういう意味だ」
「先史時代の研究都市と思われる場所が、ここからそんなに遠くないんだ」
「そこにはお宝が眠ってるのか?」
「どの程度の保存状態なのか分からないから何とも言い難いけど、その当時の最先端の研究をしていた場所だから、それなりの価値はあると思うよ」
「おぉ、そいつは金になりそうじゃんか」
「ただ、たぶん豪魔地帯の中になると思う」
「げぇ……マジか?」
「うん、マジ」
これまでに聞いている話とスマホの地図データを合わせてみると、粒子加速器がある研究都市は魔物が闊歩する豪魔地帯の中になりそうだ。
「竜種がウロウロしているような場所じゃ、文字通り命懸けだぞ。割に合うのか?」
「さぁ、そこまでは分からないよ」
「よし、ニャンゴ、ちょいと一っ飛びして来い」
「やだよ、だってワイバーンとかもいるんでしょ? 飛ぶことに関しては、あっちの方が一枚も二枚も上手だから餌にされちゃうよ」
直線的に飛ぶならば俺でも出来なくはないが、ワイバーンのように自由自在に空を飛ぶのは難しい。
「てか、他人任せじゃ冒険の意味が無いんじゃないの?」
「まぁ、それを言われたら返す言葉が無ぇな」
そもそも今回の情報収集は、地竜が出て来た穴がダンジョンである可能性を探り、冒険者として活躍できる場所か否かを見極めるためだ。
旧王都のダンジョンは、今や研究者と商人のための場所に変わったと言っても過言ではない。
冒険者が冒険をする場所と考えるならば、今回の地竜の穴は悪くない気がする。
強力な魔物が巣食う地下道を抜けた先には、先史時代の高度な文明が眠っているかもしれないのだ。
その辺りの見極めをするために、俺たちチャリオットはモンタルボの街を早々に後にして、地竜の出て来た穴を目指すことになったのだが……。
「失礼、こちらにニャンゴ・エルメール卿はいらっしゃいますか?」
夕食の支度を始めた頃、二名の騎士が俺を訪ねてきた。
「ニャンゴは俺ですが、何か?」
俺が応対に出ると、二名の騎士は膝を折って頭を下げた。
「我々はノイラート騎士団に所属する騎士です。騎士団の施設まで、お運びいただけませんでしょうか?」
「騎士団の施設に……何の用ですか?」
「騎士団長と会っていただきたいのですが……」
「それは構いませんが、何の用でしょう?」
「そ、それは会っていただければ、お分かりいただけるかと……」
別に行っても構わないのだが、騎士団が何の用だろうかと疑問を呈すると、騎士達は歯切れが悪く言いよどんだ。
無言で、じっと見詰めると、ダラダラと冷や汗を流し始める始末だ。
「ライオス、ちょっと行ってくるね」
「あぁ、何も無いと思うが、食い物に釣られて気を抜くなよ」
「うん、気をつけるよ」
俺が同行の意思を示すと、騎士たちは心底ほっとした様子だった。
何だか裏がありそうな気配がプンプンするけれど、ノイラート家と事を荒立てるつもりは無いので、とりあえず行って話を聞いてみよう。
「では、ご案内いたしま……す」
「よろしく」
視線を合わせるためにエアウォークを使って宙を歩き始めると、案内役の騎士は目を丸くしていた。
旧王都では無くなりつつある反応なので、なかなか新鮮だ。
「お二人は地竜の討伐には参加されていたのですか?」
「いいえ、我々は討伐が終わった後に、他の地域から呼び寄せられたので、現場には立ち会っておりません」
「そうですか……騎士団長は立ち会われていたんですよね?」
「はい、そのように伺っております」
地竜の討伐が実際にはどのように行われていたのか、それは現場に立ち会った人間にしか分からないので、ようやくその一端が聞けそうだ。
ただ、勇者カワードの英雄譚が、あれほどまでに大々的に語られているのには隠された理由がありそうな気がする。
果たして、これから会う騎士団長が、その辺りの事情を明かしてくれるのだろうか。





