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黒猫ニャンゴの冒険 ~レア属性を引き当てたので、気ままな冒険者を目指します~  作者: 篠浦 知螺


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ある年の初め(新春特別編)

 これは今よりちょっと前、ニャンゴが『巣立ちの儀』を迎える年のお話……


「婆ちゃん、表の扉の掃除も終わったよ。あとは、どこ?」

「ありがとうね。もうみんな綺麗になったよ」

「そう?」

「そうだよ。ニャンゴが頑張って掃除してくれたから、どこもかしこもピカピカさ」


 一年の終わり、大晦日の日は朝からカリサ婆ちゃんの家の大掃除を手伝っている。

 薬屋の店先、炊事場、風呂場、居間、寝室、トイレ……ガラガラと窓や扉を全部開けて風を通し、梁の上から埃をはたき落とし、掃き出し、雑巾掛けをした。


「お風呂が沸いているから入っておいで、家は綺麗になったけど、ニャンゴが埃だらけじゃないかい」

「あぁ、本当だ。これじゃ黒猫じゃなくて灰猫だ」


 婆ちゃんと一緒に、あはははって笑い合ってから、お風呂を借りて埃を流した。

 本当なら、ゆったりお湯に浸かりたいたけど、俺が入ると毛だらけになっちゃうから体を洗うだけで我慢しておく。


 ザーっと一度お湯を被ったら、ムクロジの実を三つほど手に取ってこすり合わせると、モコモコと泡が立ち始める。

 よーく泡立てて、耳の先から尻尾の先まで入念に洗っていく。


 村長の孫であるミゲルは、俺と顔を合わせるごとに『蚤を移すなよ!』なんて嫌味を言うけれど、毎日水浴びをしているから蚤なんて飼っていない。

 まぁ、うちの家族はたかられているかもしれないけど……。


 体中を入念に洗ったら、耳に入らないように押さえながらお湯を被り、埃で灰色になった泡を流す。

 ただの人だった前世の頃は絞ったタオルで拭いた後、バスタオルで拭けば終わりだったけど、猫人の風呂はここからが大変なのだ。


 自分の家や井戸端だったら、体をブルブルってしてから水気を拭うのだが、ここでやったら大掃除した意味が無くなってしまう。

 手拭いを何度も何度も絞りながら、水気をふき取り、それからブルブルっとした後で乾いた手拭いで体を拭いて、ようやく服が着れるレベルになるのだ。


 勿論、風呂場から出る前に、毛が落ちてないかチェックは忘れない。

 用意しておいた下着と服に着替えて、汚れた服は風呂敷で包んだ。


「婆ちゃん、お風呂ありがとう。さっぱりしたよ!」

「そうかい、さぁ、こっちで火に当たりな」

「うん」


 服が着れるレベルには乾いているが、まだシットリ感は否めない。

 婆ちゃんが風呂に入っている間に、囲炉裏端でパンツ一丁になって毛を乾かした。


 うん、これでフカフカに戻ったぞ。

 婆ちゃんが風呂から出たら、お楽しみの夕食だ。


「ニャンゴ、今日は掃除を手伝ってくれて、ありがとうね」

「婆ちゃんには、いつもお世話になってるんだから当たり前だよ」

「そうかい、でも、ありがとうね」

「それより婆ちゃん、早く食べよう。お腹ペコペコだよ」

「そうだね。ニャンゴが獲ってきてくれたウサギを美味しく頂こうか」


 年末年始に備えて、ウサギを捕まえてきた。

 山で見つけたウサギの巣穴の近くに罠を仕掛けて、巣穴の別の入り口から燻して捕まえたのだ。


 捌いた毛皮は、何でも屋のビクトールに買い取ってもらい、肉と処理した内臓は自宅と婆ちゃんの分に分けた。

 食卓に並んでいるのは、ウサギ肉を使ったラザニアと骨で出汁を取ったスープ、それに婆ちゃん特製のお焼きだ。


「うみゃ! スープが濃厚でうみゃ!」

「あぁ、良い出汁が出てるねぇ」

「んー……ラザニア、うんみゃ! 乾燥トマトとウサギ肉、モチモチのパスタが組み合わさって、うんみゃ!」

「本当に美味しいね」


 婆ちゃんもニコニコしながら料理を堪能している。


「ニャンゴ、それを食べたら、お帰り」

「えっ、泊まっていっちゃ駄目?」

「だって、今夜は大晦日だよ。新年は家族と一緒に迎えるものだよ」

「うーん……でも、うちの家族って新年らしい事って、何にもしないんだよね」


 全ての猫人がそうだとは思いたくないが、うちの家族は年越しだからといって特別なことは何一つやらない。

