東北からの噂
ダンジョンの新区画と地上を繋ぐ地下道の工事は順調に進められ、あと一ヶ月後には開通できる見通しが立ったそうだ。
それに伴って、今後の発掘方法についてギルドから冒険者に対して通達が出されることになった。
内容は、以前に冒険者の代表としてシルバーモールのリーダー、ヒュストと、蒼炎の牙のリーダー、ベントレイを交えて話し合った内容とほぼ同じだ。
落盤事故を防ぐために、発掘は土木工事の専門家が主導して行う。
建物内部から発見された物品は、持ち出す前に学者が簡易鑑定を行う。
冒険者は、建物内部に巣くっていると思われる魔物の駆除を行う。
発掘品の管理は、発掘を行った土木部門、簡易鑑定を行う学者、魔物の駆除を行う冒険者の三者で折半という形になる。
更に、地下道の通行に関しては、大公家騎士団が管理を行うことになった。
ダンジョン内部からのアーティファクトの不正持ち出し、外部からの違法薬物の持ち込みなどを防ぐために、検問所が設定されるそうだ。
結局、冒険者がダンジョンで一攫千金を手に出来る確率は大きく減る事になる。
事前の話し合いでは、強硬に反対すると思われたベントレイを上手く丸め込めたが、冒険者全体に通達を出すとなると、また反発の声が上がることが予想された。
それでも、管理されず好き勝手な発掘が行われれば、以前のような落盤事故がまた発生してしまうだろう。
自分達が主導し、危険を冒して発掘を行うのではなくなるのだから、冒険者の権利が制限されるのは仕方のないことなのだが、自分達の権利が減るのを受け入れるのは難しい。
最悪、冒険者が暴動を起こす事さえギルドは想定していたらしいが、ここに来て風向きが変わり始めた。
風向きが変わる原因となったのは、ダンジョンや地下道、大公家などとは無関係な、東北方面から届いた知らせだ。
以前、ゴブリンクイーンが現れたケンテリアス侯爵領よりも更に東北方面に進んだ、国の一番端であるノイラート辺境伯爵領に地竜が現れたそうだ。
山中から現れた地竜は、ノイラート領の冒険者と騎士団の奮闘によって、大きな被害を出しつつも討伐されたそうだが、その後、魔物の発生率が飛躍的に増加したらしい。
「一説には、地竜が出て来た穴から魔物が湧いているという話があるらしい」
王都までの護衛依頼を終え、ギルドに報告に向かったついでに噂を仕入れて来たライオスが、拠点のリビングで聞いてきた話を披露してくれた。
「穴から魔物が湧くって……ダンジョンなのか?」
さっきまで、今日の打ち上げを何処でやるのかシューレと意見を戦わせていたセルージョが、身を乗り出すようにしてライオスに尋ねた。
「そいつは、まだ確認できていないらしい。まぁ、ノイラート領から旧王都まで知らせが届くには一週間ぐらいは掛かるから、今頃は確認されているかもしれんな」
「新しいダンジョンならば、攻略のし甲斐があるんじゃねぇか?」
「当然、危険も伴うがな」
ライオスもノイラート領の話に興味津々といった感じだ。
たぶん、冒険者らしい活動に飢えているのだろう。
ライオスやセルージョが求めているのは、危険な魔物を討伐してお宝を手に入れる……といった状況なんだと思う。
旧王都に来る前には、俺も危険な魔物を倒しながら地下のダンジョンを攻略する……といった展開を期待していた。
だが、実際のダンジョンでの活動は、新区画を発見して、そこから見つけたお宝の鑑定や調査の手助けだった。
おかげでチャリオットは莫大な富を手にすることになったのだが、ダンジョンの崩落に伴って発掘品の運び出しは中断され、まだ全体の五分の一も済んでいない。
更には、稼働するアーティファクトなんて代物を見つけてしまったので、俺は学院の調査に時間を割くことが増えた。
