先史時代の都市
兄貴とガドを除いたチャリオットのメンバーは、ギルドが手配した馬車に乗ってノイラート辺境伯爵領を目指している。
ライオスがギルドマスターのアデライヤと交渉して、条件付きの調査依頼を勝ち取ってきた。
条件付きというのは、実際にノイラート辺境伯爵領まで行き、ギルドにとって有用と思われる情報をもたらした場合には報酬が支払われるというものだ。
ちなみに、情報に全く価値が無かった場合には無報酬だが、馬車の費用は負担してもらえるそうだ。
たぶん、孤児院の一件に俺が協力したことも考慮してくれたのだろう。
「それで、ライオス、調査で情報を得られる目途は立っているの?」
「いいや、全く立っていないな」
「えぇぇぇ……大丈夫なの?」
「そう言われても、ノイラート辺境伯爵領なんて行ったことが無いからな、どんな土地なのかも分からん」
「えぇぇぇ……」
あまりにも行き当たりばったりという感じで先行きが不安になってくる。
「知らない土地に旅行するぐらいの気分で行けば良いんじゃないの?」
「ライオスもレイラも、気楽すぎない?」
「あら、気負っているのはニャンゴだけよ」
確かに、シューレとミリアムは御者台に座って索敵の訓練をしているが、調査自体に情熱を燃やしているという感じではない。
セルージョに至っては、鼾をかいて眠っている。
「でもさぁ、仮にもギルドからの依頼なんだし、成果は出さないとマズいんじゃない?」
「何言ってるのよ。ニャンゴがどれだけ旧王都のギルドに貢献してると思ってるの? 新区画が発見されていなかったら、今頃はどん底だったはずよ」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
確かに、ダンジョンの新区画の発見は、旧王都に大きな利益をもたらした。
そして、長期的な観点から見れば、アーティファクトを含めた先史文明の解明と魔道具の発展に歴史に残るほどの貢献をしている。
それに比べれば、往復二週間分の馬車代など微々たるものだ。
「それに、ノイラート領で獲れる高原ミノタウロスは絶品という話よ」
「にゃっ、そうなの?」
「そうそう、あっちは王都よりも涼しいから脂の乗りが違うそうよ」
前世の日本で言うならば、さしずめ米沢牛のようなものだろうか。
絶品と言うならば、食わずにはおれんでしょ。
「ノイラート辺境伯爵領か……かなり遠いよね」
「そうね、北東の端だからね」
シュレンドル王国にも地図は存在しているが、地図は戦略的にも重要なので、正確に測量した物は世の中に出回っていない。
王家や王国騎士団は所有しているという話だが、一般人が手に出来る地図は実に大雑把なものだ。
正確に測量したものでないから、土地の境界線なども曖昧だし、地形も実際の物と比べると適当だ。
俺達チャリオットが持っている地図でも、ノイラート辺境伯爵領は旧王都からの距離と大まかな形しか描かれていない。
ノイラート辺境伯爵領の更に北には山脈があり、その向こう側には豪魔地帯と呼ばれている森林地帯が広がっているそうだ。
一説には、竜種の巣窟のようになっていて、とても人間が住める環境ではないらしい。
これまでに何度も調査隊が派遣されているが、その殆どは行方知れずとなっている。
「ねぇねぇ、ニャンゴ」
「なに?」
「昔のノイラート領って、どんな所だったの?」
「えっ、昔って先史時代ってこと?」
「アーティファクトの地図なら見られるんじゃないの?」
「そうか、確かに見られるかも」
俺が発見した先史時代のスマホと思われるアーティファクトには、様々な機能が組み込まれている。
その一つが地図機能で、ストリートビューのように当時の街並みの写真も見ることが出来る。
「んーっと……ここいらが旧王都だから、ノイラート辺境伯爵領はこっちの方かな?」
地図画面を衛星写真モードに変えてスクロールすると、旧王都の周辺よりも緑が色濃くなっていく。
どうやら山間の土地のように見える。
「あれっ? この線は……」
「どうしたの?」
「何か、北東方向に向かって点線が引かれてるんだよねぇ……」
「領地境? それとも街道とか?」
「領地境ではないと思うけど……何かの交通機関なのかな?」
点線部分を拡大していくと、何やら文字が表示されたのだが、残念ながら読めない。
それでも、点線を辿っていくと都市らしい場所に繋がっているようだ。
「おっ、この駅みたいなところを拡大してみれば分かるのか?」
点線は表示されているのだが、航空写真を拡大しても見えて来ないから、地下鉄もしくは建設予定路線なのだろう。
「えっ、なんだこれ?」
駅らしい場所を拡大していたら、いきなりホームのような写真が表示され、スクロールすると流線型の車両が表示された。
「何これ? こんなに長い魔導車なの?」
「新幹線……いや、リニアなのか?」
どうやら旧王都方面から伸びていた点線は、高速鉄道の路線のようだ。
旧王都の方が首都なのか、それともノイラート辺境伯爵領の方が栄えているのか分からないが、高速鉄道で結ばれていた都市なのは確かだろう。
「じゃあ、この先は……なんだ、これ?」
高速鉄道を辿って進んだ先には、同心円状に広がる都市があり、その一番外周部と接するように、都市の十倍ぐらいの大きさの線が描かれていた。
先程から見て来た高速鉄道らしき点線とは違い、一点鎖線で描かれた円には駅らしきものが二ヶ所しか描かれていない。
一ヶ所は円形の都市の端、そしてもう一ヶ所は深い山の中のようだ。
「もしかして、粒子加速器なのか?」
「リュウシカソクキ?」
「えーっと、細かい事は分からないけど、宇宙の始まりとかを調べたりするための実験装置……みたいな?」
「アーティファクトみたいな物?」
「このアーティファクトなんかよりも、もっとずっと高度な実験施設だと思う」
「ニャンゴ、それがノイラート辺境伯爵領にあるのか?」
いつの間にか、ライオスが俺の手元を覗き込んでいた。
「いや、分からない。こっちの地図とは精度が違いすぎるし、見た感じ土地の形も変わっている気がする」
「だが、ノイラート辺境伯爵領である可能性もあるのだな?」
「うん……というか、あったとしても凄い土の中だと思う」
旧王都のダンジョンが地上から約三百メートルも地下に埋もれてしまったように、粒子加速器がある施設も同じぐらいの深さに埋もれている可能性が高い。
「馬車で一週間でしょ……うーん、この実験装置があった辺りは、もう少し離れている気がする」
「そこは特別な街なのか?」
「うーん……たぶん。確証は無いけど、ある時代の最先端の実験が行われていた場所だと思う」
前世で生きた日本だと。つくば研究学園都市みたいな場所なのだろうか。
「ねぇ、ニャンゴ、この施設を掘り当てたら、どれほどの価値があるのかしら?」
「凄い価値があるとは思うけど、老朽化して壊れているだろうし、構造や目的を理解出来るのは十年以上先だと思う」
「そんなに? それじゃあギルドに流す情報にはならないわね」
「研究都市らしいものがあったという情報には価値はあるけど、今回のノイラート辺境伯爵領の騒動と関連があるとは言えないかな」
「そうなのか……」
俺とレイラの話を横で聞いていたライオスは、ガックリと肩を落とした。
「ライオス、そんなに簡単にネタになる話は転がっていないよ」
「そうだな、ニャンゴとアーティファクトが組み合わさると、何でも出来そうだと思うのは間違いだな」
ノイラート辺境伯爵領、地竜、豪魔地帯、先史文明の高速鉄道、謎の学園都市……この時は、これらのワードが俺達に関係してくるとは思っていなかった。





