懸念と疑念
サリトデンの酒場で吟遊詩人の歌を聞いてから、勇者カワードの名を聞かない日はなくなった。
街を救った英雄としてカワードの名声はノイラート辺境伯爵領へ近づくと共に、加速度的に高まっているように感じる。
昼食を食べに入った食堂でも、馬を休ませている間に見物して歩いた街の広場でも、人々は口々にカワードの英雄譚に花を咲かせていた。
夕食は情報収集を兼ねて、その街で一番流行っている酒場に出掛けているのだが、勇者カワードの歌は聞くたびにエスカレートしていた。
曰く、カワードは街の誰しもが知る好青年だった。
曰く、カワードは困っている人がいると見過ごせない親切な人だった。
曰く、カワードは不正を見逃さない正義の人だった。
曰く、カワードは多くの女性と浮名をながした色男だった。
果たして、そんな人物が実在するものだろうかと首を捻るような好人物として、カワードは歌われ、称えられていた。
いよいよ、その日の昼にはノイラート領に入る予定で馬車に揺られているが、俺の気分は落ち込む一方だ。
「なんでぇ、なんでぇ、湿気た面しやがって、そんなに自分よりも人気者が現れるのが不満なのか?」
「はぁぁ……セルージョは呑気でいいねぇ」
「たかだか吟遊詩人の歌程度に深刻になる必要なんかねぇだろう」
今回の旅の目的は、地竜が現れたという穴が新たなダンジョンか否かの情報収集だ。
はっきり言ってしまえば、どうやって地竜が討伐されたのか知るのは本来の目的ではないので、勇者カワードの存在はどうでも良いと言えば、どうでも良いのだ。
なので、酒場での吟遊詩人の熱演をセルージョは結構楽しんでいるように見えた。
「あんなもの、聴衆を盛り上げるために話を盛りに盛ってるんだから、まともに聞く必要なんかねぇし、楽しんだ方が得だろう」
「俺は別にカワードに嫉妬なんかしてないけど、自爆という手段が神聖化されるのが嫌なんだよ」
俺はこれまで、猫人が自爆した場面を二度も目撃している。
一度目はラガート子爵の車列が襲撃された時、二度目は王都の都外で騎士見習いが反貴族派の摘発を行っていた時だ。
一度目のケースでは、反貴族派を主導するダグトゥーレに騙されて自爆という手段を選ばされていた。
二度目のケースでは、騎士見習いの横暴な取り締まりに対抗するために已む無く選択したという感じだった。
どちらのケースでも、自爆した猫人の命は失われてしまったし、巻き込まれて死亡した人がいた。
まぁ、二度目のケースで命を落とした騎士見習いについては自業自得と感じる部分もあるが、それでも命を落とす必要は無かったと思う。
「王都で暗躍していた反貴族派の主要メンバーは逃亡したままで、まだ捕まったという話は聞いてない。また力の弱い者が自爆という手段を強制される可能性はあるんだ。このカワードの歌が国中に広がって、自爆は神聖な手段だ……みたいに思われたら、反貴族派の行動が賞賛されるようになってしまうかもしれない。俺はそれが心配なんだ」
「なるほどなぁ……でもよ、これだけ流行っている歌を止める訳にはいかないだろう」
セルージョの言う通り、勇者カワードの歌は新しい吟遊詩人の出し物として流行り始めている。
いずれ国中に広がっていくのを止める手段は思いつかない。
そもそも、カワードが自爆という手段を選択したのは、自らの判断だったのか強制だったのかも分かっていない。
歌われているように街を守るために自ら決断したのであれば、その選択を非難することは出来ない。
俺は空属性魔法で魔法陣を発動させる裏技的な方法で強力な攻撃ができるようになったけど、魔力も低く攻撃手段を持たなかったら、カワードと同じ選択をするかもしれない。
そして、もしカワードが誰かに強制されて自爆という手段を選らばされていたとしても、それを公に出来るかどうか分からない。
仮に、ノイラート辺境伯爵家の人間や冒険者ギルドの人間が自爆を強制したのであれば、処罰されるべきだとは思うが、他に手段は無かったと言われたら、責任を問えるのか微妙だ。
そして、自爆強制が明らかになったとしても、カワードの英雄譚が広まるのを止められないだろう。
