モンタルボ
翌朝、領都テリコを出発し、昼前には地竜が討伐されたモンタルボの街に着いた。
石積みの城壁に囲まれた街は、ちょっとイブーロに似ている気がした。
地竜という災害に見舞われ、街は弔いの空気に包まれているかと思いきや、城壁の外の野営地さえも活気に溢れていた。
「さあさあ、今食っておかなきゃ二度食えないかもしれない、モンタルボ名物地竜の串焼きだよ!」
「竜穴の調査に行くなら、頭痛、腹痛、神経痛にも良く効く快癒丸を買っていきなよ!」
「他では滅多にお目にかかれない、ワイバーンの鱗を使った防具が、今日だけ三割引きだ!」
「地竜に店を踏み潰されて、やっとこ掘り出してきた木工品だ、助けると思って買ってくれ!」
どれもこれも、本当なんだか疑わしい品物ばかりだが、威勢の良さは一級品だ。
見物している人も多いけど、売れ行きは今ひとつのようだ。
「ニャンゴ、あんなのは偽物ばっかだから、騙されんじゃねぇぞ」
「分かってるよ」
セルージョに言われるまでもなく、購入するつもりは無いが、ひやかしで覗いてみたい気持ちはある。
野営地に馬車を停めたら、早速聞き込みに向かう。
モンタルボの街に入るのは、俺、ライオス、セルージョ、レイラの四人で、シューレとミリアムが留守番だ。
街に入る門には行列ができていて、騎士が厳しく身元確認を行っていた。
「大きな災害が起こった時には、胡乱な人物が街に入り込んで悪さを働いたりするから、その予防措置ね」
「なるほど……」
レイラの言葉に頷きつつ、例によって抱えられている俺って、胡乱な人物そのものじゃないかと思ってしまった。
ライオスとセルージョが前に並んでいたのに、順番が回ってくると二人は目線を交わして、俺とレイラを先に送り出した。
「ん? なんだ、お前ら、何処から来た」
次は冒険者らしい二人だと思っていたら、美女と黒猫人の珍妙なコンビが現れたので、身許の確認を行っていたノイラート家の騎士は眉を顰めてみせた。
まぁ、そう言いたくもなるよね。
「旧王都のギルドから、地竜関連の調査を依頼されてきました」
預かっていたレイラのギルドカードと、俺のカードを重ねて差し出す。
不機嫌そうにカードを受け取った騎士は、レイラのカードの下から出てきたカードに描かれた王家の紋章を見て目を見開いた。
「えっ……ニャンゴ・エルメール卿?」
騎士の視線が、カードと俺の間を高速で三往復した。
うん、ごめんなさい、お騒がせします。
「本物かどうか、試してみます?」
レイラの腕から降りてエアウォークで空中に立ってみせると、騎士はバネ仕掛けのオモチャみたいな勢いで敬礼した。
「失礼いたしました。どうぞお通りください」
「ありがとう、後ろの二人も同じパーティーのメンバーなんだ、カードを確認してもらえるかな」
「はっ、直ちに確認させていただきます!」
騎士は俺とレイラのカードを差し出すと、すぐさまライオスとセルージョのカードを受け取り、一瞬で確認を終えて返却した。
てか、確認した振りだよね。
「どうぞ、お通り下さい」
「あぁ、ご苦労さん」
あぁ、なんか偉そうに、にやけてるセルージョを殴りてぇ。
その前に、確認しておかないといけないからね。
「すみません、モンタルボの街中で、立ち入ってはいけない場所とかありますか? できれば上からも見てみたいので……」
「空の上からですか?」
「マズいですか? なにか機密施設とかあるなら止めておきますが……」
「そうですね。できれば、騎士団の施設の上はご遠慮いただけると助かります」
「騎士団の施設は、どの辺りになりますか?」
「街の北側一帯が騎士団の敷地となっています。たぶん、上から見ていただければ、お分かりになると思います」
「了解です。どうもありがとう」
「いえ、お役に立てて光栄です」
再び敬礼した騎士に見送られて、モンタルボの街に足を踏み入れた。
「おぉ、街の中も賑わってんな」
「復興景気と地竜が出てきた穴の調査に向かう冒険者の需要が重なったからだろうな」
俺たちがテリコを出たときには、ここモンタルボを目指す馬車が、先に何台も出発していた。
街を復旧させるための資材や職人、地竜の穴に潜ろうとする冒険者、モンタルボに集まる者たちの腹を満たすための食糧などが続々と送り込まれている。
その他にも、地竜の素材を求めて多くの者が集まり、支払われた金が街を潤し、経済を回し続けているのだ。
「じゃあ、ライオス、俺は空から眺めて来るよ」
「分かった。連絡が付くように通信機を置いていってくれ」
「了解。レイラはどうする?」
「私も一緒に行くわ」
空属性魔法で作った背もたれ付きのクッションに座ったレイラに、抱えられる格好で空へと上がる。
テリコのギルドで聞いた話によれば、地竜は街の北から突っ込んで来たらしい。
モンタルボの北門は、真北ではなく少し東寄りにズレて作られている
これは豪魔地帯がある北から街道を真っ直ぐに進んできても、門が少しズレた場所にあれば破られにくいという考えだったのだが……。
今回の地竜は、真北から門ではなく城壁を突き崩して侵入してきたそうだ。
空に上がって、スマホで撮影しながら北へ北へと移動していくと、街の中心からメインストリートも東寄りに斜めにズレて伸びていた。
そのメインストリートとは別に、街の真北から街の中心近くまで家並みが薙ぎ倒された跡が残っていた。
どうやら、これが地竜が突進してきた跡のようだ。
「うわぁ、これは凄いね」
「家とか関係無しに突っ込んできたみたいね」
話に聞いていた通り、すでに城壁は修復を終えているようだが、薙ぎ倒された建物は撤去が進められている最中で、まだ再建とまではいかないようだ。
『どうだ、ニャンゴ』
「今、建物が薙ぎ倒された辺りの上に来たけど、ほぼ真北から街の中心近くまで突っ込まれてる」
『下から現場に近づけそうか?』
「ちょっと待って……広い通りは瓦礫の搬出に使われているから難しいかな。北門に続く方に曲がる辺りから、少し西側に回り込んで路地を抜けていくと近付けそう」
『分かった、少し西側から回り込んでみる』
俺の方は、空からの状況が良く分かるように、高度や角度を変えて写真を撮影した。
「ニャンゴ、目立ってるわよ」
「みゃ? うわぁ!」
少し高度を下げて、地竜が討伐されたらしい場所か城壁の方を眺めていたら、下で作業をしている人に気付かれていた。
「見ろ、人が浮いてるぞ」
「どうなってんだ、ありゃ?」
「あれって、まさか……」
瓦礫の撤去作業を中断して、こちらを指差しながら眺めている。
これは作業の邪魔になると思い、移動しようと考えていたら、下から怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、お前、そこで何してる! 降りて来い!」
現場監督なのか、でっぷり太った牛人のオッサンだ。
たぶん俺のことを知らなかったのだろう、周囲で作業していた人が血相を変えて歩み寄って耳打ちすると、牛人のオッサンは太々しい態度を一変させて跪いた。
「申し訳ございませんでした!」
オッサンだけでなく、現場の作業員が一斉に跪いて頭を下げた。
本当に作業の邪魔になってしまっているので、大丈夫だと手振りで伝えた後で高度を上げて現場から離脱した。