 大掃除もしないし、正月用の料理を作ったりもしない。


 初日の出を拝むなんて絶対にしないし、元日は休みだから、毎年昼までゴロゴロと寝ている。

 前世の頃のように、お年玉を貰ったことも一度も無いし、貰ったところで使い道も使う場所も無いのだ。


「本当に帰らなくても良いのかい?」

「いいよ、年越しは家族と過ごすって言うなら、婆ちゃんも俺の家族みたいなものだし……」

「そうかい、そうだね……それなら泊まっておゆき」

「うん」


 その晩は、婆ちゃんが子供の頃の年越しの様子や、薬草摘みで失敗した話、俺がウサギを捕まえてきた時の様子など、他愛の無い話をして過ごした後、布団を並べて眠った。

 カリサ婆ちゃんに薬草摘みを教わるようになってから、朝は夜明け前に目を覚ますようになった。


 冬は日の出の時刻が遅くなるから、元日の朝に目覚めた時には、まだ空が白む前だった。

 起きようか、どうしようかと思っていたら、婆ちゃんが起きて身支度を始めたので、俺も起きることにした。


「婆ちゃん、おはよう」

「おはよう、ニャンゴ」

「初日の出は拝めそうかな?」

「さぁ、どうだろうね」


 身支度を終えて、囲炉裏の火を熾してから、婆ちゃんと一緒に家の外へ出た。

 空気がピーンと冷え込んでいて、吐く息が真っ白になる。


 空は澄み渡っていて、家の裏手には大きな霜柱ができていた。


「婆ちゃん、小川の土手まで行ってみようよ」

「そうだね、あそこなら遮る物が無くて日の出が良く見れそうだね」


 ザクザクと霜柱を踏みながら、山で摘んできた薬草を洗う小川まで歩く。

 日の出前の村は静まりかえっていて、時折遠くで鳴く山鳥の声が響いてきた。


「婆ちゃん、寒くない?」

「大丈夫だよ、しっかり着込んで来たからね。ニャンゴこそ寒くないのかい?」

「うん、俺は自前の毛皮があるからね」


 自前の毛皮の上に、風を通さないように目の詰んだ上着を一枚羽織れば、ぽっかぽかの寒さ知らずだ。

 冷え込む冬に限っては、猫人に生まれて良かったと思うことが多い。


 その代わり、夏は苦手なんだけどねぇ……ホント、黒猫の夏は大変にゃんだ。

 小川の畔まで来ると、丁度峠の稜線の谷間の部分から日が昇るのが見える。


 空がだいぶ明るくなってきて、もうすぐ太陽が顔を出しそうだ。


「ニャンゴも今年は『巣立ちの儀』だね」

「うん、今からどんな魔法が使えるか楽しみなんだ。火かな、風かな、でも薬草を洗ったりするのに便利だから水もいいな」

「どうだろうね。でもニャンゴは優しいから、きっとファティマ様が良い魔法を授けてくださるよ」

「うん、そうだといいな」


 気が付くと、小川の畔には村人の姿がチラホラと見え始めた。

 みんな両腕で体を抱え込むようにして、寒そうに立っていたが、空が明るくなるにつれて背筋を伸ばし始めた。


 そして稜線から太陽が顔を出すと、夜明けを知らせる鐘の音が響き、村の人達は太陽に向かって手を合わせた。

 今年一年のお祈りをするのは、どこの世界、どこの国でも一緒みたいだ。


『今年もカリサ婆ちゃんが健康で過ごせますように……『巣立ちの儀』で良い魔法に恵まれますように……将来冒険者になれますように……ついでに、うちの家族も健康でありますように……』


 普段、女神ファティマなんて殆ど信じていないのだけど、こんな時だけは真摯に祈ってしまう。

 お祈りを終えて顔を上げると、ちょうどカリサ婆ちゃんも祈り終えたところだった。


「婆ちゃん、明けましておめでとう」

「はい、明けましておめでとう」

「今年もよろしくね」

「こちらこそ、よろしく頼むね」


 ニッコリと微笑んだカリサ婆ちゃんは、血色も良く健康そうに見える。

 うん、今年も良い一年になりそうだ。


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明けましておめでとうございます。 新年早々から投稿ありがとうございます。 これからも楽しみにしています。
明けましておめでとうございます。 今年の更新も楽しみにしています。
あけましておめでとうございます。 本年も楽しいお話をよろしくお願います。
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