兄貴やガドは、新区画と地上を結ぶ地下道の工事に掛かりきりの状態だ。
ライオス達は護衛の仕事をこなしてはいるものの、それはイブーロから旧王都へ移籍してまで行うものではない。
勿論、護衛の仕事も冒険者の仕事の一つではあるし、仕事に不満がある訳ではないのだろうが、それでも物足りなさを感じているのだろう。
「ライオス、見物に行ってみないか? どうせ地下道が完成するまで、まだ一ヶ月ぐらい掛かるんだろう?」
「そうだな……地下道が出来てしまえば休む暇なんて無くなるだろうしな」
「えっ、マジで行くつもりなの?」
タラれば話かと思っていたら、意外なほどライオスもセルージョもノリ気みたいだ。
「ノイラート領の行きの護衛依頼でもあれば都合が良いのだが、今の情勢だと奪い合いだろうな」
ライオスやセルージョでさえも興味を持つ話だから、他の冒険者も気になっているはずだ。
旧王都のダンジョンの旨味が少なくなるなら、新たなダンジョンに挑む方が面白そうだと思う者は少なくないはずだ。
「でも、ノイラート領に移籍する冒険者が増えたら、旧王都のギルドが機能停止に陥ってしまうんじゃない?」
「どうかな、実際にノイラート領まで行ってみようと考える連中は、そんなに多くないと思うぞ。俺たちみたいに金を持ってる連中だけじゃないからな」
確かにライオスの言う通り、懐に余裕が無ければ、往復で二週間ほども掛かる場所へ見物には行けない。
その間、収入が途絶えてしまうのだ。
「ライオス、いっそ俺らから、ギルドに現状視察の依頼を出させるってのはどうだ?」
「いいな、ギルドも情報は必要としているだろう。上手く交渉できれば依頼に繋がるかもしれないな」
シュレンドル王国でも情報は重要だ。
先日のゴブリンクィーンの討伐についても、大公家から呼び出しを食らって、根ほり葉ほり質問攻めになったように、今回の件も情報を求めている人が沢山いるはずだ。
「てか、俺がビューンって飛んでいけば、日帰りで情報収集できるよ」
「ニャンゴ、俺らの楽しみを奪わないでくれ」
「うっ……分かった」
ライオスのマジトーンな一言に、ちょっと気圧されてしまった。
「てか、そんな情報収集が可能って知られたら、それこそ大公家に良いように使われちまうぞ」
「確かに……その心配はあるね。というか、既にそう成りつつあるにゃぁ……」
実際、王家、大公家、冒険者ギルドなどから依頼を受けている。
道化のふりをして悪徳領主を成敗しに行ったり、教会関係者を騙した裏社会の連中の捕縛の協力を求められたり、便利に使われている気がする。
「ライオス、その地竜が出て来た穴が新しいダンジョンだったら、ノイラート領に移籍するの?」
「将来的にはそうなるかもしれんが今は無理だ。まずは、こっちのダンジョンでの権利を確定しないことには移籍なんて言ってる暇はない」
「逆に権利さえハッキリしてしまえば、移籍するかもしれないんだね?」
「まぁ、そうだな。それを考えるための材料としても視察しておきたいかな。移籍しました、実際にはダンジョンじゃありませんでしたじゃ洒落にならないからな」
拠点の移籍は費用も掛かるし、自分達の将来に直結する。
旧王都のダンジョンのように確定している話ならば良いが、噂話を信じて移籍してみたが、嘘だった場合には大きな損害を被ることになる。
だから、ライオスもセルージョも実際に確かめておきたいのだろう。
まぁ、魔物相手に暴れたい気持ちの方が強いのかもしれないけど……。
ライオスとしても、一人で盛り上がってノイラート領行きを決めてしまうのはマズいと思ったのだろう。
セルージョやシューレの同意を得た上で、明日改めてギルドに出向いて情報を仕入れ、ノイラート領まで出向くかどうか決めるそうだ。