「なるほどなぁ、ニャンゴが湿気た面している理由は分かったが、全ては現場を確かめてみてだろう? 今からそんな深刻そうな顔をしてたら、見るべきものも見落としちまうぜ」
「まぁね、最初から決めつけていると物事を見誤りそうだよね」
「そうそう、それに自爆の話はオマケだ。本来の目的も見誤らないでくれよ」
「うん、そうだね」
本来の目的である、地竜が出て来た穴はダンジョンかどうかだが、気になることがある。
それは、旧王都からのノイラート辺境伯爵領へ向かうルートが、ほぼほぼ先史時代の高速鉄道の上を通っているのだ。
正確には、先史時代の高速鉄道のルートは、現在の旧王都がある場所よりも少し北方にあったらしい大都市を基点にして北東方向へと伸びている。
旧王都のダンジョンと高速鉄道は、別の地下鉄と思われる路線で繋がっているようだ。
「ニャンゴ、これが先史時代の地図なの?」
「うん、そうだよ」
俺が操作しているスマホの画面を、レイラは肩越しに覗き込んでいる。
「これって、ずーっと街並みが続いているの?」
「うん、そうだと思う」
「旧王都から王家の直轄領、その先のレトバーネス公爵領まで収まっちゃうんじゃない?」
「うん、そうだね。都市の中心は旧王都よりも北だったみたい」
「そっちを掘ったら、もっと凄いものが見つかったりするの?」
「どうだろう、可能性はあるけどね」
先史時代では都市の端っこにあたる旧王都ダンジョンでも、あれだけのアーティファクトが眠っていたのだ。
都市の中心部ならば、更に多くのアーティファクトが眠っていてもおかしくないが、都市が埋まった理由が火山活動だった場合、溶岩に埋もれて溶けてしまっているかもしれない。
逆に、旧王都のダンジョンよりも更に保存状態の良い物が見つかる可能性もあるので、いつか王家に発掘を進言するのも良いかもしれない。
「それで、こっちが今向かっているノイラート領の方角なのよね?」
「うん、そうだけど、ノイラート領よりも先だと思う」
「なんか、旧王都の方よりも田舎じゃない?」
「うん、それは間違いないね」
例の先史時代の都市は、現在のノイラート領よりは発展していたと思われるが、それでも地方都市という印象は否めない。
粒子加速器みたいな大規模実験施設があるならば、研究学園都市である可能性が高いだろう。
学術分野の施設が多く作られ、それに関わる研究者やその家族、学問を学ぶ学生などは居住していただろうが、純粋な都市としては発展途上だったのかもしれない。
地図画面を拡大してみても、住宅地ではなく大きな施設が目立つ。
「何の建物だったのかしらね?」
「色んな物の研究施設だったと思うけど、文字が読めないからなぁ……」
建物をタップすると、画像が表示されたりする。
ストリートビューのように建物の外観であったり、建物内部の様子が表示される場合もある。
「これは、魔導車なのかな……」
「随分と屋根が低くない?」
「たぶん、空気の抵抗を減らすためじゃないかな」
表示されたのはスポーツタイプの車で、屋根の高さは大人の胸よりも低い。
地図に表示される画像を見ても、道路は綺麗に舗装されていたようだし、前世の日本と同様に様々な種類の車が走っていたのだろう。
「これも魔導車なの? 馬車の何倍もありそうね」
「うん、これは大量の荷物を運ぶための魔導車だろうね」
画像の中には大型トラックと思われるものもあった。
「こっちは何か……にゃっ?」
大きな施設の一角をタップすると、当時のニュース記事と思われるものが表示された。
「これはDNA? えぇぇぇ、これって猫人?」
記事に添えられた画像の一つは、DNAと思われる二重螺旋画像で、もう一枚にはケモ耳も尻尾も持たない研究者に囲まれた、猫人と思われる物が写っている。
ベッドような物に腰を下ろしている姿勢は、猫ではなくて猫人のものだ。
「どうしたの、ニャンゴ」
「もしかしたら……もしかしたら俺達の祖先は、この施設で作られたのかも……」
「祖先が作られた? どういう意味?」
気付くとセルージョもシューレも、真剣な表情で俺を見詰めていた、可能性は考えたことがあったけど、どうやって説明したものか頭が混乱して考えがまとまらなかった。