ノイラート辺境伯爵領
旧王都を出てから七日目、いよいよノイラート辺境伯爵領へと入った。
といっても、まだ南の端に入ったばかりなので、地竜の被害などは全く感じられない。
それよりも目に付くのは、勇者カワードという言葉だ。
領都テリコへ向かうまでに通り掛かった村や街には、至る所に勇者カワードと書かれた貼り紙がされていた。
判で押して作った張り紙のようで、カワードの偉業を称え、感謝を捧げるものだ。
「さすがに、ここまでくると鼻につくな……」
ノイラート領まで来る間、吟遊詩人の歌を面白がっていたセルージョでさえも、所かまわず貼られている貼り紙には顔を顰めている。
これだけの貼り紙をするには、紙代だけでもバカにならない金額が掛かっているはずだ。
いったい、何処の誰がお金を出しているのやら……。
俺達の乗った馬車は、昼過ぎに領都テリコへと到着した。
今日はテリコで地竜に襲われた街の情報を収集して、立ち入りが可能ならば明日の朝から現地へ向かう予定だ。
とりあえず、冒険者ギルドへ出向いて、現時点で分かっている情報を教えてもらうことにした。
冒険者ギルドでは、二手に分かれて情報を集める。
俺とライオス、レイラはギルドの職員から、セルージョ、シューレ、ミリアムはギルドの酒場で情報を集める。
ライオスと一緒にレイラに抱えられた状態でカウンターへと近づいていくと、羊人の若い受付嬢は変な一団が来たとばかりに怪訝そうな顔をした後、それでも笑顔を浮かべて出迎えた。
「いらっしゃいませ、今日はどういった御用件でしょうか?」
「俺達は旧王都から来たんだが……」
ライオスがそこまで話しかけたところで、カウンターの奥から歩み寄ってきたベテランっぽい狼人の受付嬢が深々と腰を折って頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました、ニャンゴ・エルメール卿。別室にてお伺いいたします」
「ど、どうも……」
「えっ、えっ、ニャンゴ・エルメール卿! 嘘っ、ホントに……んきゃ!」
狼人の受付嬢は、突然の事態に声を裏返らせた羊人の受付嬢の後頭部をスパーンと張り倒して黙らせると、ニッコリと微笑んでみせた。
うん、この人は、このギルドでは逆らってはいけない人だ。
俺達を応接間へと案内した狼人の受付嬢は、てきぱきとお茶と焼き菓子を用意すると、応接ソファーの向かい側に腰を下ろして聞く体制を整えた。
「テリコ・ギルドの職員イスデラと申します。ただ今ギルドマスターのコフィーロが外出中ですので、私がお伺いさせていただきます」
「ご丁寧にありがとうございます。ニャンゴ・エルメールです。本日は、地竜関連の情報収集のために立ち寄りました。今は冒険者として活動してますので、詳しい話はパーティーのリーダー、ライオスが進めさせてもらいます」
「かしこまりました」
よし、ライオスに丸投げ完了。
俺は、焼き菓子とお茶をうみゃうみゃさせてもらおう。
「早速だが、地竜に襲われた街の状況を教えてもらいたい」
「モンタルボについては、既に城壁の修復が完了し、今は街並みの復旧工事が進められています。現地に立ち入ることは可能ですが、復旧工事に関わる人間や家を失った人が多数いるために宿は全て埋まっている状態です」
「もう城壁の修理が終わっているのか」
「はい、地竜が現れた穴からは、レッサードラゴンなどの魔物が出て来ているらしく、早急な修理が必要と伯爵様が判断され、職人、冒険者、そして住民総出で修理が進められました」
ギルドマスターの代役を務めるだけあって、イスデラの返答は簡略にして的確だ。
「即断即決だな。伯爵様は相当なやり手のようだな」
「はい、地竜が現れたという情報が届くと、直ちにノイラート騎士団による討伐隊が編成され、伯爵様も自らモンタルボまで出向かれました」
「ほぅ、伯爵様が自分で出向かれていたのか、吟遊詩人の歌だけではなかったのだな」
吟遊詩人の歌には、悪徳貴族を揶揄する内容のものもあるが、余りにあからさまだと処罰を受ける恐れがある。
ご当地で披露される歌では、領主一家に関しては当たり障りの無い内容か、よいしょする内容となるのが普通だ。
勇者カワードを称える歌も、辺境伯爵は討伐隊の陣頭に立って勇ましく指揮を執る内容となっていたが、実際には城からも出ていないだろうと思っていた。
「ノイラート領は豪魔地帯と境を接しておりますので、ワイバーンやグリフォンなどの危険な魔物に襲われる機会が多く、そうした事態が起こった時に城に籠っているようでは領地は治められないというのがノイラート辺境伯爵家の方針だと聞いています」
「まさか、伯爵様も武器を手にして戦う訳ではないだろうな?」
「どうでしょう、そこまではなさらないと思いますが、武術の鍛練は積まれていると聞いています」
どうやらノイラート辺境伯爵家は、王国騎士団長を歴任しているエスカランテ侯爵家のような武門の家らしい。
「ところで、地竜の現れた穴はダンジョンではないかという噂を聞いているのだが……」
「そちらに関しましては、まだ調査中なので、なんとも申し上げられません」
「調査は、どの程度まで進められているんだ?」
「複数のパーティーが潜入を試みましたが、強力な魔物に阻まれて撤退を余儀なくされています」
「魔物の種類は?」
「数が多いのはキラーバットやヨロイムカデなどで、いずれも通常のものよりも大型だという報告が届いています。その他にレッサードラゴンやオーガの亜種と思われる魔物も確認されています」
キラーバットはコウモリの魔物だが、通常サイズでも小型犬ぐらいの大きさがある。
肉食性の上、群れで行動するので、一斉に襲い掛かられると危険な魔物だ。
ただ、元々洞窟に生息する魔物なので、地竜が現れた穴というのは、新たに掘られたものだけではなく、従来の洞窟に繋がっていると考えるべきだろう。
「オーガの亜種というのは?」
「体が大きく、動きも俊敏で、力も強く、普通のオーガと同種と考えるのには無理があるという話です」
「それでは、外見上の大きな違いは無いのか?」
「これまでに入っている報告では、通常個体と明確に異なる点は見当たらないそうですが、動きが別格だそうです」
「そいつは、なかなか厄介な存在だな」
オークと違い、オーガの中には頭を使って戦う個体が存在する。
元々、人間に比べると身体能力に優れているのに、それよりも別格の動きをするなんて、厄介にも程がある。
「調査に入ったパーティーが撤退した後は、追加の調査は行われていないのか?」
「いえ、穴の外に調査の拠点を築くのと同時に調査も継続しているのですが、まだダンジョンか否か判別するだけの材料を発見できていません」
「つまりは、潜ったとしても途中での撤退を余儀なくされているんだな?」
「おっしゃる通りです」
なんとなく、旧王都のダンジョン最下層にあった横穴を連想してしまう。
ダンジョンの崩落によって埋まってしまったが、あの横穴も結局攻略されずに終わってしまった。
「伯爵様は、地竜が出て来た穴がダンジョンであることを望んでおられるのだろうか?」
「さぁ、どうでしょう。直接伺った訳ではないので分かりませんが、ダンジョンは莫大な富を生み出しますから、ノイラート家にとってはダンジョンであった方が良いと考えているでしょうね」
「まぁ、そうだな。ダンジョンであったならば、それ自体が一つの産業だからな」
ダンジョンが存在すれば、一攫千金を夢見る冒険者が集まって来る。
そして、実際に価値のある品物が発掘されるようになれば、商人たちが群がって来る。
当然、冒険者や商人を相手にした商売が行われるようになり、加速度的に発展していくだろう。
ただし、そのためにはダンジョンであることを証明する、お宝が発見される必要がある。
現在、冒険者たちによって行われている調査は、トレジャーハントでもあるのだ。
「チャリオットの皆様は、どのぐらい滞在される予定ですか?」
「それは、状況次第と言わざるを得ないな。ただ、旧王都ダンジョンと地上を結ぶ地下道の完成が近づいているから、そんなに長期の滞在はできない」
「そうですか、旧王都ダンジョンで名を残したチャリオットの皆さんでしたら、ノイラート領でも名前を残されて下さると期待しているのですが……」
「そうしたいのは山々だが、そうそう上手くいくものでもないからな」
ライオスの言う通り、何でも思い通りに行くとは限らない。
明日からの調査も、地に足を付けて進めるようにしよう……まぁ、俺は宙に浮いてたり、抱えられてたりするけどね。